第131話 フランシス・オルコット

 貴族の屋敷だろうか、明るく広い部屋だ。

 狼狽うろたえる暇もなく、視界にひょっこりと人影が現れた。


『やあ、リアの子孫さん。これを見ているということは、馬鹿な陛下が僕の罠に引っかかったってことだね。ざまぁみろだ』


 愉快そうに笑うのは、黒髪に紺色の瞳をしたフランとドルフを足して二で割ったような男性だ。年齢は二人よりも高そうで、四十代くらいだろうか。目元の皺がより柔らかな印象を与えていた。

 身に纏う服は一目で高級品だとわかる。それを嫌味なく着こなし、気品に溢れる優雅な所作をしているが、どことなく少年を思わせる無邪気さがあった。


 何の前触れもなく知らない場所に連れてこられたリアは自制を失う寸前だ。

 え、えっ、何これ? と声を出すが音にはならないし、顔を動かしているつもりだが視界は変わらない。


『ちなみにこれは僕からの一方的な伝達手段だから、残念ながらあなたの質問は受け付けられないんだ』


 大げさなくらい肩をすくめ、悲しそうに眉を垂れた。だいぶ嘘くさい態度に笑いそうになってしまう。

 そうして男性は続ける。


『もう知っているだろうけど、僕はフランシス・オルコット。手紙を読んでもらっただろうから、粗方事情は把握している前提で大切なことだけ伝えるね』


 フランシスは背筋を伸ばし、顔の横で人差し指を立てた。

 いちいち身振り手振りが大きくて、胡散臭さに拍車をかけている。


『まず、これが見えているということは、あなたはラフィリア様の力を手に入れたということです。僕が残したメモ書きなんだけど、リアの子孫からラフィリア様の力を取り出す方法、なんて書いたやつ。あれ、本当はリアの子孫にラフィリア様の力を定着させて、覚醒させるための方法なんだ』


 ――嘘でしょ……

 声として外には出ていかないが、黙ってはいられなかった。


『馬鹿な陛下なら、よく吟味もしないで飛びつくと思ったんだけど、本当に引っかかるとは救いようのないほど無能だね!』


 両手を使ってこちらを指さし、片目を瞑ってから快哉かいさいを叫ぶフランシス。そして悪だくみをしている子供のように、にんまりと目を細めた。


『だから簡単に言うと、あなたは実質ラフィリア様だ』


 ――どういう事……?

 つい口を動かす。


『あの陛下は邪魔だろうから、消滅させちゃうのがいいんじゃないかな? あなたが望めば無能な陛下は消えるよ。あの人、自分勝手にラフィリア様を喚び出して散々民を虐げた挙句、ラフィリア様のしもべになって気楽に生きているんだ。本来はラフィリア様が消滅するか、消そうとしない限りいなくならないんだけど、今はあなたがラフィリア様だ。消せるよ。どうせ、そっちの時代でも凄く邪魔してるんでしょ、あの人』


 こちらを見透かすような物言いをするフランシスは楽しそうに続ける。


『まあ、僕は未来がわかるわけじゃないからそちらの状況は知らないし、なんとも言えないんだけど。やり方は簡単。ラフィリア様の力に意識を集中して祈るんだ。……いきなりは難しいだろうから、胸に手を当てて、ラフィリアの力よ、って言ってみようか。そうして自分の中の力を信じて、消えなさい、それでいいよ。大丈夫』


 ぐっ、と親指を立てて励ましてくれる。

 ずいぶん軽く大丈夫なんて言っているが、本当にそんな簡単にユージーンを消すことができるのだろうか。


『あなたにはラフィリア様の力があるから、他にも色々できるよ。人々を救済する、なんて本当に女神みたいなことだってできるかも』


 フランシスは本当にこちらの状況が見えていないのだろうか。人々を救う、それは今この暴動の最中さなかでリアが一番やりたい事だ。

 期待を込めてその先を待てば、フランシスは眉を寄せ、唇を若干尖らせて彼の思う怖い顔をした。本当に胡散臭い。信じていいのだろうか。


『でも、いくらラフィリア様の力を安全に使えるようになったとはいえ、あなたは人間だ。一度に力を使いすぎると、体がもたなくて死ぬから注意してね』


 さらりと怖いことを言われた。


『さあ、その力でラフィリア様に抗うのもよし、あなたがラクをするために使うのもよし。あなたの望むままに。……なにせ僕はもう生きていないから、この国や世界がどうなろうと関係ないんだよね。まぁ、ラフィリア様を世界から消滅させてくれたら、それは僕の悲願だけど。でも、さすがにあなたの力だけでは、本家であるラフィリア様の消滅までは願えないんだよねぇ。それについて何か分かったら、また書き残しておくね』


 フランシスは真面目なのか不真面目なのか。ふわふわと実体のないような物言いに、フランを思い出して胸が痛む。

 どうして欲しいかが全然わからない。人に自分の想いを伝えるのが苦手なのは先祖譲りのようだ。


『今、僕から話せるのはこれだけ。じゃあ、あとはお好きなように』


 フランシスは目元を優し気に緩めて手を振った。

 彼は色々言ったけれど、ラフィリアの消滅をリアに託した。それが望みだ。

 五百年。フランシスはこの時のためにすべてをかけた。

 願いを本人の口から聞いて、それを引き継ぎたいと思ってしまう自分はお人好しなのだろうか。


 急速に目の前が不鮮明になる。

 数秒の後に視界がはっきりしてくると、新聖堂の高い天井が遥か彼方に映った。

 仰向けになっていた体を起こせば、どこにも異常はない。むしろ軽くなった気がする。


 すぐ隣には膝をついてリアを凝視し、わなわなと震えるユージーンがいた。

 構わず立ち上がって見下ろす。

 つい数分前までリアをあなどっていた顔は歪に引き攣って横暴さは消え去り、卑小な存在に成り下がっていた。

 立場が逆転した。そう感じ取るのに時間はかからなかった。

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