第125話 リアの心
皆が寝静まる
眠気はまったく訪れない。
窓から入る月明かりが室内を青白く浮かび上がらせ、昼とは違う世界に迷い込んだようだ。
何度目かの寝返りを打って横へ向き、布団を体に巻き付ける。
どうするべきだろうか。
二人の気持ちを知ってしまった今、このままどっちつかずの関係を続けるわけにはいかない。
自分は一体、どうしたらいいのだろう。どうしたいのだろう。
二人といたいなら、どちらかを選ぶべきだ。
でも、それではどちらかが悲しむ。
憎まれ口ばかり叩いているが、あの二人はお互いを信頼し合い尊重している。
だから、自分の気持ちを抑えてまで相手の幸せを願ったのだ。
それが皮肉にもリアを深い悩みに落とす羽目になったのだが。
目を瞑り、仰向けに戻る。
リアとしては自分に好意を抱いてくれているのであれば、その気持ちに応えたいと思う。
とは言ったものの、二人から好かれ、お互いを託されたのではお手上げだ。自分は一人しかいない。
であれば、どちらも選ばず離れる方がいいのだろうか。そうすれば片一方が悲しむことはない。
先程とは反対側に体を傾け、布団に顔を埋める。
総政公がまったくの敵とはいえない今、彼の提案通り、オルコット家の世話になるのもありかもしれないと揺れる自分も確かに存在している。
しかしながら、頭を悩ませる問題が浮上する。引き取り屋の摘発が上手くいけば、オルコット家が失脚するかもしれない。
まだどう転ぶか予測がつかないし、オルコット家の力が失われず、フランがドルフのどちらかと未来を歩むことにすれば結局はラフィリア派に与してしまうことになる。
フランの場合、それには首を縦に振らないだろう。あの決意は絶対に覆らない。いくら自分が泣いて縋ろうが徒労に終わると想像がつく。
とすると、ドルフと一緒になるべきか。
リアはうつ伏せになって、枕にため息を吸い込ませる。
ドルフとの未来を想像してみても、悩みは一向に氷解しない。本当にその選択でいいのかと、待ったをかける自分がいるからだ。
兄に報いたい。
当初通り、自分は反ラフィリア派としてラフィリアの消滅に尽力し、ボーマンを頼って王としての教育を受ける。
そして兄に言われたように、この国を新しい国として立て直す。
時間を追うごとに意識は研ぎ澄まされ、目を開いた。ぐるりと体を半回転させ、白い天井をぼんやりと見つめる。
王になる。
言葉にすると簡単だが、実際はそんなに甘くはない。
モグラだった自分が、国民に王と認めさせるだけの信頼を勝ち取り、国を円滑に回す知識と技量も必要だ。
血の滲むような努力をし、上手く立ち回ってようやく認められるかどうか。リアを気に食わない貴族は引きずり降ろそうと妨害してくるだろう。
それに耐えられるのか。
自分を犠牲にしてまで成し遂げたいものは何か。
この選択をすれば、オルコット兄弟と同じ道は歩めない。理想を違えるオルコット家との関わりは極力絶ち、徹底的に反ラフィリアを貫く。
フランとはラフィリアを消滅させるための情報交換をする必要があるが、それはボーマンを経てのみ行い、接触を最低限にして事を運べばいい。
そこまで考えてから別の可能性が迷いを運んできて、リアは苦し気に瞼を閉じる。
ラフィリアを消滅させるだけなら、王になる必要はないのだ。
フランやボーマンに賛同し、ラフィリア消滅にだけ焦点を当てるのであれば、今までと関係性はさほど変わらないのではないか。
フランは反ラフィリアを貫くと言った。リアもそれに向かえばフランを支えられる。ドルフとも離れる必要はない。総政公の言う事はラフィリア派の
リアは力なく腕で目元を覆う。
わがままなのはわかっているが、二人とずっと一緒にいたい。このまま穏やかな生活を続けていたい。それが自分の中にある唯一揺らがない確固たる感懐だった。
だが、それでは二人に対して不義理だ。
自分はフランとドルフのどちらと、より親密になりたいのだろうか。
それが夕食後からずっと頭の中を巡って感情を乱している。
二人と一緒にいた時間自体は一年もない。それでも、それぞれたくさんの思い出がある。
色々な事があった。おそらく普通の人よりも過酷で濃密な時間を過ごした。
そんな中でも楽しく心が温かなまま、ここまで挫けずに来ることができたのは二人がいてくれたおかげだ。
どちらも大切な存在に変わりはない。今後もそれは普遍だと言い切れる。どんなことがあっても二人の味方でいるつもりだ。
これまでのひとつひとつの事柄はどれも特別で、優劣なんてとてもつけられない。
それぞれの出会いから今日までを改めて振り返る。
フランは何を考えているのかわからなくて少し意地悪だけど、人の機微に敏くてさりげなく手を差し伸べてくれる。
ドルフは強がっているが、本当はとても純粋で心優しい。不器用だけれど、人を思いやる心は強い。
どちらも自分には勿体ないと思えるほど素晴らしい人だ。奇跡の力など無い世界であったのならば、リアには手の届かない存在に違いない。
そんな人と知り合えたことに確かな幸福を感じ、意識せずとも口許が綻んでいく。
今、ここで初めてラフィリアに感謝の念が芽生えた。ラフィリアの存在によって滅茶苦茶にされた人生だったが、二人と出会えたことは他には代えられない。
この道も悪くはなかったのだと、少しだけ前を向ける気がした。
きっと自分は恋をしていたのだ。恋愛に於いてよく聞くような、きらきらとした胸の高鳴りはなかったかもしれないが、共にいる時間が当たり前に続くのだと思えた。
それは、誰に対しても感じるものではない。
感情なんて人それぞれ、自分は一般的な反応ではなかっただけだ。
まだすべてを決め切れたわけではないが、一つだけ心が決まった事がある。
二人に抱く気持ちはほとんど同じだが、ほんの少しだけ違いがあることに気がついた。
まもなく迎える抗えない運命の中で、彼の手を取り、どんな困難でも一緒に乗り越えたい。弱いところもある彼だから、自分がそばでしっかり支えてあげたいと、自然とそんな欲求が沸き上がる。
明日、引き取り屋が摘発されてしまう前にフランとドルフにしっかり話そうと決意し、そっと目を閉じた。
感謝と、そして今後のことを。
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