第121話 階段開放1

 今日は建国以来、類を見ない記念すべき慶事が行われる日だ。

 この日、この時をもって、地上と地底を隔てていた巨大な階段の行き来が自由になる。


 地上に出ることは決して許されなかったモグラが、これからは何の理由もいらず太陽の下を歩くことができるようになるとあって、人々の関心を惹きつけてやまない。

 階段を守っている円形をした建物の周りは特設の式典会場になり、大教会と階段を結ぶ道幅の広い通りは人でごった返して熱気と活気がよく晴れた空へ昇っていた。

 今はまだ堅固で重苦しい鉄製の扉が存在を主張しているが、近々、建物ごと解体される予定だ。


 国の重鎮たちの退屈な挨拶が終わると、沿道に集まった民間人はいよいよかと浮き足立つ。 飾り気のない両開きの扉が両方とも大きく開け放たれ、中の階段が露わになる。

 人々は覗き込むように体を前傾させ、期待と緊張に声を潜めて見守る。それから間を置かず、大教会職員に先導されて暗い地底から十名のモグラが姿を現せば、一気に歓声が沸き上がり青空へ巻き上がった。


 口笛や拍手が一面を彩り、リアの想像よりも市井しせいの民はモグラを受け入れているのだと、安堵にも似た感情が体を弛緩させる。

 初めは緊張に固かったモグラたちの表情も、暖かい対応を受けてすっかり笑顔になり幸福のひとときを演出していた。初めて見る空と太陽に驚きながらも、その顔は希望に満ちている。


 彼らはこれから新聖堂併設の保護施設に行く。

 そこにいる限り、住居と食事は保証される。大教会が後ろ盾になって仕事の斡旋をし、いずれ独り立ちしていくことを目指すのだ。

 すべてのモグラを一斉に保護施設へ入れるのは不可能なので、地底で暮らすモグラに対しては読み書きを教えたりと、そちらも手厚く支援していく計画が組まれている。


 今回選ばれたモグラたちは平和の象徴でもある為、騎士団が護衛に付きながらゆっくりと歩いて保護施設へ向かう。パレードのような雰囲気は非日常を運び、見る人の心を陽気にさせる。


 リアたちは一般人として、その歴史的瞬間に立ち会っていた。人でごった返す沿道で、もみくちゃにされながらも、その姿を目に焼き付けようと前の方を陣取っている。

 モグラたちが歩み出せば歩道上の人も動き出す。その流れに乗ってリアたちも新聖堂へ出発する。


 途中、光の姫君と夜の魔王の主演俳優たちが舞台の衣装を着て華々しく登場した。

 周囲は熱狂の渦に巻かれ、手を振り応える俳優たちは輝かしい爽やかさで対応する。

 モグラたちを初日の公演に招待することになっていて、宣伝も兼ねてチケットを手渡しするのだ。


「光の姫君と夜の魔王の公開が待ち遠しいね。観に行くの楽しみ!」

「えっ、行くのかよ!?」


 ばっとこちらを向いたドルフの顔は、目玉が飛び出しそうなほどにまぶたが開き切っている。

 面白い表情に、不可抗力ながらリアは小さく吹き出す。


「もちろん。ドルフは行かない?」

「あんなもの誰が見るかってんだ!」

「僕はリアが行くなら観に行くけど?」


 一人騒ぎ立てるドルフにフランは視線を流しながらにやつく。


「じゃあ私はフランと二人で行ってくるから、ドルフは留守番お願いね」


 それに便乗してリアも意地悪に目を細めた。


「俺も行く!」


 思った通り、ドルフは膨れてそっぽを向いた。

 リアはそんなドルフに苦笑してから魔王役の青年を眺める。モグラ全員と握手を交わす姿は真面目そうで好感が持てる。

 公演が始まる頃には引き取り屋の件も解決し、反ラフィリア派も動きやすくなっているはずだ。


「三人で観に行きましょうねっ!」


 楽しい空気に浮かれ、リアが笑顔を咲かせれば二人共すぐに頷いてくれた。

 何も問題は解決していないが、せめて演劇は楽しみたいと小さな願いを胸に灯す。


 お祭りのような熱い人混みの中、しばらく足を進めていると少し先が騒がしくなった。丁度モグラたちが歩いている真横だ。

 激しい感情がこちらにまで届く。張り上げる怒声は気持ちのいいものではない。

 階段開放への抗議だ。


 国民にはモグラを地上に出すことを認めない層も一定数いる。

 地上がけがれる! 力持たぬ者は犯罪者! 地底へ帰れ! など大弾幕を掲げた抗弁を振りかざす。

 だが、今や主派の勢力下に置かれた騎士団がその行為を許すはずはない。すぐに取り押さえられ、徹底的に鎮圧されてしまった。彼らが今後どうなるかは主様次第だが、恐らく最悪の結果になるだろう。


 彼らの未来から目を背けるようにして視線を彷徨さまよわせれば、華やかな大通りのすぐ脇の路地に引き取り屋の真っ黒な馬車が停まっていた。

 暗い気持ちがさらに沈んでいく。


「まだ奇跡の力が消える人はいるのよね……降光祭直後より数は少ないけど」

「うん。おそらく主様が関与しているんだろうね。大教会は原因究明中としているけれど、真実を公表する気はないんじゃないかな」

「このままじゃ、引き取り屋の摘発が成功したとしても混乱は続いちゃうね……。主様とラフィリアは何がしたいんだろう。それによって大教会の対応も変わるよね。……フランは総政公に詳しく聞けないの?」

「聞いたところで僕に教えるわけがないよ。あの人はラフィリア派だからね」

「フランシスが乗り込んで脅しても、びびるだけで絶対口は割らないだろうな。そういう奴だ、あいつは」


 二人とも嫌悪を隠しもせず、鼻に皺を寄せた。実の父親だというのに他人よりも遠い存在だ。


「そういえばこの前、総政公と話したの」


 リアの呟きに両者ともが目を丸くし、驚愕に言葉を失った。

 ここだけ空気が凍りついたが、周囲の人は気がつくよしもなく各々でお喋りを楽しみながら新聖堂への道を行く。


「何か変なこと言われなかった……?」


 数秒の沈黙の後、フランは探るように会話の続きを再開する。


「ううん、別に。今後について総政公の意見を聞かされただけよ」

「それならいいけどよ……」


 ドルフはちらりとフランに視線を回した。

 詳しく聞きたいようだが、聞くのが怖いというような含みのある態度に、フランかドルフのどちらかを選べという総政公の話が頭にちらつく。

 彼らは人生のすべてをリアと共にする気などなく、ラフィリアの件が落ち着けば他人に戻るつもりだろう。だから、いくら有利になる可能性があるとしても婚姻など結ぶはずがない。それは充分承知済みなので、リアから言及はしない。


「リアが総政公様を支持することになっても、僕はそれで良いと思っている。リアの好きなように」


 こちらに顔すら向けず、フランはそっけなく言い放って歩き続ける。

 ドルフがそれに目くじらを立てて反論するまで時間はかからない。


「おいフランシス、なんだよその態度。俺はリアに反ラフィリア派でいて欲しい」

「それはリアが決めることだろ。お前が無理強いしてリアに嫌々僕たちの理想に付き合わせて、お前は嬉しいのかよ」

「それは違う。だがな、お前は一人で意固地になってるだけだろ」

「意固地? 僕は正論を言っている。お前みたいに自分の感情をすべて出していられる能天気じゃないんだ」


 いつもはフランの方が落ち着いているのに、今日は珍しく彼の方が感情的だ。ほんの少しの哀愁を漂わせているドルフに対し、まなじりを吊り上げ喧嘩をふっかけている。


「フラン、やめて。私はあなたたちと理想を違えることはないわ」

「そんなことを言っているけど、キミはまだ今後について何も動き出せていないじゃないか。反ラフィリア派を盛り立てるためにキミは一体何をするんだい? 国民の支持を集めて国を治めでもするのかい?」


 毒のあるフランの物言いにリアの心は深く傷ついた。目頭に込み上げる熱を隠すため、首を垂れる。図星だ。明確な苛立ちをぶつけられて返す言葉が無い。自分はまだ何もしていないのだから。


「フランシスやめろ。ここでリアを責めても何もならないだろ」


 二人は睨み合う。


「……悪かった。ちょっと頭を冷やしてくる」


 折れたのはフランだ。群衆の間をするすると通り抜け、逃げるように遠ざかっていく。


「フランシス! 一つくらい自分の望みに従って生きてもいいだろ! 五百年前からの宿命なんてどうとでもなる! 一人で抱え込むな! 自分を犠牲にするな!」


 孤独を背負うフランに向かってドルフは必死に声をかけるが、彼が足を止めることはなかった。

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