第120話 総政公との対話2

 主様のやり方には賛成していない。それを総政公本人から聞けたのは意外だった。

 やはり。リアは弾かれたように顔を上げた。総政公が主派と考えを違えているというのは本当だったのだ。


「主派と呼ばれる派閥があることは耳に入っているでしょう。今や大教会騎士団はそちらに権力を取られてしまっていまして。これには私も困っているのですよ」


 心底嫌そうに眉を顰め、愚痴っぽく言う姿がフランと被る。顔はまったく似ていないが、先ほど感じた通りフランの性格は父親似のようだ。そうと分かれば、ある程度は対処法が確立されている。隙ができるその時を待ちつつ話に耳を傾ける。


「平和条約締結会議の後、ラフィリア様が現れて惨状を作った。あの方は神だ。人間では敵わないと現場に駆けつけた私は判断し、この国を守るためにかしずいた。尊い光の女神に最大の敬意を払います、と。ラフィリア様はそれを聞いて一方的な殺戮はやめてくださった。それからはラフィリア様を敬い、崇めるよう尽力してきました。ラフィリア様は強い。だから怒りに触れぬよう、取り入ったんです」

「主様とあなたの関係は、ここまでどのように来たのですか?」


 ここで話に乗れば、腹の内にため込んだ個人的な感情を立て板に水のごとく喋ってくれると確信し、リアは話の流れを削がぬよう質問を投げかける。すると総政公は眉間の皺を深くし、嘆きを余すことなく顔面に顕在させた。


「ユージーン様はラフィリア様の眷属で、ゆくゆくはこの国を治めたいとおっしゃった。だから、私は時が満ちるまで国民がラフィリア様を今まで以上にありがたがり、ユージーン様を国の象徴と認めるように少しずつ梃入てこいれをしました。私としては、あのお方を主体とした新たな国も悪くないと思っていました。なにせラフィリア様の眷属だというのだから、敬うのは当たり前です。しかし、あのお方には国を治める資質が無かったのです」


 本人がいないからか、明け透けな言い方には険しかない。

 リアが相槌を打てば、まだまだ黒い感情は燻っているようで長嘆が唇から飛び出た。


「あの方は私利私欲のために国民を使おうとしている。それに加え、ラフィリア様の寵児と言われるクラリス嬢にいたっては礼儀作法の一つも満足に覚えない。あの方々に国を任せるのは無理だと私は判断しました。どうにか国民のために上手くユージーン様と折り合いをつけようとしているのですが、彼は犯罪者として投獄されていたエリックという貧民の青年を騎士長に就任させ、貧民やモグラを焚き付けて良からぬことを企て始めたんです。どうやら大教会の中枢にもユージーン様に加担する者がいたようで、我が長男は騎士団を追われてしまって。長男は少し直実的なところがあるので心配していたのですが、まんまと嵌められてしまった訳だ。重大な失態に我ながら笑えてくる。このままいけばユージーン様は貧民と結託し、暴動を起こして自分たちに都合がいいようにこの国を乗っ取るでしょう。それをどうにか止めなければならない」


 主様ことユージーンは今はまだ地底に住むが、度々地上を訪れては騎士長と共に貧民たちを集めてお祈りをしているという噂は町で聞いた。

 暴動を阻止したいというのにはリアも同意なので、引き続き傾聴の姿勢は崩さない。


「止められる算段はあるんですか? 主様は私たちよりも強いんですよね」

「この件はユージーン様と幾度となく話し合いをしているが、いつまで経っても平行線。それならば、こちらも多少強引に進めなければならない。――ユージーン様以上に国民が納得する新たな国主を出す、それが一番有効だと考えております」


 愚痴の色は鳴りを潜め、硬い表情に目力が増した。

 いったい何を考えているのだろう。リアにその先を聞いて欲しがっている。だから、リアは模範回答的な答えを舌から口の先へするりと移動させた。


「あなたが国主になるという事ですか?」


 国の行く末を一人で先取りするのは心細い。それでも気後れせずに尋ねられたのは、国主の娘としての矜持か。

 総政公はじっとリアの土色をした瞳から目を離さない。これから言うことを刻みつけるように。


「私はリア様にご即位いただきたい」

「なっ、何を言って」


 冗談とは思えない強さを秘めた口調にたじろぐ。


「光の姫君と夜の魔王。あのお話の力も相まって、今、世間は十年前に地底に落とされた国主の娘に注目している。あなた様は降光祭で光の力を授かっている。その噂が広まれば、あなた様は今のままではいられなくなるでしょう。世にも珍しい光の力を携えた国主の娘だ。次期国主であったジョシュア様が亡くなられた今、あなたの存在は遅かれ早かれ担ぎ上げられるのは明らかです。そうなった時、あなた様はどうするおつもりですか? この国から逃げ出しますか?」


 畳み掛けられ、リアは押し黙る。ついさっき同じことをボーマンからも言われた。


「あなた様の身は、オルコット家が責任を持ってお守りします。品格を上げるための教育もすべてこの私が用意し、これまでの汚名をすすぐと約束しましょう。どうですか?」

「わ、私にはそんな」


 自分でもわかるほどに動揺で声が波打つ。

 総政公は少し前までリアをモグラだと下に見ていた。それを自分の都合で態度を改めて、従うように勧めるのは都合が良すぎではないか。


 しかし、国を想えばそのような対応も仕方がないのではという思慮が頭をよぎる。綺麗事だけで国を円滑に回すのは無理だと、たった今思い知らされたばかりだ。何かを我慢し、たとえ打算の中であったとしても自分にとって有利に生きるべきではないか、そんな臆見が一気に押し寄せ溺れそうになる。


「あなた様とフランシスは五百年前からの使命を負っているようですね。少し調べさせていただきましたよ。なんでもラフィリア様をこの世から消し去るだとか。グレイフォード家とオルコット家はラフィリア様の封印を見守るのが役目でした。なんとも因果なものですね」


 どこまで詳細に知っているのかを推し量ることはできないが、こちらの事情の要点を言い当てられ、面食らってしまった。ここは開き直って会話を続けるべきか、それともしらを切る方がいいのかと忙しなく思考を回す。

 かなり視線が泳いでいたようで、総政公はほんの僅か目尻を緩めてから表情に気勢を込めた。


「ですが、私はラフィリア様を消滅させるのは無理だと結論付けています。上手く共存する道を探したいのです」


 もう一度、噛んで含めるように念を押された。


「どうです? あなた様の理想とまったく反対ということでもないでしょう。無理な理想を掲げて多くの犠牲を払うより、理想通りとまではいかずとも近い妥協点を見つけ損失を少なくする、それが賢い生き方だと思いますが」


 確かにそうだ。現時点でラフィリアに対抗するすべは見つかっていない。もし見つけられたとしても、人間が本当に神に敵うのかという問いには、自信を持っては頷けない。自分のしでかした事で多くの人を巻き添えにする可能性を考えれば、心中は嵐のように荒れ狂う。


 自分に課せられた五百年越しの宿命と、今を生きる多くの命。どちらが大切か、その選択は重すぎる。


 苦しみから逃れたくて、強く目を瞑った。

 この場には総政公と二人きり。誰も助けには入ってくれない。つらくても自分で切り抜けなくてはならない。

 思いの定まらないまま、それでもおずおずと視界を取り戻すと、総政公は満足げに笑みを深めた。


「それと、あなた様とフランシスの婚姻を認めます。それをお望みでしょう?」

「そんな、」


 息が詰まり、それ以上は音にならなかった。

 あまりにも状況が変化しすぎて泣きべそをかきそうだ。


 この人はヘイズ家にてリアが窮地を切り抜けるために口走った、フランと婚約しているという出まかせに対し、認めないと冷たく言い放ったではないか。


 頭を抱えたい衝動を何とか堪えて総政公の本意を探ろうとするが、今の本意は提案の通りだ。それが今後にとって一番都合がいいから。ただその事実のみがそこにある。

 話の波を乗りこなせず虚ろな目をするリアに構う事無く、総政公はこちらを安心させるように顔を綻ばせる。


「リア様はフランシスよりもアードルフをご所望ですか? 王配としてリア様を支えるのであればフランシスの方が適しているかとは思いますが、お好みでどちらでも結構ですよ。あの二人は妻に似てね、我が息子ながら顔の良さに驚いているほどですから。グレイフォード家の光を授かったご息女と、オルコット家でも稀代の力を持つ息子が婚姻を結ぶとなれば国民も納得し、混乱した世の中も少しは落ち着くはずです」

「そんな、そんなっ」


 そんなのは総政公が自分の地位を守るための手段だ。

 この場で見せる優しさなど偽りだと分かるのに、リアの心、思考、そして体がばらばらになってしまいそうになる。千切れて総政公に囚われてしまわないように、必死に手繰り寄せ自分を形作る。


 これまでに総政公から受けたさげすみを忘れてはいないし、フランやドルフも酷く虐げられてきたとボーマンから聞いた。そんな人の言いなりになんてなりたくない。

 しかし一方では言いなりだとしても、それがこの国にとって一番良いことではないかとの気持ちも捨てきれない。


「リア様。ご自身の保身を考えてください。今、フランシスとアードルフの二人と暮らしているあなた様ですが、大教会内ではすでに悪評が立っております。このままですと、後にそのことが足を引っ張る結果となってしまいます。ご自身についてもそうですが、フランシスやアードルフにとってもそうです。二人を想うのであれば、どちらかを伴侶とするか、どちらとも離れるかご決断をするべきではないでしょうか」


 総政公の諭すような訓戒に、心の一番柔らかい部分が抉られる。

 中途半端が一番良くないとはリアもわかっている。

 揺れるリアに気付いているだろうが、総政公は恬淡てんたんとして続ける。


「この話は二人を家に呼ぶ度に言い聞かせてあるんですがね。リア様と今後についてしっかり話し合えと。その様子ですと、何もなかったようですね。フランシスなら自分にとって都合が良い選択をきっぱりと下し、早々に求婚するかと思いましたが、あなた様が絡んでくると及び腰になるようですね」

「……すみません、今日はこれにて失礼します」


 半ば反射的に椅子を引き、立ち上がっていた。

 これ以上は耐えられそうにない。少し頭の中を整理し、落ち着けなければ降りかかる選択肢に潰されてしまいそうだ。

 総政公とは目を合わせられず、無防備に背を向けて扉に手をかけた。


「返事はいつでもお待ちしておりますよ」


 余裕を持った声に送られ、リアは早く逃げ出したい一心で扉を閉めた。

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