第111話 葬儀2
大聖堂の外に出ると、まず正面に綺麗な庭が出迎えてくれる。その庭から続く先に大教会の正門があるのだが、どうやら行き先はそちらではないらしい。
キャロライナの足は迷うことなく大聖堂から出て右手側、国主邸宅へ向かっている。
見せかけだけの葬儀から抜け出せたのはリアとしても嬉しいが、行き先不明のままでは不安だ。
「奥様、こちらは限られた人しか入れないのでは……」
大教会は大聖堂に限って一般の人でも出入り自由。しかし研究棟区や国主邸宅へ入る事は許されない。特に国主邸宅の警備は厳重で、いくらボーマン夫人であろうと気軽には立ち入れないはずだ。
それをキャロライナが知らないはずはないが、近づく邸宅への門を前にリアは落ち着かない。
一方、キャロライナは平然と光浴びる回廊を進んでいく。
邸宅への入り口には近衛兵が配置され、強行突破はできない。こちらに気がついた兵は、人を萎縮させるのに特化したような厳つい顔を殊更に峻厳とさせ圧を強める。前を行くキャロライナはそれにも顔色ひとつ変えず、頭ひとつ分以上大きな兵に挨拶を交わす。どうやら話を通していたようで、リアの不安をよそに夫人が名乗っただけで屈強な兵は礼儀正しく低頭し、締め切られていた扉の鍵は開けられた。
大教会側からの入り口はいわゆる裏口的な意味合いが強く、華美なロビーがあるわけではない。扉の先は室内に直結していて、窓の影が落ちる長い廊下が続く。
今日は屋敷に用は無いはずだが、わざわざ事前に邸宅に入る許可を得てまで何をしたいのだろう。
「奥様、一体どこへ……?」
「不安にならなくても大丈夫よ。あなたの悪いようにはしませんから」
振り返り、どことなく楽しそうに声を弾ませる夫人はリアの質問に答えることはせずに先を急ぐ。考えられる事柄が一つもなく、嬉々として見えるキャロライナの後ろへおっかなびっくり続く事しかできなかった。
進む足元は汚れ一つ見当たらず、飾られた絵画や胸像などの隙間にも塵が積もっている様子は無い。
現時点でここには住む者がいないはずだが、毎日のように手入れをされて綺麗な状態を保っている。
少し先には窓を拭く使用人の姿が見える。主人のいない家を掃除するのはどんな気分だろう。次にこの家の持ち主になるのは一体誰なのか。その時、リアはとうとう
「リア様。さあ、こちらへお入りになって」
どんどん鬱結して沈んでいく気持ちのままぼんやりとしていたら、少し先でキャロライナが扉を開けて手招きをしていた。狭窄気味になっていた視野が広がり、慌てて駆ける。
「すみません、奥様に扉を開けさせるなど……!」
「わたくしでも部屋の扉くらい自分で開けられますわ」
早く入れと目で合図され、リアはそそくさと中へ足を踏み入れた。
ここは他と変わらない客間だ。大きなソファにテーブル、来訪者の目を楽しませるための調度品は多めに配置されている。
そこには三人のメイドが待ち構えていた。横並びになり頭を下げてリアとキャロライナを出迎える。ゆっくりと上げられた顔を見れば、よく見知った人がいて調子の外れた声が喉から飛び出てしまった。
「ドロシー!? どうしてここに!?」
赤毛を高く結わえ、黒い瞳でこちらへ親し気な視線をくれるのはボーマン家のメイドであるドロシー。彼女とは仲良くなり、ボーマン邸へ行った時にはお喋りをするほどだ。
駆け寄ってどういうことか説明を求めようとするが、ドロシーが答えるよりも早く、背後でキャロライナがヴェールを取り去って意志の強そうな眉を弓なりにした。
「リア様、あなたはジョシュア様の葬儀に出席する権利があるわ。だから、今から着替えましょう。さ、あなたたち、お着替えとお化粧お願いね」
「リア様、お召し替えを」
瞬く間にメイド三人に包囲された。制服の黒い上着のボタンを手際よく外され、体から引きはがされるうちに、下に着ている白いシャツのボタンも同時進行で外されていく。あっという間に服をはぎ取られ、上半身は下着姿にされてしまった。大教会の制服は細身なシャツを着用するので、下着も薄く動きやすいものを選んでいる。それは肌の露出が高く、他人に見せるのは抵抗が強い。腕で体の前面を覆うが、二本だけではとても隠し切れず、顔から火が出そうだ。
「ちょっと待って! これはどういう!?」
ズボンにまで手をかけられたが、必死に押さえ込んで死守しながらキャロライナに助けを求めるように目配せをする。
「あなたはジョシュア様の妹君なのですよ。葬儀に参列するための喪服を用意しました。だから、わたくしと行きましょう」
思いがけず真剣なキャロライナの物言いにリアの手は緩み、一気にズボンは下ろされた。
羞恥心が体を熱くするが、メイドたちは淡々としているし、キャロライナも表情を緩めない。恥ずかしがっている方が異端な気がして、寒々しい己の姿はこの際無視することにした。
参列するにあたってリアには懸念材料がある。自分は弔問客として招待されていない。もし黙って紛れ込んだのでは、連れて来たキャロライナもラフィリア派の貴族から咎を受けることになるかもしれない。
今一度、その心中をキャロライナにぶつけてみることにした。
「私は大教会の職員として出席するよう言われているのですが、命令に反する事にはならないでしょうか」
「そんなのは関係ありません。あなたはジョシュア様唯一の肉親なのです。参列しない方がおかしいのですよ。リア・グレイフォードはここにいる、たくさんの人に存在を知らしめましょう。もう日陰に隠れている時期は終わりましたよ、リア様。あなたはこの国の未来を決めるお方です」
厳しい中にも優しさがあり、リアは肺腑を貫かれ首を縦に振っていた。言われた通り、もう自分は部外者ではないのだから。
三人のメイドによりすぐさま喪服を着せられ、髪を整え、化粧までしっかりとしてもらった。最後に顔を隠すヴェールを被れば、リアは立派な弔問客になる。
ソファに身を委ねてリアの着替えを見守っていたキャロライナは緩慢に立ち上がり仕上がりをまじまじと確認し、満足気に口元を持ち上げた。
「リア様の社交界デビューがお兄様の葬儀だなんてあんまりだけれど、こればかりは仕方がないわ。いつかわたくしと一緒に舞踏会へ行きましょうね」
言葉と共に、ごく自然に抱きしめられた。それにはとても暖かい親愛が込められていて、未来への不安に冷え切っていた心にじんわりと沁み込み、熱い涙となって視界を不鮮明にした。
「はいっ。ありがとうございます」
「あらリア様、泣いては駄目よ。お化粧が崩れてしまいますわ」
「す、すみません奥様」
茶化すように小さく笑うキャロライナはハンカチを差し出してくれた。自分の物を使おうかとも思ったが、キャロライナに甘えたくて、ありがたく受け取った。
そうしてキャロライナに連れられ、再び大聖堂へ戻ることに。
リアの少し前を行くキャロライナの歩く姿はとても美しい。回廊に差す太陽の光すらも自分を飾る道具にしているようで、見惚れてしまう。
リアも同じようになりたくて、見よう見まねで手を体の前に持ってきて重ね合わせる。背筋を伸ばし、顎を少し引く。
兄の葬儀なのだ。ここでリアがはしたない姿を見せるわけにはいかない。
きりっと表情を引き締めれば、それを横目で見ていたキャロライナが褒めるように微笑んだ。
大聖堂の前へやって来れば、入口の兵に声をかけられた。キャロライナに恭しく頭を下げると、兵はリアの足元から頭までを胡乱な目で行き来する。
「ボーマン夫人、そちらの方は? 弔問に来た客人ですか?」
問いかけているが、言葉の節々には不審人物に対する容赦のなさが見え隠れする。
両開きの扉の前に立ち塞がる兵の様子を見た近くの兵も加勢するようにリアの横に立つ。キャロライナまで難詰されそうな険悪な雰囲気にも関わらず、彼女は一歩も引かない。
「客人だなんて。こちらはリア・グレイフォード様ですわ。ジョシュア・グレイフォード様の妹君です。通していただけますね?」
気高い目付きは有無を言わさない迫力があった。
兵の二人は顔を見合わせ、すぐさまヴェール越しのリアを窺ったものの、反論はせず扉を開けてくれた。中へ入るその時にリアを凝視し、眉を顰めて
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