第99話 近づく別れ
兄からの忠告の後、表面上は何もなかった。
フランとドルフは約束通り一日でオルコット邸から戻り、そこでどんな話があったかは教えてくれないが、普段と変わらずに接してくれている。ジョシュアもあれ以来、リアに選択を迫るようなことは言ってこない。
心にわだかまりを抱えてはいるが、つつがなく日時は過ぎていく。
ボーマンはリアたちに重要な話をしたい時、自宅の執務室へ呼ぶことが多い。
「ジョシュア様亡命の件だが、手筈が整った」
リアたち三人が並ぶ執務机の向こうで、待ち望んでいた吉報を厳かに発した。
いよいよだ。嬉しくもあり、悲しくもある。
「再来週、大教会で国内の貴族を呼んでの夜会があるんだ。それにエリントン卿も呼ばれている。なんと総政公が呼んだとのこと。どうやら彼は、エリントン卿のお孫さんがラフィリア様によって殺されたと認知していないらしい」
「よく確認もせず、対応を部下任せにしていたんでしょうね」
ほんの少し軽蔑するようなフランにボーマンも同意する。
相手が貴族だと知っていたら、いくらなんでも金で解決しようなどとは思わないだろう。
「エリントン卿は何事もなかったかのように夜会へ招待され、さらに腹を立てている。会場で総政公に文句を言うと息巻いているよ」
「そうなるのは仕方ないですよね……」
リアが当事者であってもそれは宣戦布告と取り、戦いに行くだろうとエリントン卿の肩を持つ。
「エリントン卿は夜会の最中、自分の地位を捨てる覚悟で総政公に食って掛かると。周りにも悲惨な仕打ちを受けたことを知らしめたいらしい。言うだけ言ったら帰るそうで、その際、ジョシュア様を馬車に潜ませてこの都市を出ると約束してくれた」
中々に覚束ない作戦だ。エリントン卿を信用していないわけではないが、ジョシュアの身分が途中でいいように使われてしまうのでは、と不安が立ち込める。
「その先は大丈夫なのでしょうか……?」
この都市から出るのは難しいことではないだろうが、さすがに出国するとなるとそう簡単にはいかないと想像がつく。薄氷を踏むような危険を孕んだ話にリアの顔は曇る。
「それは……わからん。エリントン卿を信じる他ない。信用の置ける親戚伝いに国外まで出してくれるとは言っている。私の縁者にも話を通し、援護をしてもらうつもりではあるが、あまり他言したくはないのでな」
次期国主のジョシュアには生まれながらに価値がある。それを搾取しようと考える者もいるのは確実だ。身分を偽り無事に新天地へとたどり着けるのかは不透明。
絶対安全ではない橋を渡ろうとしているのだと、ボーマンの寄せられた眉根からも窺える。
「でも、それに賭けるしかないですよね。あまり時間を食っていては見つかる可能性が上がりますし……」
成功する確率は高いとは思えない。針の穴に一発で糸を通すくらい難しそうだ。しかし、これ以上に良い策もない。
「リアさんの言う通りだ。ここはジョシュア様にとって安全な場所ではない」
ボーマンとしても心苦しいのだと、伏せられる視線が物語っている。
本来、この件はボーマン一人に任せるのも荷が重すぎるのだ。一国の世継ぎを国外に亡命させるなど、万が一にもその計画が露呈してしまったら、いくらボーマンであっても重い罪を課せられるだろう。
進んで引き受けてくれたボーマンには頭が上がらない。
「計画だが、エリントン卿は前日に聖都ラフィリアに来て一泊する。私の屋敷に招待することも考えたが、親交を深めていることは内密にした方がいいと考え、ホテルに泊まってもらう事にしたんだ。その日中にジョシュア様をホテルの部屋に移送したい。――これはフランシス君の力を借りねばならないが」
「承知いたしました。責任を持って送り届けさせていただきます」
「当日、ジョシュア様は使用人のふりをして馬車まで行き、人目を盗んで本物の御者と変わり、馬車の中に隠れる。その後、夜会を抜け出したエリントン卿と共に都市を出る」
話にしてしまえば単純明快だ。
「それに伴って君たちが怪しまれないよう、当日は三人とも夜会の護衛をしてもらうつもりだ。亡命したと感づかれた時に一番怪しまれるであろうフランシス君とアードルフ君は私の護衛、リアさんは会場の持ち回り警備にしようと思う。リアさんは会場警備が終わったらジョシュア様のところに行くといい」
「え、でもそんなに上手くいくんですか?」
リアは訝しく首を傾ける。エリントン卿が大教会を去る時間と、リアの手が空く時間が必ずしも合うとは限らない。
「それがな、エリントン卿が協力してくれるそうだ。最後にリアさんがジョシュア様と少しでも話ができるよう、事を起こす時間を調整してくれるのだと」
ボーマンは静かに笑みを湛える。それはリアへの哀愁にも見えた。その時をもってジョシュアとは二度と会えなくなるのだから。
「リアさんの会場警備が終わる近辺の時間を狙ってくれると。エリントン卿が言いたい事を言って満足したら大教会に馬車を呼ぶから、その前にリアさんは大教会を抜け出してホテルの馬車置き場まで行く。制服を着ていればそうそう怪しまれないとは思うが、くれぐれも気をつけて」
「はいっ」
現実味を帯びて来る別れの気配に胸が締めつけられる。それを悟られたくなくてリアは気丈に返事をした。
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