第97話 繋がり
日常は目まぐるしく過ぎていく。
リアは今、塔の外壁に背を付け座り込んでいる。すぐ頭上には開け放たれた窓。
中にいる登場人物は三人だ。
「フランシス、アードルフ。一度家に帰ってこい。父様が呼んでいるんだ。たまには家族団らんでもと」
騎士長の声はいつになく優し気だ。
「アードルフはまだしも、あそこに僕の居場所はないでしょう。僕の家はここです」
対応するフランの声はどこまでも冷めきっていて、顔を見ずとも敵意をむき出しにしているのだとわかる。
「俺だってあの家にいい思い出なんてねえよ。誰が帰るかってんだ」
ドルフも頑なだ。
「そんなことを言ったところで、お前たちは堂々とオルコットを名乗っている。そんなに嫌なら軽々しく名乗るな。フランシス・オルコット。アードルフ・オルコット。お前たちはしょせん父親の威を借りているだけの分際だ」
厳しい一言に返される言葉はない。二人が何も言えないのを良いことに、騎士長が鼻で笑う。
「いっそお前たちの姫に頼み込んで、グレイフォードでも名乗らせてもらったらどうだ?」
そんな事できるわけないじゃない! とリアは窓から身を乗り出したい衝動に駆られるが、口を押さえじっと我慢して縮こまる。
「総政公様と騎士長様は何をお考えですか? 僕と話す事などないはずですよ」
フランは突き放すような物言いだ。
「その呼び方はやめろ。今は家族として来ている。俺はお前たちの兄だ。昔はもっと可愛げがあったんだがな」
「突然呼び出す目的を言ってください、兄様」
「詳しくは家に帰ってから皆で話すつもりだが、端的に言うと、父様と母様がこれまでのお前たちに対する態度を謝りたいと」
柔和な声がいつもと違いすぎて逆に気味が悪い。
「はぁ!? あいつら昔、俺らのこと殺そうとしたってのに、今更何ほざいてんだよ!」
「僕もアードルフと同意見です。父様も母様も、純粋に僕らの事を想っておいでではないでしょう。何かしらの策を下地にした愛情など求めていないです。帰ってください」
ドルフとフランの明らかな拒絶にも動じず、騎士長は話し続ける。
「フランシス、アードルフ。お前たちも大人になった。お前たちは規格外に奇跡の力が強い。だが、それを無闇に使う恐れはないと知るには充分過ぎる時間が経った。だから、今後の相談がしたい。ボーマン様にも認められたんだ。それはオルコット家としても喜ばしい限りだ」
「僕は降光祭であなたを氷漬けにしましたがね」
「それは俺が悪かった。お前は誰彼構わず力を使って傷つけたりはしない。だから是非一度、家に帰って欲しい」
「わかりました。一日だけ本邸に帰ります。ただし、僕の家はここですので、それはお忘れなきよう」
ここには今、ジョシュアがひっそりと身を隠している。それが見つかってしまったら困るのだ。だから念を押したのだと、フランの抜かりなさに脱帽した。
「わかったわかった。お前は相当姫に入れ込んでいるんだな。アードルフならまだしも、まさかお前が愛情を持つ対象を作るとはな。今回、そのことについても話があるんだそうだ」
声だけでもわかるほど嫌なねちっこさを持った騎士長は勘違いをしている。
リアは訳知り顔でそっと鼻から息を漏らす。フランは自分のことを庇っているわけではないはずだ。
「どうせ、ろくでもない話でしょう」
フランはなんの感情も読み取れない声音でそっけなく切って捨てる。
「フランシスが行くなら、俺も一日だけ帰ってやる!」
上からの物言いをするドルフに騎士長は怒ったりせず、微かな笑いだけが窓から漏れる。
それからすぐに騎士長は塔を後にした。塔を出て庭を歩く騎士長の背をこっそりと見送る。
リアは盗み聞きをしてしまった罪悪感から室内に入りづらく、壁に背を付け座ったまま虚ろに空を見上げた。何の変哲もない白い雲がところどころに浮かぶ晴れの日だ。
今の話を聞いて心がざわつく。
フランとドルフの家はオルコット邸だ。そこには両親と兄がいる。もし、今回両者が和解してわだかまりが解けたとしたら、自分の立場はどうなるのだろうか。
フランはこの塔を使い続けられるよう、総政公にかけ合ってくれるのかもしれない。
リアはこの広い塔で一人暮らす未来を想像する。自分にはもったいないくらい贅沢な住居だ。雨漏りもしないし、必要なものはすべて揃っている。
何の不自由もない。
だが一抹の不安は拭えず、心の奥底に沈殿したまま。
家族皆が仲良くなるのは喜ぶべき事だ。でも、それを素直に喜べない自分がいる。
『家族ごっこ』と言ったアルバートの言葉がこの時になって胸を大きく抉る。
フランとドルフは正真正銘、家族だ。しかし、リアは二人とは法的な繋がりも、血の繋がりもない。ひとたび離れてしまえば何も残らない関係。
今はラフィリアを消滅させるという共通目標があってお互い仲良くしていても、それが達成されてしまえばリアと二人を結ぶものは何もなくなる。今日までありがとう、さようなら。そんなあっけない終わりだって充分あり得るだろう。
気まぐれに風が吹けば、千切れて飛んでいってしまうほどに脆く儚い糸なのだと実感した途端、恐ろしくなる。
自分の両親はすでに亡く、兄とももうすぐ会えなくなる。そうしたら、独りだ。
移ろいゆく時代の中、切れないと断言できるほどの強固な繋がりは自分にはない。大海原で船から放り出されたかのような孤独感が押し寄せる。
言いようのない寂しさに膝を抱え、嫌な妄想が過ぎ去るまでじっと耐える。
どうか、ずっと変わらず今のままでいられますように――
現実は見ないふりをしたまま、一心に願った。
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