第93話 リアのために
先程からため息しか出ない。
リアは自室の文机に突っ伏し、顔を横に向けてぼんやりと
兄ジョシュアの安否が気になって沈鬱としている。今朝、ボーマンによってジョシュアの行方が分からなくなったと聞かされてから、リアは兄の今後について考えを巡らせていた。どうしても悪い方向にしか事は運ばない気がして、でも、良い結果を見つけ出そうと堂々巡りを繰り返している。何度目かの重い息を吐き出す。
せっかく晴れた日の午後だというのに、心には厚い雲が支配し、どんよりと湿っている。
フランとドルフは昼食の後、珍しく二人だけで出かけてしまった。リアとしても今は雑踏を歩く気にはならなかったので丁度良かった。静かな室内で一人、気持ちを落ち着けようと
それと扉が叩かれる音が重なった。
「リア、ちょっと来てもらっていいかな」
フランだ。
扉を開けてみるとフランと、その横に満面の笑みを浮かべるドルフがいた。
「二人でどこへ行ってたの?」
「ちょっとね」
「そんなことはいいから、早くこっちこっち!」
上機嫌なドルフが階段に足を掛け、手招きをする。今すぐにどうしても見せたいものがある、というような急かしようだ。それとなく視線を使いフランにどうするか問いかけてみれば、にっこりされた。これはドルフを肯定している。何があるのか先に教えて欲しいが、ここで聞き出すのは野暮な気がしたのでリアは大人しく階段へ向かう。
軽やかに下っていくドルフに導かれ、たどり着いたのはこの塔の二階だ。
二階は、来客をもてなすように造られた大きな客間が二部屋ある。今はどちらも使っておらず、あまり立ち入ったことはない。
「ここ、開けてみて」
階段を降りきって左手側にある豪華な両開きの扉に触れながら、フランがとろけるような甘い微笑みでリアを誘う。
その隣ではドルフも得意げで嬉しそうだ。
この中に何があるというのだろうか。リアに悪いことではなさそうだが、警戒するに越したことはない。何かが飛び掛かって来ても対応できるよう意識を集中させながら、慎重に扉を引き開ける。隙間から少しだけ顔をのぞかせた。
空き部屋なので中はがらんどうだ。大きな窓から入る太陽光が床の白い石材に反射して、やたら明るく照り返す。
異変は特になく、さらに開ける。すると、だだっ広い部屋の真ん中には人がいた。気を張っていたのでそれを察知した瞬間、やっぱり何かいたじゃない! と憤慨にも似た気持ちが頭の中をさっと走っていく。
意識しなくとも、脳はその人物が誰かを勝手に精査し始める。
扉が開く音に振り返ったのは、こげ茶の髪。大きく見開かれた目は土色をした青年だ。
「リアっ!」
それは間違うことなき兄ジョシュアであった。昨日、即位宣言で見た顔だ。
「お、おっ……」
お兄ちゃん、と言いたかったのだが、口が上手く動かず
信じられない。本当に兄なのだろうかと、よろよろと室内へ踏み入れば、倍以上の速さでジョシュアが駆け寄ってきて、あっという間にひしっと抱きしめられた。その勢いといったら、そのまま抱き上げられるのではないかというほどだった。実際、
「ああ……! 本当にリアだ! あの頃と変わっていない可愛いリアだ!」
感動に震える声で頬ずりまでされた。さすがにそれはやめてもらいたい。フランとドルフだって見ているのだ。
「お兄ちゃんやめて! 恥ずかしいからっ」
自分以上に感情的な人を前にすると、逆に冷静になれるものだ。リアは兄からの重すぎる愛を拒絶するように少しだけ体を
ジョシュアの腕に拘束されたまま体を捻り、フランとドルフに助けを求める。
ドルフはつまらなそうにふくれていた。こんな事にまでやきもちを焼かないでほしい。
「ちょっと、これどういう事!?」
兄の腕から逃げ出し、すぐ後ろの二人に問う。何がどうなって、今朝、行方不明になったと騒がれているジョシュアがここにいるのか。
「僕らが見つけてお連れしたんだ」
さも簡単で当然の事のようにフランは平然とし、ドルフは自信満々に胸を張る。
「そ。俺がジョシュア様の力の匂いを辿ったからすぐだ」
そういえば昨日、ジョシュアがバルコニーに姿を現した際、匂いがどうとか言っていた。それにしても、これはちょっと予想の
「確かに、あなたたちなら人を一人見つけ出して、周りからバレずに移動させるなんて簡単だよね。びっくりしたけど、お兄ちゃんに会わせてくれてありがとう!」
とても嬉しい。ずっと会いたかったのだ。騎士団に発見され、今後の見通しが立たなくなるよりも前にこうやって連れてきてくれて、本当に良かった。
フランとドルフに喜悦を隠さず笑いかければ、二人も満足そうに破顔する。
「お前の喜ぶことだったら、なんでもやるからな!」
「ありがとう。頼りにしてるね」
この二人はどうやら、ボーマンから話を聞いて落ち込んだリアのためにジョシュアを見つけて来たらしい。
自分のためにそこまでしてくれるなんて何だか照れ臭くて、俯きがちにはにかむ。頼もしい限りだ。
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