第90話 動き出す総政公
大教会に戻り、ボーマンの執務室へ赴いたのだが不在だった。どうやら
リアたちは住居の塔へ引き返し、また明日にでも訪ねようと話していたところ、来客なんてほとんどないこの塔に訪問者があった。
なんと、ボーマンがやって来たのだ。
「こんなところまでご足労をおかけしてしまい、申し訳ありません。ろくなおもてなしもできず恐縮です」
「いや、突然押しかけてすまない」
この塔は部屋数こそ多いものの、元々フランを軟禁する目的で与えられているので来客用の応接間などは作っておらず、リアたちが暮らす最上階の居室へ案内した。
少し前に新調した真っ白な四人掛けのダイニングテーブルを勧め、フランがお茶を出す。
「君たちも座ってくれ」
そう言われ、ほんの少し誰がどこに座るか迷いがあった。このテーブルは四人掛け、ボーマンの向かいは二脚しかない。
フランはさり気なくリアをボーマンの真正面に座らせ、その隣にドルフがつく。結局フランはリアの隣に立つ形で落ち着いた。
ここはボーマンとの付き合いが長いフランが正面で、自分が後ろに立っている方が良いのでは? と焦るが、そんなリアの心を見通したのか、行動に出る前にフランは率先して話を進める。
「ボーマン様、ここまでいらっしゃるという事は何か緊急の事態ですか?」
「突然ですまないが、ジョシュア様のご即位が決まった」
やはり。苦々しく口を開くボーマンから喜びは見出せない。本来なら国を挙げての慶事だというのに。
他人事ではないリアは前のめりになる。
「私たちもちょうど、公園の掲示板で見たんです。兄が生きていて、即位するとは知らされていなかったので驚いたところでした」
「そうか、それなら話は早い。この件は総政公が勝手に決定した」
これも予想通りで、リアたち三人はボーマンの言葉を待つ。
「先程声明が出て、それを知った部下からの連絡で知った。ほんの数時間前だ。それを受け、総政公に抗議しに行ったんだ」
ボーマンは苛立ちを呑み込むようにお茶をひと啜りした。
「ジョシュア様の安否を私に黙っていたこと、勝手に即位と婚約の話を進めたこと、これはさすがに頭に来てね。即位に関しては国民の前へ出ての宣言など、治安部隊も警護に当たるのは確実であるにもかかわらず、それを束ねる私に一言も相談せず決めるとは何事だと」
「まさか、総政公様は騎士団だけでどうにかすると?」
察しのいいフランはほんの少し目を開き、驚きを口にする。
「そうだ。大教会騎士団とラフィリア派の私兵で事足りると」
「それって、決定的な決別ということじゃ……」
まさかこんなに早くあからさまな行動に出るとは、総政公側も随分強気だ。
「降光祭を経てラフィリア派と反ラフィリア派とが分かれだしてはいたが、今回の件で明白になった」
憂愁として目元を押さえるボーマン。まだこの国、特にこの都市ではラフィリア派が多く、総政公の声は大きい。こちらは圧倒的不利だ。
「総政公は、奇跡の力が消えた件の騒動を収めようとして、ジョシュア様とクラリス殿の婚姻を早急に進めたいんだ。……どうしたものか……何も解決策が無くてすまない」
「いえ。私たちもお手伝いできることがあれば、微力ながらもお力添えさせていただきたいです」
「ボーマン様は恩人ですので、フランシス共々協力させていただきます」
弱気になるボーマンにフランとドルフは恭しく頭を下げた。
「ありがとう。君たちが一番の頼りなんだ」
今後、総政公の行動は要注意。こちら側が不利になるよう仕掛けて来る可能性が高く、今まで以上に一層注意していかなければならない、と手短に認識をすり合わせ、ボーマンは仕事へと戻っていった。
◇ ◇ ◇
二日後、ジョシュアの即位に先だった国民の前へのお出ましが一週間後に決まった。
聖都ラフィリアは混乱しつつも、新たな
その日もリアたち三人は昼食の材料を買いに町を歩いていた。活気に溢れた大通りが、今日はいつも以上に高揚と熱気に満ちている。
その理由はすぐに見つけられた。号外だと言って新聞を配る者が複数人いるのだ。肩にかけたバッグはパンパンに膨らみ、大量の新聞が詰め込まれている。
今度は一体何が起きたのだと、リアも人々の輪に飛び込み一枚受け取った。
ひらりと目を落とすと、そこには信じがたい文字が並ぶ。
『地底へ物品を
大きな見出しに一瞬目の前が真っ暗になった。
後ろから顔を寄せてのぞき込むフランとドルフも、うわぁ……と声にならない息を漏らしている。
暴風が吹き荒れる胸中でざっと内容を追えば、これからは地上と地底、力持つ者、持たない者関係なく皆で手を取り合おう、その第一歩だと総政公も絶賛している、といったものだった。
「総政公様はやることが早いねえ。僕たちも置いていかれないように、この乱世を駆け抜けていかないとね」
「本当に私たち総政公に立ち向かえるのかな……」
ラフィリアを完全にこの世界から消滅させる手立ても見つけなければならないが、それを見つけたとして、最終的に目標を達成するために総政公が邪魔になるだろう。そもそも、方法を見つけることすら妨害されるかもしれない。敵は手強い上に多く、味方のほぼいない己の現状と比較して途方に暮れてしまう。
今、周りで同じ記事を見ている人たちは一様に、大きく関心を引き、明るい
「てか、やっぱハリス坊ちゃん結婚相手誰でも良かったんじゃねーかよ。リア良かったな。あいつの話に乗らなくて」
リアの手にある新聞から興味を失ったように上げたドルフの顔はご満悦だ。
「本当は私の家柄の方が良かったんでしょうけど、モグラであれば地上と地底の和平はアピールできるからね。そういえばドルフはルーディを取られちゃったね」
「んん?」
「ほら、ドルフはルーディを婚約者としてオルコット邸に置いていたんでしょ?」
出まかせだったから覚えていないのか、本気でわからない様子のドルフを茶化すように言えばようやく思い出したようで、わっと慌て、手ぶりを大きくしてリアに迫ってくる。
「あいつはリアの敵だからな。もう用はねえよ。てか元々モグラの主に押し付けられてるから不本意だ! 事の成り行きでそうなっただけで、ぜんぜんそのつもりは無かったんだ! だから、お前が気にすることは何もないからな!」
なんだか必死かつ勝手に弁解を始めたドルフを半笑いであしらってから、フランに新聞を手渡した。
「私、ハリスさんに地上と地底の和平のために、って理由で婚姻を申し込まれたのよ。総政公にボーマン様も捕まって、あなたの塔に立ち入りも禁じられたから家も奪われて。やることが汚いわ。でも、私が頭突きをしたらあっけなく伸びちゃったの」
「ちょっと僕にはどうして頭突きをする流れになるのか分からないけど、リアらしくていいね、そういうの」
笑い出すフランに、そんなにおかしかったかと首をひねる。嫌なものは嫌だから、言葉でも伝わらないのなら強硬な手段で拒絶するしかないというだけの話だ。
「リアには外堀から固めるやり方は効かないのに。どんなに深い溝を掘ろうが、高い壁を建てようが思うまま逃げ出しちゃうもんね。ハリス様も総政公様も、リアの扱いがわかってないなあ」
一度収まった笑いをぶり返しながらも、フランは手に持った新聞を顔の前に持ってくる。
「ちょっと、それ褒めてないよね」
「おいフランシス。リアを悪く言うなら容赦しねえからな」
フランに食って掛かるリアにドルフも加勢する。が、フランは既に記事に夢中で聞いていない。彼は気ままで自由なのだ。咎めたところでどうしようもないとリアは諦め、ドルフにハリスとの短い逢瀬を説明して同情を得ることにした。
またいずれ対面しなければならないのは、とても憂鬱だ。
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