【番外編】フラン&ドルフ過去話5
フランシスが騎士たちを壊滅させた事件の後、死亡者こそ出なかったが重傷者はそこそこいたらしく、周りの態度があからさまに変わった。奇跡の力を上手く使いこなせないはずだったのに、圧倒的な力をもって制圧したので、大教会はフランシスを恐れたのだ。そのおかげで鞭打ちのお祈りと通常のお祈りも無くなった。これには満足だ。
父と母もフランシスに怯え、何かにつけて顔色を窺うようになった。
アードルフはというと、フランシスに教わって炎と重力を操るという力を使えるようになったのは良いが、どういうわけか制御能力が未熟で、感情の起伏によって炎が溢れ出てしまうという凶悪な少年に成長し、誰も彼に襲い掛かることはない。
そんな月日を過ごして三年。フランシスは十五歳になった。
自室で真新しい黒い制服を着て姿見の前に立つ。
大教会への就職が決まった。今日はこの家を出て行く日だ。
奇跡の力が強い者しか大教会に勤めることはできず、皆の憧れの的、と言えば聞こえはいいが、実際は違う目的があるのだと、利発なフランシスは知っている。
あの事件は極秘扱いになった。本来、あれほどまでに騎士の面目を折れば何かしらの罰を与えられるが、フランシスはこの国の政務を統括する強権者、
それに加え、未だ
その二点の都合により、大教会内の使われていない塔が今日から自宅になる。
表向きは、オルコット家の優れた子息が特別対応で塔を丸々与えられた、となっているが、実際は怪しい動きをしたらすぐに対応できる環境下に置く監視目的の軟禁だ。
塔が家だなんて囚われのお姫様みたい、と笑えてくる。
何年かしたら誰かが助け出してくれるのかなー、なんて冗談を一人で言いながら窓辺に移動する。よく晴れていて気持ちがいい。旅立ちにはうってつけだ。
こんこん、と小さく扉が叩かれる音と共に返事を待たず開けられた扉からは、むすりと機嫌が悪そうなアードルフが入って来た。
そちらから訪ねてきたというのに、いたずらをして無理矢理謝りに行かされたかのような仏頂面だ。
しばらくの間、フランシスは大教会からの外出を禁じられているので、アードルフと次に会うのはいつになるかわからない。きっと何年も先になるだろう。
それをわかっているから、アードルフはここへ来たのだ。
「中々似合っているだろ」
フランシスはおどけてみせる。
「……俺たちを痛めつけてた奴らと同じ服を着るなんて、とんだ嫌がらせだな」
口では強がりを言っているが、伏せられた目は悲嘆を正直に表している。次に会う時はもう少し大人になり、世渡りが上手くなっていることを願わずにはいられなかった。
明るく挨拶を交わすのがいいか、真面目に別れる方がいいか、両方の対応を脳内で吟味しているとアードルフが重い口を開いた。
「……お前はさ、家族ってなんだと思う? 血の繋がりか? それとも帰る場所が同じ人たちのことか?」
沈んだ低い声で問われるのは、誰もが当たり前に認識するもので、真意がわからない。
「お前は何を言っているんだ? 家族は血の繋がった血族、もしくは配偶者だろ。そういう人たちは大抵が同じ場所に住んでいる」
「それは一般論だろ。お前がどう思ってるか聞きたいんだ、俺は」
「お前、僕がここからいなくなるから寂しいんだな。いじらしいじゃないか、弟よ」
わざとらしく大きく頷けば、アードルフは頬をほんのり赤く染めて睨んでくる。
「ちげーよ! 勘違いすんな! お前がいなくなってせいせいするわ!」
勢いに任せて出た言葉を最後に沈黙が落ちる。
柔らかな太陽に照らされ影を落とすアードルフは、そっぽを向いてしまう。
彼はこの屋敷で一人、上手く立ち回れるだろうかと、フランシスにとっても気がかりだった。オルコット邸はフランシスやアードルフにとって生きづらく、まさしく
だが、今の時点ではどうすることもできない。いくら力を持っていたとしても、子供にできることは限られている。
だからせめて、最後に飾らない思いの丈を置いて行こうと、フランシスはアードルフの問いを真摯に受け止めた。
少しの間考えながら窓の下をのぞけば庭があり、庭師が花壇を整えている。遠くへ視線を移せば、様々な家の屋根が目に入る。きっと、たくさんの“家族”がいるのだろう。
高望みだったとしても、笑い合う、温かな家庭が羨ましかった。
「僕が思う家族は、血の繋がりとかは関係なくって、どんなことがあっても……そうだな、時には喧嘩したり、涙が流れることがあったとしても、それでも互いを尊敬して、自分の存在と居場所を揺るがせないものかな」
窓の外を流れる雲を見つめつつ、少しずつ言葉にしていく。
フランシス自身、健全な家庭というものを知らないので、今口に出しているのは夢見がちな恥ずかしささえ覚えるほどの理想だ。
微笑むつもりだったが、この時ばかりは上手く演技ができず、寂しそうな表情をしてしまった自覚はあった。そのままでアードルフの方を向けば、彼は胸を
「……もっとわかりやすく言え。俺が忘れないように」
「わかりやすく……自分の命にかえても、その人の力になりたいかどうか?」
咄嗟に出たのはあまりにも稚拙で空想的なものだったので、言った側から自分で笑ってしまった。
それにつられるように、アードルフも暗い顔を手放して小さく笑う。
「そんな奴いるかよ。俺は自分の命が一番大切だ」
「僕だってそうさ。でも、お互いにそんな風に想い合える人がいたら素敵じゃない? そういう人たちで一緒に住んで、楽しい食事を囲んでさ」
「お前は夢見すぎだっての。……ま、そんな奴がいたら、俺もその中に入ってやるよ。俺がいないとお前が寂しいだろうからな」
「勝手に言ってろ」
本当はアードルフが寂しいからなのは疑いようもないが、今日はもうからかうのは止めた。
間を計ったように、そこで扉が叩かれた。
「フランシス様、そろそろ出発のお時間です」
扉の向こうから聞こえるのは、自分たちが生まれる前からこの家に仕える執事の声だ。老齢だが張りのある声は、別れの時を意識させる。
「じゃあ僕はもう行くよ。元気で」
唯一、気が置けない存在だった弟に手を振り、横を通り過ぎて扉に手をかける。
「……大教会に良いように使われんじゃねえぞ」
「もちろん」
軽く返し、部屋を出る。扉を閉める寸前、横目で見たアードルフが目元を拭っていたのが心に染みる。
執事に伴われ、フランシスは綺麗に掃除された廊下をぼんやりと歩く。調度品や絵画を通り過ぎる度、この屋敷での記憶が蘇る。楽しいものはごくわずかだ。
これから大教会に縛りつけられ、どんな未来が待つのだろうか。自分にはラフィリアをこの世界から消滅させるという、五百年前から続く
これからは一人、冷たい塔で光なんて見いだせないほどの絶望に恐れ
玄関ロビーまで降りても誰一人見送りには来ない。父も母も兄も、この事については激励の一言すらなかった。厄介払いができてよかった、程度にしか思っていないのは言うまでもない。
「いってらっしゃいませ。フランシス様」
「行ってまいります」
玄関扉を開けてくれる執事の淡々とした挨拶が心地よかった。変に憐みをかけられるのは望んでいないから。
外の風は穏やかにそよぎ、日差しは暖かで今の気持ちとは真逆だった。何だか、世界にまで皮肉を言われているようだ。
誰にも求められていないのに、負け戦に挑まなければならない兵士はこんな気持ちなのかな、と己の中に巣食う侘しさや悔しさを人知れず嘆き、また心の奥底にしっかりとしまってから前を向く。
フランシスは希望など何もない道のりを、たった一人で踏み出した。
【番外編】フラン&ドルフ過去話 完
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