第84話 騒動の収束

 大聖堂を出て、しばらく無言のままフランを先頭に歩いていく。回廊からは見事な星空が見えた。

 聞きたい事、話したい事はあの星の数ほどあるが、切り出し方がわからない。

 フランの向かう先は住んでいた塔だ。研究棟内を通り、塔を囲む中庭へ出る扉を開けた。


「ふう、ようやく帰宅できたよ」


 ここには誰も立ち入らないので、フランは気の抜けた笑みでリアとドルフを振り返った。

 その顔には無数の傷がある。リアを覆い、苦しめていた光のせいだ。


「フラン、ごめんなさい。怪我を……」

「ああ、これはすぐ治るから。さすがに服は無理だけど」


 人差し指を頬に持っていき、明るく言う側から傷は塞がっていく。深刻にさせなかったのは彼の配慮だ。


「ドルフもごめんなさい。手にすごい怪我をさせてしまって」

「全然大丈夫だ! もう治ったからな!」

「僕が治したんだよ」


 威勢よく言うドルフにフランは冷静につっこみを入れる。

 気楽なやり取りに、ようやく一つの大きな事件が終わったのだと実感が押し寄せる。

 それを皮切りに、蓋をしていた胸の昂りが一気に芽吹く。


「ねえフラン、これからどうするの? というか、どうなるの? と言う方が正しい表現かな。私、かなり混乱してるんだけど」

「俺も意味わかんねーよ。ラフィリアを封印したんだよな? さっきのリアの光はなんだ?」


 ドルフもリアと同じように早口で胸の内を垂れ流す。


「なんか体の中が膨らむようで苦しかったの。あと、見たこともないお屋敷の記憶が頭に浮かんで」

「リアは奇跡の力を使えるようになったんだよな? 光の」

「ストップ。キミたち鳥のひなのように好き勝手喋るけどね、僕は親鳥じゃないんだ。餌は持っていないよ」


 興奮で饒舌じょうぜつになるリアとドルフに、フランは苦言をていする。


「一つずつ話すから、落ち着いて聞いてね。まず、これからどうなるか、っていう質問の答えだけど、僕にはわからないな。総政公そうせいこう様や大教会の偉い人たち、それに町の人次第かな」

「確かに、それはそうかも。……ラフィリアはさっきので本当に封印されたの?」

「うん。ラフィリア様は間違いなく封印されたよ。でもあくまで一時的。二年持つかな……ってとこ。多分だけど、めちゃくちゃ怒ってるだろうから、封印が解ける前に対抗するすべを見つけないと、次に復活したら僕たちの命が危ないかな」

「こえーな。どうすんだよ」

「当面は、ラフィリア様を完全に消し去る方法を探すのが第一優先だね」


 これまでそんな物など見つけられていないのに、二年足らずで果たして見つけられるのか、とはなはだ疑問ではある。

 とりあえず今はそれについては触れず、フランの話に耳を傾ける。


「ここからが重要。さっきのリアから発せられた光なんだけど、これは僕の仮説。だから話半分で聞いて」


 フランは勿体ぶって、にやりと口の端を吊り上げた。


「リアの中に、ラフィリア様の力の根源があるんじゃないかと思うんだ」

「「え、え、え……えええええええっ!?」」


 リアとドルフの絶叫は見事に唱和し、夜の静まる空気をかき乱した。


「キミたちうるさいよ」


 心底嫌そうに目を眇めるフランに謝る気は一切起きない。


「ど、どどどどどういうこと!? 意味がわからない!」


 はい、そうですか、と冷静に受け入れられる話ではない。


「断言はできないけど、可能性はかなり高い。五百年前に封印されたラフィリア様の力を分解したのはフランシスさんだ。彼が、可愛がっていた養子にラフィリア様の一番重要な力の根源を埋め込んでいたとしても、なんら不思議ではないよね」

「うっわ、残酷。引くわ。お前と同じくらい性格わっる」


 軽蔑するよう一歩引いて横目で見やるドルフに、フランも対抗し眼光を鋭くする。


「アードルフ、うるさいよ。お前にもその血は流れているんだ。忘れるなよ」


 牽制してからフランは話を戻す。


「ラフィリア様はリアに自分の力が効かないってわかった時、リアの中に力があるって気づいたんだ。それで奪い返そうとしたわけだけど、どうやらリアの中の力を取られそうになったら、フランシスさんの子孫、つまり僕の力が勝手にそれを阻止するようにできてたみたい。……あの時、強引に結構な力を引き出されてさ、もう少しで吐くところだったよ。危なかった」

「本当にごめんなさい」


  ラフィリアの腕に電撃が走った時、突然しゃがみ込んで口元を押さえていたわけはそういうことだったのか、と申し訳なくなり、力なく頭を下げた。


「リアのせいじゃないからね。これもすべてフランシスさんの勝手だ。迷惑しちゃうよね。で、どうなっているかはわからないけど、ラフィリア様の核になる力は代々リアさんの子供に受け継がれ、今はリアがラフィリア様の力をその身に宿していると」

「う、嘘でしょ……」


 言葉が出ない。だってそれでは、


「私が死ねば奇跡の力は無くなる……」

「そうとも言い切れない。だってリアは五百年生き続けているわけではないだろう? もしそうだったとしても、違う方法を探すよ。僕はそこまで非情じゃないからね」


 リアを安心させるために語尾を優しくするフランが信用ならなかったのか、ドルフはリアの横へぴったりとくっついて、その三白眼の鋭い目力を遺憾なく発揮する。


「リア、こいつが何かしそうになったら、その前に俺がこいつをるから安心しろ」

「何を言っているんだお前は。僕より弱いくせに」


 付き合いきれない、と言わんばかりにわざとらしくため息をついてからフランは話を進める。


「まあ、今の話は確定まではできない僕の憶測だからなんとも。だから、その真実をはっきりさせるために、フランシスさんが残したもう一冊の本を探さないといけないね」

「それならヘイズ家にあると思う。ハリスさん本人から聞いたし」


 それをダシに、まんまと揺さぶられたのだ。


「あの人か……挨拶くらいしかしたことないけど、あの人信用ならないんだよね。見た目に自信を持ちすぎて、鼻にかけてる感が見え透いていてさ」

「超わかる!」


 何故か手を叩いてドルフが賛同する。


「僕の方が絶対かっこいいのに」

「いや、俺だろ」

「お前は目つきが悪すぎるから対象外」


 先程はすぐに折れたフランだが、かっこよさについて譲る気は無いらしく、両者一歩も引かない緊迫した状態が続く。


「ちょっと、そんな事はどうでもいいの。勝手に違う方向に熱を上げないで」


 このままではどちらがかっこいいのかという、くだらない言い争いに発展してしまいそうだ。それでは困る。


「ごめんごめん。ということで、しばらくは様子見かな。それと、リアがラフィリア様の力の根源を持っているってことは、しばらくは僕たち三人だけの秘密にしておこう。どこで話が漏れてしまうかわからないからね。もし不特定多数に知られてしまったら、リアの身に危険が及ぶ可能性が上がるし」

「そうだな。俺も賛成。リアのその力、普通にラフィリアを追い詰める切り札になんだろうし」

「なんだか大役ね、私」


 リアは重苦しく肩を落とした。自分ほど起伏に富んだ人生を歩む人は、そうそういないだろう。


「何せ神の力をお持ちですからね。光のリア様」

「やめてよ、ラフィリアが私の中の力を奪おうとした時なんて、体の中で何かが暴れ回っているみたいな感覚で、体がちぎれるかと思ったんだから。フランがドルフを止めずに、あの光の膜にもっと触っていたら……」


 その先を口にするのははばかられる。自分はあの場で人をあやめていたかもしれないのだから。フランはリアの気持ちを汲み取り、先を引き継ぐ。


「大きすぎる力だからね。あの光の膜に触れた瞬間、普通の人は体が切り刻まれて何も残さず消えちゃう。アードルフにも多少フランシスさんの力が受け継がれているから、その力が抵抗して怪我だけで済んだけど、本来なら手が消えちゃうよ。僕でもなくなった腕を生やすのは無理だから、アードルフ、お前は運が良かったね」


 言われてドルフは右手をまじまじと見つめ、良かった、とほっと息を吐いた。


「お前はフランシスさんの力で平気だったと?」

「そう。僕はフランシスさんの力を持っているから、それでラフィリア様の力を無効化できるんだ。だから消し飛びはしないんだよ。さすがに無傷で、ってわけにはいかなかったけど」

「今回はフランが助けてくれたから良かったけど、またさっきみたいになったらどうしよう」


 誰も傷つけたくはない。自分の中にそんな強い力が眠っているなんて、とても怖い。


「ああ、それは大丈夫。さっきのはラフィリア様が無理矢理奪おうとしたから溢れ出ただけ。リアの中の力は僕がちゃんと押し戻したから安心していいよ」

「ありがとう」


 フランが言うのならきっと大丈夫なのだろう。不安が無いわけではないが、弱々しく頷いた。

 フランは、ねえ、とリアの興味を引くように呼び掛ける。顔を上げれば、人差し指を顔の前に立てて楽しそうに片目を瞑った。


「何はともあれ、リアは奇跡の力を授かったんだ。それも光、っていう特別珍しい力を。ラフィリア様も一時的にだけど封印したわけだし、総政公様がどう動くのか楽しみじゃない? 激動の時代突入だよ」


 先行き不透明な未来すらも楽しんでしまえるのは、彼に圧倒的な力があるからだ。


「私はそんな悠長な気にはなれないわ……」


 率直な心の内を語ったところで、深夜の静寂を振動させるように大きな鐘の音が響き渡った。

 時計塔の鐘だ。


「あ、そういえば午前零時に降光祭こうこうさいの鐘が鳴るんだった」

「そうなの?」


 フランは知らなかったようで首を傾げる。


「うん。降光祭が終わり、ラフィリアの祝福を直接受ける初日であるから、って意味みたい」

「僕とリアを処刑して祝福の鐘を鳴らすつもりだったのか。ほんっと大教会の人って趣味が悪いね。でも実際はラフィリア様封印記念の鐘になったわけだ。あはは、いい気味だね」


 余韻が終わり、次の鐘がフランの笑い声と重なる。


「あーあ……。リアと二人で聞きたかったなぁ……邪魔者が一人いるなんて……」

「は?」


 大きな音に紛れようとしたのか、ぼそりと呟くドルフだったが、リアとフラン、どちらの耳にもしっかりと届いた。

 フランは訳が分からないといぶかしむので、リアは苦笑しながらドルフが落胆する意味を教える。


「降光祭の鐘を一緒に聞いた人と結ばれる、っていうジンクスが町で広まっててね」

「おいぃ! 普通のテンションで言うなよ、どうせならもっと照れろよ! 俺ばっか失態を晒して……」


 また一つ、ドルフが聞きたかった恋を運ぶ魔法の音が町を通り抜ける。


「ふっ! こいつ意外と乙女的なところがあるんだよね。そんなの誰かが都合よく広めただけだっての」

「お前に言われなくったって、わかってるっつーの!」


 フランのからかうような物言いに、ドルフは全身全霊の叫びで抵抗する。その必死な様子がおかしくて笑ったら、ドルフの羞恥心しゅうちしんを刺激してしまったようで、頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。穴があったら入りたい、という言葉がとても良く似合う。


「ごめんって。別にドルフを馬鹿にしたわけじゃないの」


 明るく足元を照らす月明かりの下、夜を彩る涼やかな音を三人で賑やかに聞いた事は、きっと一生忘れないだろうと、リアはそんな予感と共に夜風に髪をなびかせていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る