第83話 降光祭4

 満天の星空を背負い現れた主様あるじさまとクラリス。その表情は対極だった。

 主様はラフィリアが封印されたと気付いているのか、苦々しく顔を歪めている。その横では綺麗に着飾ったクラリスが主役は自分だと言わんばかりに胸を反らせ、堂々としている。その身の程知らずさが、きっとあだになるだろう。


「ああ、あなた方ですか。お待ちしておりましたよ」


 この場の主導権はフランが握っている。

 登場した二人に総政公そうせいこうがすがるような視線を投げたが、それは些細なことだ。


 クラリスが自信満々に両手を大きく広げれば、人の身長ほどある二振りの刃がフランへと飛ぶ。

 結果はリアの思った通り、道半ばでその大仰な刃は掻き消えた。フランは奇跡の力を打ち消せるのだ。そんなもの効くはずがない。


「あなたは懺悔ざんげの日にリアを傷つけたよね。死ぬのも厭わないほど」


 フランは人差し指を無造作に、くいっと手前に動かした。

 その動作一つでクラリスを目の前に移動させた。すかさず手首を掴み、逃走を封じてしまう。

 クラリスは突然変わった立ち位置に理解が追いつかないようで、ぽかんとしていた。

 数秒、間の抜けた静けさが皆の呼吸をやたら大きく伝える。


「わ、わたし……殺す気はまったくなかったのっ!」


 突発的に上がったのは、許しを乞うためだけの釈明だ。


「偉い人にそうしろって言われたから、わたしはお姉さんを殺そうなんて全然思ってなかったの!」


 圧倒的不利を悟ってクラリスの勝ち誇った顔は恐怖にしぼみ、慌てて言い訳を並べ始めた。

 体をのけ反らせて髪を振り乱し、逃げ出そうと足に力を込めている。

 たくさんの参列者を見まわし、助けを求め瞳を潤ませるが、それに応じる者はいなかった。誰しもが関わり合いにならぬよう、意地でも視線を向けようとはしない。


「あなたは授かったばかりの力を、言いつけ通り全力で使った、ということかな?」

「うん。だから、ごめんなさい。わたしはただ力を使っただけだから」


 何も知らなかったと言いたげに頬を引きらせている。フランは微笑を浮かべたままだ。もちろん、クラリスを掴んでいる手は放さない。


「一つ教えてあげる。自分が他人にしたことはね、返ってくるよ。だから、人を傷つけるんだったら自分も傷つけられる覚悟を持たないと」


 いたずらをした子供に言い聞かせるような穏和な口調。反対に、クラリスの背中は氷で覆われていく。


「や、やめてっ!」


 慌てて体を捻るが、フランの手からは逃げ出せず、みるみるうちに背中には血がにじむ。


「痛いっ! 痛い痛い! やめて!」

「リアはもっと痛かったよ? 死にそうだったんだから」


 泣き始めたクラリスにも容赦はない。


「さっきの話。実際には、やられた側がやり返すかは知らないし興味ないけど、僕は確実に返すから」


 クラリスから顔を上げ、フランは周囲を見渡す。

 燭台に灯る橙色の光が彼の紺色の瞳を鮮やかに照らす。


「自分がやられたことは忘れていないし、リアやアードルフに危害を加えたのも、僕が確実に返しますから。必ず。――それなりの覚悟がおありだったんでしょう?」


 最後は総政公ただ一人に語りかけていた。

 リアも平手打ちの仕返しをきっちりされたので説得力がある。

 言い切った後、クラリスは解放された。床に倒れ込み、小さくすすり泣くが誰も助けはしない。

 主様だけが足早にクラリスへと近寄る。フランはそれに軽く頭を下げた。


「モグラの主様。いえ。国王様。僕は、フランシス・オルコットです」


 それは、五百年前のことを指しているのだろうか。

 二人の間に緊迫した空気が流れる。


「少し前、地底で弟がずいぶんお世話になったようで、一度ご挨拶したかったんですよ。なんでも弟の力を使用して、その目の前で人を殺したそうじゃないですか。弟は見かけは凶悪なんですが、意外と繊細でね。とっても落ち込んでしまったんです。ですから、二度と僕らの前に姿を現さないでいただけますか。……それとも、ラフィリア様が封印されましたが、ここで僕と戦いますか。僕的には、あなたに引いていただけるとありがたいのですが」


 一方的に話を進めるフランに主様は苦々しく歯噛みする。きっとラフィリアを封印した今、勝ち目は無いのだろう。

 泰然自若たいぜんじじゃくとするフランを前にして、主様はうつぶせに倒れているクラリスを抱え、逃げるように大聖堂を後にした。

 頼みの綱はすべて消え去り、誰にこの場の進行を任せたらいいのか、そんな戸惑いが人々の視線を散らす。


「……さてと。ここにはもうラフィリア様もモグラの主様もいないし。――皆さん、今日の式典はこれにて終了ですね。総政公様。それでよろしいですよね?」


 フランは一部始終を見せつけられていた参列者たちを見回し、この中で一番の権力者である総政公にお伺いを立てた。

 もちろん総政公は何度も首を縦に振る。それに異を唱える者はもちろん誰もいない。


「それでは、これにて失礼いたします。……さ、リア、アードルフ、行くよ」


 入口へ悠々と歩くフランをリアは追いかける。ここにいる全員がフランの顔色を窺い、誰一人として待ったをかける者はいない。

 扉が壊れている大聖堂を出ると深夜の風は冷たく、一連の騒動で高ぶった感情を気持ちよく冷却してくれた。

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