第80話 降光祭1
フランも横に並び、高みから二人で大聖堂への来客を迎える。
まず入って来たのは騎士団の四名だ。式典用の飾りがたくさんついた堅苦しい服を着て、手には燭台を持っている。誰もいないと思っていた大聖堂内に人がいるものだから、気が付いた一人があっ、と声を上げた。それにつられ、他の三人も目を剝いて足を止める。
入口付近で立ち止まる彼らを後ろから急かすのは
一人が耳打ちし、こちらが見えるように体を傾ければ総政公の姿が
もう式典は始まる。
外からは、人々が巻き起こすざわめきが軟風に乗って入り込んでくる。騎士たちは総政公に目配せをし、壁に備え付けられた燭台のろうそくに火を灯していく。徐々に明るくなる大聖堂内。揺れる炎と月明かりで幻想的だ。
顔面蒼白の総政公が連れ立つのは大教会の重鎮。知らない人がほとんどだが、かつて地上で友人だった子の父親だけに見覚えがあった。
ぞろぞろと計六名が一番前の席までやって来る。壇上のリアとフランを見て、これは何事だ、と総政公に小声で訴えるが曖昧な返事しかできないでいる。ちらちらとこちらを探る目は、明らかにフランに対して怯えている。ドルフとの差に、フランの知られざる強さを垣間見た。
総政公は重鎮たちに軽く頭を下げ、足早に退出していく。ラフィリアにこの状況を伝えるのだろうか。ろうそくの光に伸ばされる影は、この場から去るのを引き留めているようだが、次々に断ち切っていく。
流れの途切れない川のように立ち入る大教会の参列者は、大半がリアたちを見て訝しむ。中には正体を知っている者もいるようで、敵意に満ちた視線を投げられ居心地が悪い。
やがて人波は途絶え、満員とまではいかないが八割席が埋まった。皆行儀よく長椅子に座り、リアとフランをそれとなく眺める。これから一体何が始まるんだろう、という当惑が落ち着かない態度に表れている。
手持ち無沙汰で次の展開への
ラフィリアだ。
真っ白な薄布が纏わりつく体は見事な曲線で、夜の闇も跳ね返すほど
両隣には総政公と騎士長がいる。
ラフィリアが不敵に笑い、大聖堂へと踏み出す。それだけで室内の空気が変わった。
皆の関心が女神に注がれる。
「――さ、いくよ」
フランは小声でリアに微笑んだ。
「ラフィリア様。お待ちしておりました」
リアを隠すように一歩前へ出る。声を張り上げるが、ゆったりとした余裕は失われていない。月明かりを真上から受けるいで立ちは、ラフィリアに負けず劣らず神々しい。
その呼びかけには応じず、ラフィリアは冷たい緊張感を放ちながら真っ直ぐこちらを目指す。
「その子は信仰心の薄さを悔い改め、ラフィに身を捧げた子ですよ。それなのに、身勝手に
とん、とん、と乱れることのない靴音に合わせ、艶やかな唇を動かし粛然と問う。
「はい。もちろんです。僕にとって、とても大切な子ですから」
根競べをしているのかというくらい両者は視線を外さない。
「あなたはラフィにあだなす者になる、ということですか?」
「はい。たとえラフィリア様の考えに
つけ入る隙もないほどはっきりとした断言に返事はない。
参列者の視線が歓迎のアーチであるかのように、ラフィリアをリアの元へ連れて来る。
慣れない張り詰めた空気にリアは圧倒される。自分は立ち尽くしているだけだが、脈打つ心臓は普段よりも早い。気になるのはやはり、フランが着替えてきた時によぎった当初と筋書きが変わっている一点に尽きる。本当はラフィリアの生贄という役割はフランだったはずだ。今しがた総政公がラフィリアに事の次第を伝え、リアにすり替わったのだろうか。
それに対応するラフィリアも順応性が高いが、顔色一つ変えず初めからそうであったかのように大真面目な顔で切り返すフランも相当な役者だ。
とりあえず、自分に
間髪入れず総政公が打ち鳴らした足音が、神聖な場を一瞬にして俗的なものに作り替えた。
「皆の者! 聞いたか! こいつはラフィリア様の加護を受けているにもかかわらず、その恩を仇で返すとんだ無礼者だ! 大教会の威信に関わってくる! 我々は責任を持って処罰を下さなければならない!」
どよめきが、さあっと草原を撫でる風のように広がっていく。
「この者を捕らえろ!」
騎士長の発破と共に、場を警備する騎士たちが一斉に剣を抜き放ち動き出した。複数の参列者も席を立ち、正義を顔に貼り付け、人を割って駆け出す。
どうするのかフランをのぞけば、閉め切られた入口の扉を見て薄く笑っていた。特にそれだけで、何か抵抗する素振りはない。
扉に何があるのかと思えば、急に轟音が耳を打ち抜いた。
扉が一瞬で焼け落ちる。この温かな炎に、心あたりは一つだけある。
「ドルフ!」
扉の向こうには、大教会の制服を着たドルフが肩で息をしながら立っていた。急いで着替えて来てくれたのだろう。寝間着のままじゃなくてよかった、と安心する。
リアとフランを
「リア! お前のことは命にかえても絶対に守る! 俺はお前と一緒にいたい!」
両手を前に突き出し手のひらを交差させている様子は、恐らく重力を操ってこの場全員の動きを止めている。凄いことだ。
この場で動けるのはリア、フラン、そしてラフィリアだ。
「あいつやっぱ馬鹿だろ。肝心のラフィリア様を止められていないのに、何言ってるんだか」
「ドルフらしいね……」
後から恥ずかしくなるに違いないが、それを教えてあげる程の余裕はない。
リアだけを愚直なまでに深く想うドルフを目の当たりにしたラフィリアは、形の良い眉を歪めて舌打ちをした。その仕草は人間的で、神としての威光はない。
「リアちゃんばっかりちやほやされてずるい。ラフィの方が可愛いのに」
そんな理由で神の怨みを買ったのなら、たまらない。リアはドルフに
「――リア、ラフィリア様を封印しよう。動きを止めておいて」
ラフィリアを挑発するかのようにリアを抱き寄せ、フランは耳元で
なんてことするんだ、と憤慨に振り返れば、意地悪くにやりと口角が上がった。これはさっきの平手打ちの仕返しだと思い当たるのに、そう時間はかからなかった。なんて大人げないんだろうと詰め寄りたいが、今はその時ではない。
リアは壇上から身を
「ラフィになんてことするの!? 人間のくせに! もう死んで!」
目の前に光の塊が迫る。平和条約締結の場であっけなく消された両親の姿が蘇り、体が畏縮する。逃げる間もなく光はリアに触れた。
が、予想に反して何も起こらず、まばゆい光は
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