第79話 作戦会議

 気持ちが上向きになったからか、先程より周りが明るく見える。


「もうすぐここにラフィリアと大教会の人たちが集まってくるのよね?」


 未だ誰も来ない大聖堂は、演壇付近以外は薄ぼんやりと寂しげだ。


「うん。多分だけど、総政公そうせいこう様側の人たちだと思う」


 ここでフランと話していられる時間はおそらくそうはない。だから端的に要点だけを伝える。


「私、フランシスさんの本に書かれていた、ラフィリアを一時的に封印する言葉を知っているの。だから、この際ここで封印したい。そうすれば、ラフィリアを完全に消滅させる手立てを考える時間が多く作れるんじゃないかって」

「本当にそれを知っているの!?」


 さすがのフランもそんな提案が出てくるなんて寝耳に水だったらしく、食いついて来る。


懺悔ざんげの日、クラリスから聞いたラフィリアに強くなる魔法の言葉、多分それなの。途中まで書かれていたものと一致するから」

「すごいや! それがわかるなら、勝機はこちらにあるかもしれない。いや、少なくともこの場では僕たちの勝ちだ」


 無邪気に喜ぶフランを見ていると、何でもできるような全能感を覚える。実際どうにかなってしまうのだろう。


「でしょ? それに、もうすぐ私を追ってドルフが来るはず。きっと手伝ってくれるわ」

「キミ、アードルフまで懐柔したのかい。本当にとんでもない子だね」

「ドルフは誰に対しても裏表がなくて良い人よ」


 泣いたり叫んだり、感情のおもむくままの彼は今、どうにかしてオルコット邸を抜け出しているはずだ。


「うーん……それは凄くポジティブに言うとそうなるのかな。僕にはただの馬鹿に見えるけど。まあ、あいつはいてもいなくてもいいや。僕だけでラフィリア様以外は問題なく処理しようと思えばできるし」


 独り言の後、フランはリアに視線を戻した。


「リア、簡単にこれからの計画を言うね。キミにはラフィリア様の力は効かないよ。どんなに強力なものでもね。で、それについてラフィリア様は知らないはず。だから裏をかける。そのために平和条約締結の場でキミの前に飛び出して、僕が怪我を負ったんだ。ということで、キミはラフィリア様を取り押さえて。その隙に僕が封印の呪文を唱えるから、最後にキミが完成させるんだ」


 あの凄惨せいさんな場でリアをかばったのが、超合理的理由からだったことにフランらしさを感じて安心した。多少は情もあったのかもしれないが、この人の行動原理は物事の損得なのだ。ドルフとは真逆なのが面白い。


「万が一、キミがラフィリア様を抑え切れなかったら、僕も少しだけなら手伝えるから」

「ラフィリアに奇跡の力は効かないのに?」

「僕の力はフランシスさんのものだから、厳密には奇跡の力と呼ばれているものではないんだ。でも、自分の中にある力を使うとお腹が空くから、普段はラフィリア様の力を借りて発動させてるけど。ってことで、ラフィリア様にも効果あるよ。まあ、そんなには効かないと思うけど。……言ってなかったっけ?」


 にやにやするのは確信犯の顔だ。


「言ってないわよ! そのことについて詳しく聞きたいけど、それは落ち着いてからね! 今はそういうものとして受け入れる!」


 少し前にラフィリアを復活させた際、わざわざラフィリアに力を使い、効かないと見せかけたのもきっとあざむくための作戦だったのだ。用意周到さに嘆息する。


「よし。じゃあ僕、一回家に戻って着替えてくるね。こんな服じゃ、やる気出ないし。じゃ」


 一方的に言い切って白いローブの端をひらひらしてから、にこやかに手を振り消えてしまった。瞬間移動とは本当に便利な力である。


 一人取り残されたリアは急な静けさに数回深呼吸した。夜の冷たさが体に染み込んでいく。

 こんな広い大聖堂でやることなんてないので、それとなく近くのラフィリア像に目をやる。やはり本物には似ていない。天からの光に浮き出る顔の彫は深く、熟年の女性を模している。

 もしかしたら今日の降光祭こうこうさいを経て、本人に似せた新たな像が造られるのかもしれない。


「……違う、新しい像が造られる前に、私がラフィリアをこの世から追い出してやるんだから」


 リアは像の前にひざまずき、右手の親指を床に押し付けた。ラフィリアへの祈りの仕草だ。


 ――どうか、光の女神ラフィリアの影響がこの世界からすべて無くなりますように。


 精一杯丁寧に祈りの所作を繰り返す。幼少期、来る日も来る日もやったように。祈りの通じなかったラフィリアへ、この場で宣戦布告した。

 体の軸がぶれないように立ち上がり、深々と頭を下げる。誰が見ても綺麗で完璧な動きだ。


「おまたせ、リア。そろそろ人来るかな。どういう展開になるかははっきりわからないけど、臨機応変に頑張ろうね」


 リアの祈りが終わった後、間を置かず戻ったフランは大教会の制服をきっちり着こなし、肩に流れていた黒髪はしっかりとくくられていて、その表情は以前と変わらず飄々ひょうひょうとしている。

 よく考えればリアは式典用の白いローブのまま。対するフランは大教会の制服。何も知らない人が見れば、これからの式典でラフィリアに処刑されるのはリアで、フランはそれを補佐する人か何かだと勘違いするだろう。

 ぎょっとしてフランに物言いたげな視線をやれば、わかっていて作戦の内なのか、にこにこしているだけだった。


「リア、これからここに人が来たら、キミは舞台上の役者だよ。上手いこと切り抜けようね」


 なんだか夢を見させる甘言のような口調だが、都合の悪い事を誤魔化しているだけだ。

 嫌味の一つでも言ってやろうかと思ったが、はじめの一文字を発する前に大聖堂の入口が開かれた。


 とうとう大仕事が始まったのだ。失敗は死を意味する。それだけは許されない。

 待ったなしの儀式は、しかるべき人にとっては降光祭において一番重要度の高いものだろう。一体どんな顔で自分たちを見届けるのだろうかと、胸が高鳴る程に高揚している。

 リアは入口に体を向け、これから来る大勢を迎え撃つ覚悟だ。

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