第77話 脱出
クラリスが手を打ち鳴らせば幻影は消え、ろうそくの小さな火が力なく闇に
「どう? お兄さんはわたしの味方だよ」
優位に立っていると錯覚し、にんまりと唇を歪ませるクラリスの余裕が酷く惨めだ。フランは彼女をリアへの連絡手段として利用しただけだ。
笑いがこみ上げてくる。
「今のを見て、フランがあなたの味方だと思ったなんて笑っちゃうわ。あなた、フランの手のひらの上で転がされたのよ!」
リアは片方ずつ床に足をつけた。ここから出るために、瞬間移動の力を使いたい。強く願うこと。リアには奇跡の力などまったくわからない。だから、手から炎が漏れ出してしまうドルフの事を強く思い浮かべた。騎士長に連れていかれてしまったドルフは今、どうしているだろうか。
何気なく
ベッドへ横になり、体を
突然切り替わった場景に思考が追いつかず、体を伸ばしたままのドルフと見つめ合う。
黄みを帯びた橙色の光は電球だ。ごく限られた富裕層の間にしか普及していない電気を使えるなんて、ここは相当な貴族の家なんだな、と混乱する頭が見当違いの解釈を導き出した。
「……えっ、は……? ……はぁ!? リア!?」
どうやらここはオルコット邸のドルフの部屋だったらしい。驚きのあまり絶叫し、目を真ん丸に見開くドルフに安心し、ベッドの傍らに立ったまま肩の力を抜く。
リアの脱出計画は成功したのだ。
「ドルフの事考えてたら、ここに転送されちゃったみたい」
「え、え……何それ超嬉し……じゃなくてだな! 俺、今まさに寝ようとしてたところなんだが!?」
まだ半分くらいしか事態を自分の中に落とし込めていないのか、ドルフは布団を跳ね除けてやたら
深夜、寝間着でベッドに入っている人を尋ねるなんて非常識だと、今更申し訳なくなる。
どんな謝罪の言葉がいいか悩んでいると、ドルフはベッドの上で四つん這いになり、指でリアの頬をつつき始めた。
「てか、本当に本物? 本物のリア? ……触ってる感覚はあるな。という事は、俺の頭がおかしくなって幻覚が見えているわけではないと」
一人で難しい顔をし、ベッドの上に座り込んで顎に手を当て、疑い深く考え込んでいる。
心の声が実音になっているのを指摘した方がいいのか迷っているうちに、彼の推理は進展する。
「でも、何でリアがここに……まさか、ラフィリアの手先が化けて……!?」
疑惑にドルフの目が吊り上がる。
「私は本物のリアよ!」
証明する手立てはないが、正真正銘、自分はリアだ。有無を言わさないよう、強気に押し進めた。
するとドルフは何かに思い当たったのか、はっとしてテーブルランプの下に置いてあった時計に目をやった。
「まさか、
子供のように
今の時間は午後十一時十分。
「そんなわけないでしょ」
無愛想な凄みのある否定は、ドルフの心を突き刺した手応えがあった。
午前零時に鳴る降光祭の鐘を共に聞いた者同士結ばれるという、根拠など
他人を不用意に傷つけたくはないが、今は一大事。
リアもフランも鐘が鳴る前には処刑されてしまうだろう。あと一時間もない。それなのに、そんな夢見がちなことを口走るドルフがとんでもなく
リアのきつい言い方にドルフはあからさまに落胆してしまい、目を伏せる姿は悲壮感が漂っている。言い過ぎたかな、と反省するが、後日この埋め合わせをするために今はやるべきことがある。
「ドルフ、聞いて。私、これから処刑される予定なの。逃げ出してここへ来たわけだけど、きっと追手はすぐに来る。それと、フランも今日殺されるわ。この国にとって脅威だとか、よくわからない理由をつけられて」
「マジか!? とにかく、安全な場所に逃げねえと……」
上げた顔は
「フランがどこにいるかわから」
ないの、と言った三文字は夜空に溶けた。
目の前にいたはずのドルフは消え、代わりに現れたのは大きな両開きの扉。
微かな夜風に吹かれるこの場所は、大聖堂前の回廊だ。辺りは静かだが、普段なら消灯されているはずの灯りが
行くべき場所は一つ。ここに転送されたのには意味があると、
小さく軋む音を立て、開かれた先をそっとのぞく。
人工的な灯りはないが、真正面にある大きな演壇の天井はガラス張りになっているので柔らかな月光が降り注ぎ、意外にも明るい。
たくさんの人が一度に祈ることができるようにと、巨大に造られた大聖堂。入り口から演壇までは一直線の通路になっている。その先には、大きく緻密に造られたラフィリア像が鎮座する。
像の前に人がいた。ラフィリアに祈りを捧げる際に着る式典用の白いローブが月明かりに照らされ、肩よりも長い黒髪は艶やかに光を跳ね返す。
ラフィリア像を見上げる彼は何を思っているのだろうか。
一歩、足を踏み入れるとこつん、と靴音が響く。こちらに気が付いて振り返った紺色の視線はリアを捉えると動きを止め、平静さを欠いたように揺らいだ。
平和条約締結の日からずっと探していた人の元へ、ようやくたどり着くことができた。ここからが本当の戦いだ。
リアは堂々と一歩ずつ演壇へ近づいた。
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