第59話 地底で奪われたものの真相2

 水を飲んだドルフは深呼吸を数回繰り返し、リアの向かいの席に戻った。


「……話を中断して悪かったな。で、モグラのあるじは、地上人がモグラを殺すなんて平和条約破棄案件とか言い出してよ。自分でやったくせに腹立つだろ!?」


 腕を乗せたテーブルの天板を叩いて前のめりになる。感情が乗っていて聞き入ってしまう。


「俺だって、そんな重大な罪を背負うのはごめんだ。ただでさえ俺たち、フランシスと俺は問題児扱いだからな。大教会の命令で行った地底でモグラを殺したなんて、とんでもない不祥事になっちまう。だから俺は主が出した提案に従うしか無かったんだよ」

「提案? 主様があなたに命令をしたの?」

「ああ。ルーディを丁寧に扱え、ってな。……つまりだな、ルーディは、その……」


 急に威勢を失って言い淀むドルフは、明らかにリアの反応を気にしている。感情に素直過ぎて、とても接しやすく助かる。


「言って」


 リアは強く促した。


「ルーディはおそらくモグラの主、いや、ラフィリアの間者だ」


 かすれた低い声は、必要最低限の音量でリアの耳に伝達された。

 これまでたくさんの予想外を経験しすぎて心が麻痺してしまったのか、ある程度感情の起伏なく話を聞き入れる事ができるようになった。良いのか悪いのか判別が難しい自分の変化に、少しの寂しさを抱きながらも会話を続行する。


「ルーディは地底生まれだけれど、主様あるじさまとは接点なんてなかったはずよ……?」


 一体、どこから仕組まれていたのだろうかと背筋が冷たくなる。


「多分、俺が主の正体を見抜いた後、ルーディを脅して俺のところに間者として送り込む手筈にしたんじゃねえか? ラフィリア側の正確な意図は分からんが、俺に口止めをする目的と、地上の様子を探る役割じゃないかと考えている」

「そんな……ルーディがなんで……もしかして、私の友達だったから? 主様は私が地上人なのにモグラとして地底に落とされてから、ずっと気にしてたの……?」


 リアが地底に落とされた事は、モグラの間でもかなり話題になっていた。主様が知らないはずはない。


「いいか、今から俺が言うことは、決してお前を責める意図はないからな。ただの憶測として聞け」


 真っ直ぐな目は嘘偽りなど無い。充分に間を置いてから、ドルフは口を開く。


「モグラの主はおそらく、リアが地底に来た時点で気にはしていたと思う。いわゆる様子見だ。で、最近になってクラリスの件をはじめとして、ラフィリア側も動き出していた。だから、わざわざリアと仲の良かったルーディを、大教会関係者であり、主の正体を見破った俺のところに監視目的も含め、間者として送り込んでおいた。リアが何か行動を起こせばルーディに接触する可能性が高いと踏んだんだろう」


 落ち着いて語られる内容は、一つ一つ体に染み込んでいく。

 実際、リアはルーディに会いに行った。まさしく、主様の意のままに動いていたことになる。


「私は主様の思惑にまんまと嵌っていた、ってわけね……」


 落胆を隠せず、吐息混じりに肩を落とした。

 ラフィリアと主様が繋がっているなんて知らなかったとはいえ、ラフィリアに上手く取り入って奇跡の力を消してもらえるように仕向けられていると思っていたのに、実際は逆にこちらを利用されていたなんて、哀れとしか言いようがない。

 振り返ってみると、なんだか自分がすごく調子に乗っていたようで気恥ずかしい。決まりの悪さを紛らわそうと、手に持ったカップ内の底にたまるコーヒーをくるくる回し、飲み終えた。


「お前のせいじゃねぇだろ。フランシスがアホで主に出し抜かれたって話だ。第一、この壮絶なゴタゴタに、お前を引っ張ってきて巻き込んだのはフランシスだからな」

「ん、待って、ドルフって私とフランのこと、どこまで知ってるの?」


 妙に訳知り顔で軽く笑うドルフに、リアは今一度尋ねる。するとその質問に、ドルフは得意げに口の端を持ち上げた。


「多分全部だ」

「あなたたち兄弟、とっても仲良しなのね」

「ちげーよ。仲はくっそ悪いからな。あんな奴、こんな時じゃなかったら、どこで野垂れ死のうが拍手を送ってやるぜ。……まぁ、実際フランシスと俺は厄介者同士、昔から結託してきたからな。いわば腐れ縁ってやつ。今は定期的に情報交換してる」


 フランからドルフについて詳しく聞いたわけではないが、フランもそこまでドルフに好意的ではなかったことを思い出す。互いに絶大な信頼をおいているようだが、決して馴れ合いはしないという、なんとも不思議な関係だ。リアは自分にはいまいちしっくりこない絆の在り方を見て、世界の広さを知った。


「というわけでだ、リアには酷かも知れねぇが、ルーディには気をつけたほうがいい」

「わかった。でもルーディ、根は絶対悪い人じゃないから!」


 いつだって笑顔で周囲を明るく照らしていたルーディを、まるで闇の存在のように扱って欲しくなくて必死に弁解する。


「わかってるって。モグラの主から丁寧に扱えって言われてるし、あいつは俺の家で何不自由なく暮らしてるから安心しろ。適当に俺の婚約者だって嘘ついて睨み効かせたからな。あの屋敷の奴ら、みんな俺を怖がるから滅多なことはしねぇよ」

「うーん……色々問題はありそうだけど、ひとまず安心……なのかな? とにかく、今はラフィリアをのさばらせないようにしつつ、ラフィリアに対抗できる力を持つフランを探す、っていうのが私たちの最優先事項ってことだよね?」

「そ。超大雑把に言うとな」


 主様の話によると、ラフィリアは平和条約締結の場で力を使ってしまい、今は派手な動きはできないそう。そのうちにこちらもラフィリアに対抗する手段を得ていないと、次に行動を起こされた時、命は保証されない。ラフィリアがこの国をどうするつもりなのかは不明だが、平和には導かないだろう。


「何だか、私には規模が大きすぎる気がするんだけど……」


 リアはこの国をまとめる国主こくしゅの娘ではあったが、今は一介のモグラだ。ラフィリアの力が及ばない存在らしいが、そんなものは目に見えるわけではなく、実感はまるっきり無い。それなのに、いつの間にか神に目を付けられていて、何だか自分がとても可哀想で不憫ふびんな存在になってしまったようだ。


 飲み終えたカップを片付けるため椅子を立てば、窓からこの都市の様子が遠くまで映る。大小も高低も様々な建物が所狭しと並び、ここまでは聞こえないはずの喧騒が人々の活気に捲き上げられ、視覚を通して感じ取れるようだ。皆、ラフィリアの降臨を喜びの象徴としてたたえている。

 リアは近くの町から視線を外して、遥か彼方かなたまで続く空の果てを探し、目を細める。内側では大規模な確変を迎えているなんて嘘のように晴れて、平和そのものだった。

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