第58話 地底で奪われたものの真相1

 ボーマンとしばしの会合をした後、リアとドルフは特に行く場所もないので塔に戻った。

 二人掛けのテーブルに向き合い、コーヒーを飲みながら今後についてぼんやり意見を確認し合うという、ゆったりとした午後のひとときを過ごす。


「そういえば、フランシスからお前を実家の部屋に連れていくよう言われたんだ。また頃合いを見て連れていってやるよ。何でも見せたい本があるんだと」

「今からじゃダメ? ルーディにも会いたい」

「さすがに今からは無理だ。あの家は厄介な総政公そうせいこう様が当主だからな。様子を窺わねえと」


 自分の家なのに気軽に帰れないなんて気の毒だと思ったところで、リアには帰る家すらないという事実に打ちのめされた。このまま悲観的な深みにはまっていくのを回避するため、わざと明るめに切り返す。


「残念。ルーディは元気なの?」

「お前、ルーディの知り合いか? ちょっと前にルーディに会いに家へ来たろ。フランシスに甘い菓子用意しとけって言われたんだぞ。よくわかんねーから適当に買った」

「あれドルフが選んだのね! 美味しかった!」


 心躍るような花型のチョコレートや、可愛いくて色とりどりのマカロンなどが並べられていたのを思い出すだけで幸せだ。


「ルーディは私の親友よ。地底で十年ずっと仲良くしてきたの」

「あー、お友達ね……」


 リアの言葉を聞いた途端、ドルフは棒読み気味で虚空こくうを見つめた。その反応にとても嫌な予感がよぎるが、一旦触れないで横に置いておく。

 それに、リアにはルーディについて聞きたい事が山よりも高くある。ドルフは、リアとルーディを引き離した張本人なのだ。


「視察団の一人として地底に来ていたドルフが、ルーディを友好の証として連れていったんでしょ? どうしてルーディだったの? 私、ルーディと離れたくなかった」


 意識したわけではないが、本音がほんのちょっとだけ漏れて、恨みがましく尖った語調になってしまった。それを受けたドルフはうんざりしたように椅子の背に勢いよくもたれ、足を組んだ。


「俺だって別に連れ帰るつもりは無かった。モグラのあるじに押し付けられたんだっつの」

「え? ドルフが下心を持って、ルーディを連れていったんじゃないの?」


 てっきり、やましい下心満載で意気揚々と地上へ持ち帰ったのだと疑わなかったリアは、きょとんと見つめ返す。そんなリアを前にドルフはがっくりとうなだれ、テーブルの上にひじをつき額を覆う。前髪が乱されて指の間から飛び出ている。


「お前さー。素で人をけなすなって。こっちがいたたまれねぇだろ。というか、俺のことどんな風に思ってんの?」

「欲望に忠実な人」


 間髪置かずに放った純粋な回答に、ドルフは一瞬言葉に詰まったが、大きく息を吐いて気を取り直したようだ。


「馬鹿かお前は。俺だって面倒ごとは避けるっつの。地底の女連れ帰るなんて、どう考えても後々面倒だろ。……まあ、あいつの体はそそるけどな」

「ほらやっぱりそういうこと言う!」


 へへっ、と意味深な笑みを浮かべるドルフを叱るように、リアは眉を吊り上げる。

 確かにルーディの体は柔らかな凹凸おうとつに富んでいて扇情的だ。リアとは雲泥の差だと、自分でも思う。


「とまあ、そんなことは置いといて、ルーディに会いに来た時、あいつにラフィリアのこととか奇跡の力について、込み入った話しはしてないだろうな?」


 真面目な語り口に戻ったドルフに合わせ、リアも素直に一つ頷く。

 あの時は久しぶりにルーディと再会し、嬉しくて沢山お喋りをした。取り留めもない会話だったので深くは覚えていないが、何とか記憶を辿ってみる。


「うん。フランに、ラフィリアについてはルーディを巻き込むから話すなって言われてたから……確か、フランがいかに性格が悪いかを語った気がする」

「最高の対応だそれ!」


 テーブルに突っ伏し、腹を抱えて大笑いするドルフは清々しくて、何だかこっちまで楽しい気分になってくる。

 しかしリアは忘れてはいない。あの時、ルーディはドルフをかなり怖がっていた。それについてしっかりと問い詰めて、場合によってはドルフにきつく言い聞かせないといけないかもしれない。

 ひとしきり笑い、顔を上げたドルフにリアは強気に迫る。


「ルーディからあなたについても聞いたわ。ルーディ、すごく怯えてるみたいだったけど、酷いことしてたんじゃないの!?」

「勝手に俺を怖がってただけだ。会う人みんな俺を怖がるんだから仕方ねーよ」


 マグカップを持ち、言い切った後にコーヒーを勢いよく飲んでむくれる。その目つきは冷たく細められ、リアの横へ視線をずらしてはいるが、まるでこちらが気にさわる事を言って機嫌を損ねてしまったのでは、と思わせるには充分なほどの迫力がある。

 しかし本人的には『もう! みんなして俺を悪者にして! ひどい!』くらいの気持ちでしかないのだ。ここまでドルフと過ごして、何となくそんな心の内がわかるようになったリアにしてみれば子供のようで可愛いものだが、何も知らない者が見れば居竦み、圧倒されてしまうだろう。


「あなたって常に態度悪いし、すぐボヤ騒ぎ起こすから、なるべくなら近寄りたくないと思う」


 にこりともせず、眼光鋭いまま人と接していれば悪い噂を立てられても文句は言えない。リアも昨日会った時は、何をそんなに怒っているのか失礼な人だと、臨戦態勢を取らざるを得なかった。


「態度悪いって言うけどな、俺は普通にしてるだけなんだぞ。相手が勝手に機嫌悪いだとか、怒ってると勘違いするだけで」


 まるで他人が悪いというような言いぐさのドルフを前に、何を言っても無駄だと、もはやお手上げだ。


「……ドルフはさ、愛想の勉強をしようか」

「なんで俺が人に気を遣わなきゃならねーんだよ」

「あなたとフランを足して二で割ったら、ちょうどいい塩梅あんばいだったよね。残念」


 フランは愛想が良過ぎて何を考えているのかわからず、ドルフは愛想がなさ過ぎて怖い。この二人が会話するとどのようになるのか、少しだけ興味が湧いた。


「あいつを引き合いに出すなっつの! ……というか話ずれまくったな。俺が視察団として地底へ行った時の話に戻すと長くなるが、お前は充分関わってるんだから聞け」

「もちろん」


 冷静に話の軌道修正を図るドルフにリアも賛成なので、足並みを揃える。


「まず俺が視察団として地底に行った時、モグラの主が人間ではないことに気がついたんだ」

「やっぱり……人間じゃないのね」


 ラフィリアの仲間だと知り、主様はもしかして神に準ずるものでは、と予想はしていたので取り乱しはせず、比較的冷静に受け入れられた。


「そ。俺の見立てだと、モグラの主はおそらくラフィリアが作り出したか、元は人間だったもののラフィリアが手を加えたような存在じゃないかと。それを俺は主に指摘した。そしたら目をつけられてよ」


 空になったマグカップを指でもてあそびながら、ドルフは当時を思い出しているようで苦い顔をしている。

 主様の正体に気が付いたとしても、その場では静観した方が良かったと思うが、直実的なドルフには無理な話しだろうとリアは何も言わず、先を促すために相槌を一つ打つ。


「その日の夕食の場で、友好の証とかって理由付けられてルーディを連れてけ、って話にされたってわけ。大教会のお偉いさんもいたから、断るに断れなくって押し切られた」


 あー、と声を漏らしながら手を投げ出しテーブルに突っ伏す姿は、せっかくの顔の良さも台無しだ。

 リア側のテーブルの縁を越し、手のひらをばたばた動かすドルフにコーヒーを零されないよう、カップをさっと手に取って死守する。


「あなたなら炎出して暴れ回りながら拒否するかと思った」

「お前は俺のこと、知能がこれっぽっちも無いと思ってんのか? 俺だって立場とか考えてるっつーのっ!」


 ぴょっこり上げた顔はリアを恨めしそうに見つめているが、前髪が散らばっていて親しみやすさが増している。


「意外。ドルフから立場なんて言葉が出ると思ってなかった」


 茶化すリアを無視してドルフは身を起こし、前髪を撫でつけながら投げやりに続ける。


「で、次の日、約束通りルーディを引き取りに行く道すがら、子供がよそ見しながら走ってきて俺にぶつかったんだ。……ここからはお前の育ての親の話になるが……」

「聞く覚悟はできてる」

「……その時、俺はモグラの主の言いなりになってる状態で最高に機嫌が悪かったから、つい炎が出たんだよ。いつもみたいに慌てて制御したんだが、外部からの力、主の仕業で俺の力を勝手に使われたんだ。もうその炎は俺の制御を完全に外れてた」


 声に勢いはなく、その現場に強い後悔を残したのをリアに悟られまいとするかのように、感情を殺して先を急ぐ。


「みるみるうちに子供は火に捲かれて、それを止めに入ったおばさん……お前の育ての親もろとも一瞬で何も残さず消された、ってのが真相。……情けねえ話だが、俺は何もできなかった」


 思いつめ、テーブルに視線を落とす姿には深い悲しみが浮かんでいる。彼も心に傷を負ったのだとわかってしまったから、リアは悲憤を押し込めた。


「まあ、俺の話を信じるか信じないかは、お前が決めればいい。実際、俺の力が発端になってお前の大切な人を殺したのは、あながち間違いでもないしな」

「……私はあなたに謝らないといけないわ。詳しく聞きもせずに、あなたを責めてごめんなさい。ドルフも巻き込まれただけよね。ラフィリアの陰謀に。地上人はモグラの命なんて何とも思ってないけど、ドルフは違う。逃げずにいてくれてありがとう」


 ドルフの存在が、ジャネットの死について間接的な要因にはなったのかもしれないが、そんなものこの世に生きていれば数え切れないほどある。そこを難癖のように叩いても意味は無い。悪いのは主様であり、それを支配するラフィリアだ。


 今もまだジャネットの顔を思い浮かべると涙が出そうになるが、無理にでもいいから笑った。上手く笑みを作れなかったかもしれない。泣きそうな顔になってしまった自覚はあるが、どうしてもドルフに伝えたかった。そんなに気負わなくていいよ、と。


「おまっ、それはちょっと反則っ……!」


 急に両手で顔を覆ってしまったドルフをいぶかしみ、のぞき込もうとするがかたくなに顔を上げてくれない。


「どうしたの? 吐き気? 変な物でも食べた?」


 もしかしたらコーヒーが体に合わず、胃もたれでも起こしたのかと本気で心配になる。しかし、その杞憂きゆうは一瞬で終わりを告げる。ドルフは勢いよく立ち上がった。


「お前、これまでそんな感じでよく生きてこれたな!? 一回休憩だ、休憩!」


 意味不明なことを声高に叫び、足音を響かせ大股で台所へ向かう間に一瞬見えた頬はほんのり赤い。食器棚の一番手前にあったフランお気に入りのグラスを乱暴に掴んで、朝に水を汲んで来た桶へ豪快にそれを突っ込み、水がしたたるまま一気にグラスの水を飲みほした。フランが見ていたら、お気に入りを使われたことに対して怒り出しそうだ。ここに彼がいなくて良かった、と初めて不在を前向きに捉えられた。

 そんなことは知らないドルフの雄々おおしい飲みっぷりに、リアは感傷を忘れ、尊敬の拍手を送ったのだった。

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