第57話 歓迎せざる再会
ボーマンの執務室からの帰り道、出会う大教会の人たちは冷ややかにリアとドルフを一瞥する。モグラであるリアのみならず、フラン同様ドルフも大教会から
隠そうともしない悪意なんてどこ吹く風で、堂々とその存在を誇示しているドルフと共にいると、他人からどう思われようが自分の正しさを貫く勇気を貰える。それに、少ないながらも自分に賛同してくれる人がいるという事実が敵対する視線を跳ね除け、いくらか胸を張って歩ける。
「ボーマン様は話が分かる方だろ?」
ドルフは誇らしげにリアへ視線を寄こす。この大教会で一番信頼できる有力な
「ええ。前に少しだけ接点を持った時も、私を下に見るようなことはなかったわ。でも、まさかあそこまで協力的だとは思わなかった」
「
「あなたの鼻で、私のお兄ちゃんは探せないの?」
憂色を浮かべるドルフへ、思い付きがぽろりと口から
「その言い方はやめろ。俺は犬じゃねえぞ。……で、お前の言いたい事だがな、俺はしっかりジョシュア様の奇跡の力を把握してるわけじゃねえから難しい」
「そっか……」
リアには匂いとして奇跡の力を個別認識できる感覚は分からないが、大勢いる中からたった一人を見つけるのは至難の
湿っぽい空気が取り巻いてしまい、居心地の悪さを覚えリアは次の話題を探す。
今いる場所は会議室が立ち並ぶ一角。研究棟内の廊下は綺麗に掃除されていて、面白おかしく話になりそうなものはない。ある物と言ったら整然と並ぶ窓と扉。調度品などが飾ってあれば救われるというのに、現実は無情だ。
会話は諦め、無言を貫くことを決めた矢先、計ったように斜め前の扉が開かれた。
人と会えば十中八九、軽蔑の眼差しを投げかけられるので、知らず心は憂鬱に
黒い制服を着こんだ者が出て来るとばかり思っていた室内からは、目を引く長い金髪を広げ、白いワンピースを纏ったラフィリアが姿を現したのだ。あまりにもあっさりとした登場に、見間違いかと目を擦ってもう一度開いてみるが、そこには憎らしい女神がいる。
突然の大きすぎる話題の種にリアのみならず、ドルフの足も止まってしまった。
「あっ、リアちゃんだ~!」
もちろん気付かれた。頭の上で大きく腕を振るラフィリアは純真無垢な少女のよう。
こちらは顔をこわばらせているというのに、ラフィリアは軽やかにスカートを風に広げ、飛び跳ねるように駆け寄ってくる。
「この前は突然ごめんね! びっくりさせちゃったよね!」
腰をかがめ、上目遣いに見つめる青い瞳は、沢山の人を
ラフィリアの弾む声は長い廊下に吸い込まれ、それに続く音はない。リアもドルフも置き物のように立ち尽くしている。
「なんだ、まだうろついていたのか、
言葉が出ないリアの沈黙を破るかのように、ラフィリアと同じ扉から現れたのはオルコット騎士長だった。帯剣はしているものの、平和条約締結の場で負った怪我が治りきっていないのか、服装は私服だった。それにしても、あの場で攻撃を仕掛けてきたラフィリアと共にいるとは、そこまでこの女神は魅力的なのだろうかとラフィリアと騎士長を交互に見やる。
嫌いな人の上位に入る二人の登場に、リアの心は大しけ状態だ。
警戒するこちらなど意に介さず騎士長はリアの前に立つと、身長差を利用して嘲笑を浴びせかける。
「フランシスがいなくなった途端、アードルフをたぶらかすとは、モグラは
開口一番の嫌味を受け流すほど、リアはおとなしくない。
「お言葉ですが、あなたの方がそのような妄想しかできなくて可哀想だと思いますが」
「リアの言う通りですね。騎士長様ともあろうお方が、他人を見て肌色多めな妄想をしていらっしゃるなんて、はしたないですねえ。高貴なお方でも欲望には抗えませんでしたか。剣術よりも、己の欲望を人前で出さない訓練が必要では?」
リアの言葉を継ぎ、さらに挑発を上乗せした形でドルフは、にやりと唇の端を持ち上げた。リアよりも慣れているからか、悪い顔が様になっている。
かつてフランが騎士長と出会った時のような、十割方攻撃的な意志を持った態度に、ドルフもフランと同じくらい騎士長が大嫌いだという事実が確定した。勝手に仲間意識が芽生えて心強くなり、気が付けば騎士長に対して恐怖心はすっかりなくなっていた。
リアとドルフに散々侮辱されて騎士長も黙ってはいない。こめかみを
この人は風の力を使う。フランは反撃せず一方的に傷つけられたが、ドルフはきっと相手を燃やすだろう。
この戦いはどう転ぶのか、リアが自分の出方を窺ったところでラフィリアが騎士長を腕で制し、今にもドルフに仕掛けそうだった行動を止めた。
形の良い唇は弧を描き、暖かな日差しを受けて、より一層神々しさを増す。
「リアちゃんが生きててよかったよ。こないだモグラの主様に会ったんだってね。彼は大切なお友達なんだー。ラフィからもお願いなんだけど、リアちゃん、ラフィと一緒に暮らさない? そのイケメンお兄さんといるより、リアちゃんのためにもなると思うけどなぁ」
思わせぶりな流し目を送るラフィリアの思惑が読めないので、無理に返事はしない。
「そんなに怖い顔しないでって! 少しだったけど一緒に暮らした仲だよね! 騎士長様も中々整ってるよ?」
「リア、こんな
こちらの懐に飛び込もうとする無垢な笑顔を遮るように、ドルフがリアとラフィリアの間に無理やり割り込んだ。そのまま背中越しにラフィリアを睨みながらリアの肩に手を置く。
女神を痴女呼ばわりとは怖いもの知らずすぎる。さすがのラフィリアでも逆上するのではないかと背筋が寒くなるが、ドルフの向こうに見えた表情は、楽しそうに目を細めていた。
「まあいいや。リアちゃんが後悔しないように生きれば。……選択によっては大切な人や、リアちゃん自身を危険に晒すかもしれないってこと、忘れないでね。さ、行きましょうか騎士長様。お祈りに遅れちゃうわ。何せラフィが主役だもの」
明るくて軽い口調の中に不穏な影が含まれていたが、そうと感じさせる前にラフィリアは騎士長を連れ立ち、陽の光を背に遠ざかってしまう。追うべきか迷い、刹那の逡巡を経て自分の衝動のまま動き出したところ、ドルフが腕を掴んでリアを引き留めた。
「リア、気にすんな。ラフィリアはお前を揺さぶってるだけだ」
その表情は真摯で、こちらも変な意地を張らずに足を止めた。
「……進むばっかりが良いわけじゃないよね。当事者に話を聞くのは効果的かと思ったけど、こちらが上手く丸め込まれるかもしれないし」
「そ。今こっちにはラフィリア側の情報がほぼ無い。その状態で無暗に接触すれば、向こうの思うつぼだ。もし今後、ラフィリアやら騎士長に会うことがあったとしても、話半分に流しとけ」
「ドルフって意外と冷静なのね。もっと後先考えずに暴れ散らすのかと思った」
「お前、俺の認識酷すぎだっつの! 俺だって、ちゃーんと先々の事考えてるんだぞ」
偉そうに胸を張り、腰に当てた手からマッチ一本ほどの可愛らしい炎がちらついた。不本意であろう説得力を欠くような演出はほんの一瞬で、見なかったことにしても良かったが、リアはそれを拾い上げる。
「奇跡の力をもう少し制御できる方が、あなたの名誉のためになりそうね」
「うっせーよ! ……これは生理現象だ!」
苦し紛れの言い訳は無理があるものの、本人は生理現象として通すつもりらしく、反論をさせる間を与えないように、すたすた歩いていってしまった。
「ごめんねって。別にドルフを責めたわけじゃないんだから」
笑い混じりの声はドルフに届いているはずなのに、
この世のすべてが自分の敵ではない。明日の自分がどうなっているかなんて保証もない危ういものだが、こんなにつらく過酷な世界でも不思議と笑える瞬間があるのだ。自分の図太さに呆れながら、リアは最良の明日を探すため、陽の当たる暖かい廊下を歩んでいく。
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