第56話 協力者

 治安部隊隊長ボーマンの執務室は、大教会研究棟区にある。

 ボーマンの護衛にドルフが話をして、面会はすんなりと叶った。


「リア様、よくぞお戻りになられました」


 来訪を告げ中へ立ち入れば、人のさそうな中年の男性が真っ先に執務机に手を付いて、深々と頭を下げた。

 地底では絶対にされる事の無かった敬愛に満ちた行為にリアは慌てふためき、顔の前で手を振る。


「そんな、顔を上げてください! 私はモグラですし、様なんて何だか呼ばれ慣れないですから、ぜひリアと呼んでください」

「それでは親しみを込めて、リアさんと呼ばせていただきましょう。……アードルフ君、リアさんの保護をありがとう」

「いえ。私はフランシスとボーマン様のめいに従っただけです」


 隣でさらっと堅苦しい敬語を流暢りゅうちょうに話すドルフに驚き、リアは半歩後ずさってまじまじと澄ました顔を見てしまった。いつもの雑な言葉遣いとの差が激しくて、口が勝手につっこみを入れてしまいそうになるが、両手のひらでそれを抑え込んだ。

 そんな一人芝居をしているリアは一切無視して、ドルフは表情を変えずボーマンから目を離さない。


「リアは地底にいた為、地上がどういう状況か把握しかねています。ボーマン様から説明よろしいでしょうか」

「もちろんだ。……茶でも用意できればいいんだが、すまんね」

「お気遣いなく。こちらこそお忙しいところ訪ねてしまい、申し訳ございません」


 大きな窓を背にして暖かな光を一心に受ける執務机には、書類が山のように積まれている。国主が突然いなくなるという、不測の事態によって混乱を極める国内のため、尽力してくれている証拠だ。

 ボーマンは回転椅子にもたれ掛かり目頭を数秒指先で摘まむと、机の前に立つリアとドルフに焦点を合わせた。


「まず地上についてだが、国主こくしゅ様亡き今、この私とアードルフ君のお父上であるオルコット総政公そうせいこうの二人で何とか国を回している状態だ。本来であれば、次期国主様であるリアさんの兄上がご即位いただければいいんだが……」

「兄は……行方不明なのですよね……」

「残念ながらその通り。しかし、生きておられると私は思っている」


 願いにも似た響きで終わらせたボーマンは、断言できない不甲斐なさからか眉間に皺を寄せる。それを広げるようにして、机にひじをついた手で眉の間をさすり、リアに視線を戻した。


「平和条約締結があった時、私は別の町へ視察に出ていてな。騒ぎの急報を受け、慌てて帰って来たのが一週間前。その間はオルコット総政公が取り仕切っていたので、私自身わからないことが多い。私が大教会に到着した時には既にラフィリア様が崇拝され、総政公がそれを支える立場になっていた」

「つまり、今この国のすべてを掌握しょうあくしているのはオルコット総政公とラフィリアである、という事ですか……?」

「そう思ってくれて間違いはない。私も知らないままではいられないと、折を見て総政公に詳細の説明をお願いするのだが……リアさんが一番気になっているであろう、次期国主であるジョシュア様とフランシス君の行方は、知らぬ存ぜぬで通されてしまってな。溜まった仕事や緊急性の高い治安部隊の出動案件が多く、総政公と会うことすらままならない状態だ」


 疲労が滲む目元には薄っすらくまができていて、見るからにやつれている。どうにかして助けたいが、今のリアには地位も権限もなく、何の手助けもできないのがもどかしい。


「ラフィリアによって、町に危害が加えられたりしているのですか?」


 治安部隊が忙しくなるということは、兵力が必要な場合だ。


「いや、ラフィリア様はいたって静かなんだが、平和条約締結の場でかなりの兵が殺されたり、深手を負わされてな。大教会の戦力が削がれた事を知り、貧民街の住民がこれまでの鬱憤を晴らすかのように暴動を起こしている。鎮圧に人員をくと今度は町中で起きた事件に対応できなくなる、とそんな情けない状態なんだ。戦力になるアードルフ君には助っ人として動いてもらっているよ」

「ボーマン様のお力になれるのであれば光栄です」


 弱々しく頭を下げるボーマンにドルフは力強く返答する。


「ラフィリア様についての情報は集められていないのが実情なんだが、ほぼ動けない私に代わりアードルフ君が話を仕入れてくれていることで、少しずつだがこの国の現状が見えてきている、と個人的にはそんな具合だ」


 思った以上に紛擾ふんじょうしている国内の様子に、リアは二の句が継げなかった。

 国の在り方が変わる渦中にいるのだと感じてはいたが、いざ中心人物から話を聞かされると衝撃が大きい。不安にならない方が無理だ。

 答えるべき言葉が浮かばずに押し黙っていると、ボーマンは気を利かせ優しく場の空気を回す。


「リアさん、そんなに悲しい顔をしないでください。私はリアさんがいてくれれば、いずれこの混乱も収束すると思っています。あなたの事はフランシス君から聞いたよ。あなたはラフィリア様の力が及ばない存在だと。まさに私たちの希望だ」


 まるでフランやリアが希求する『奇跡の力をこの世から消す』という望みを肯定するような物言いのボーマンは、裏表のない穏やかな目をしてリアに親愛の念を送る。


「えっと、オルコット総政公は、ラフィリアを中心として国を復興させようとしていると聞いたのですが、ボーマン様は、その……」


 口ごもってしまったリアの言葉を引き継ぐため、ボーマンはゆっくり頷いた。


「私は、ラフィリア様を人間界にとどめておくのは良くないと思っている。……フランシス君やアードルフ君と同じ考えだよ」


 まさか、大教会の上層部から本当にそんな言葉が出て来るとは思わず、耳を疑った。

 戸惑うリアをよそに、ボーマンは目元に柔らかな皺を作る。


「奇跡の力をこの世から無くしたいと、フランシス君から初めて聞いた時は驚いたが、私も賛成していてね。神の力と言っても、人間が使うそれは微々たるもの。多少強い者や弱い者はいるが、本来人間に使いこなせるものなどではなく、そんな小さなもののために差別が起こるのは滑稽こっけいでならない。だったら、神には人間界から去っていただき、力を得る以前のような人間の営みを取り戻した方が正常じゃないかとね」


 この時だけは職務を忘れたように相好そうごうを崩したボーマンにドルフも便乗し、リアへと不敵に微笑んだ。


「だからリアは俺たちにとって、まさに女神様ってわけ」

「やめてよ、私そんな偉大じゃないよ!」


 いつもの砕けた調子で、おどけ気味に言うドルフをリアはすぐ否定する。ボーマンの前でそんな大見得おおみえを切られても恥ずかしいだけだ。

 ボーマンはそんなリアとドルフの様子を眩しそうに見つめる。


「問題は山積みだが、君たちなら成し遂げられる気がするんだ。しかしながら、この大教会でラフィリア様は絶対的な存在。大半が総政公と同じ考え方だ。だから表立った行動はできんが……できる限り、私も君たちの力になると誓おう」


 とても頼もしい味方がいると知り、心強い。

 ボーマンはラフィリアの出方を窺いつつ、この都市の動乱を鎮静させるのと並行し、フランとジョシュアの行方を探ると約束してくれた。

 こちらも何か掴んだらすぐに報告すると認識をすり合わせ、短い逢瀬おうせを切り上げた。


 絶望もあれば、その中に必ず希望もある。協力者の出現に、また一歩強く踏み出せそうだ。

 リアは扉の手前で深く頭を下げ、跳ねるように顔を上げる。それを見送るボーマンは心なしか覇気が宿り、顔色が良くなっているようだった。

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