第54話 罪の存在
「簡単に言うと、あいつは重罪人だ」
ドルフの口から投げやりな色を持って出てきたのは、予測の
「……え? どういう……」
「リア・グレイフォードから、奇跡の力を根こそぎ奪い取った罪だ」
続けられた気のない言葉の意味は重く、気を抜けば二度と這い上がれないような暗く深い奈落に堕ちてしまいそうで、リアは二の句が継げなかった。
ドルフは天井の一点を険しく見つめたまま、独白を続ける。
「馬鹿げてんだろ? でも、お偉いさん方はそれをマジで信じてんの。
リアに視線が下ろされた。気にするな、とでも言いたげな瞳はリアを責める厳しさは一切ない。
「そんなわけで俺ら二人は大教会から疎ましがられてたわけだが、特にあいつはラフィリアの力を無効化するなんて能力もあったから、俺より目立ってな。そういえば俺たち一度、大教会の先鋭に取り囲まれたんだぜ。でもあいつがブチギレて、全部返り討ちにしたの。俺が十歳だったからあいつは十二? 大の大人が子供になすすべないのは笑うよな」
鼻で笑うドルフは
父と母を苦悩させ、まったく関係ないはずのフランやドルフの人生までも狂わせていたなんて、不幸を振りまくために生まれてきたのだろうか。
自分さえいなければこの世界は上手く回っていたのに、どうして今ここに存在しているのだろう、そんな
「リア、勘違いするなよ。お前は何も悪くない」
誠意を込めて言い切るドルフに悪いと思いつつ、何も答えられなかった。噛み締めた唇が痛い。ラフィリアはどこまで自分に試練を与えるのだろう。
暗闇に浮かぶカンテラの炎は不規則に揺らぎ、ぼんやりとそれを眺めていると一時的に辛いことが和らいでいく。
今ここでその事実に囚われて取り乱すわけにはいかない。まだ知らないことが多すぎる。すべてを知った後で罪滅ぼしをすればいいのだと自分を
「重罪人っていうわりに、フランは牢に入っているわけでもないし、その、死刑とか……」
「そりゃ、オルコット家の子供だからだ」
「オルコット家ってそんなに権力があるの?」
古くから続き、代々奇跡の力が強い家系とはフランから聞いたが、そんなに優遇されるものなのだろうか。
「はぁ? お前、そんなことも知らねぇの? リア様はとんだ箱入りかよ」
「悪かったわね。小さい頃は、一に祈り二に祈り、三、四くらいまで祈りだったわよ! 力が授からなかったせいでね!」
幼少の頃は一般的な書き取りやマナー、ラフィリアについての勉強が主で、政治関係はまったく知らない。
「オルコット家はな、ラフィリアが降臨する以前から続く家だ。国主が国を治めるようになってからは国主と共に国を回している、国主とほぼ同等の家格だぞ」
「ええっ! そうだったの!?」
「そ。そのへんの貴族様なんかより地位は上なんだぞ」
リアの驚きに満足したのか、ドルフは得意げに胸を反らした。
ついうっかり、『ドルフからは、高貴な雰囲気みたいなもの一切出てないよね』なんて我ながら酷いことが喉まで出かかったが、それはぐっと飲み込んだ。
場の空気を壊さない返答を探している途中、
「……その名家のご子息だから滅多な扱いはできない、っていうこと?」
「あたり。だから妥協案として、あいつはこの塔に使用人もつけさせてもらえず、押し込まれてるってわけ。いわばここはあいつの牢獄だ。見ろよ、超貴族様の家とは思えない殺風景だろ?」
ドルフは視線を部屋内に這わせる。つられてリアもカンテラの照らす室内を、隅の暗がりまでしっかり目を凝らす。
確かにその背景を知ってしまうと物足りなく感じる。ここは元々国主家族の隠居先として使われていた事もあり、それなりにしっかりとした造りになっているので地底から出てきたリアにとっては申し分ないほど豪華に感じたが、言われてみれば必要最低限の物しかなく、過度な装飾などは皆無だ。今使っているダイニングテーブルも二人掛けの簡素な既製品で、貴族の館にあるような物には到底及ばないし、部屋の片隅にひっそりと置かれたベッドも地底に
「それに俺たちくらい身分高かったら、大教会の一般職なんてやってねぇよ。……ま、本当のところ大教会としては、フランシスも俺も入れたくはなかったんだろうけどな。力が強いことに間違いはねぇし、体裁を考えての事だろうよ」
そこでドルフの静かな声は途切れた。静寂はリアに熟考の余地を与え、先程後回しにした罪の重さが降りかかる。揺らぐ橙色の光が心の内を代弁するかのようだ。
「謝って済むことじゃないけど……ごめんなさい、私のせいであなたたちが……」
自分は知らなかった、と開き直れたらどんなにいいだろうか。けれど、リアはそんな無神経にはなれなかった。 テーブルに額がつきそうなほど頭を下げるが、こんなことで許してもらえるはずがない。
フランは何も言わずリアと接してくれたし、ドルフもリアを責めはしない。何も知らず、二人には生意気も言ったし酷い事もしたと思う。その優しさが今は辛い。いっそ激高して殴るくらいしてくれた方が、自然と受け入れることができたのに。
「リア、気にすんな。あいつ、ここで自由気まま結構楽しんで暮らしてるし、リアのこと普通に気に入ってんだろ。じゃなきゃあいつ、自分の身の安全を確保せず他人を逃すなんて選択はしないからな。それに俺だってお前のこと、別に、きっ、嫌いじゃねーしよ!」
最後の上ずった語尾はドルフ精一杯の好意の表現だが、今はそれをからかう気にも、受け止める気にもなれなかった。
「あー! 俺はお前を責めたかったわけでも、悲しませたかったわけでもなかったんだよ! それだけは信じろ!」
ドルフは頭をくしゃくしゃ搔きむしる。この暗く沈んだ空気をどうにもできないと悟り、すっかり意気消沈してしまったようだ。
「今日はもう寝ろ。下にお前の部屋があるだろ。……ほんと、悪かった」
「……ごめんなさい」
リアは椅子を立つと、ドルフと目を合わせずに室内を退出した。少し肌寒ささえ感じる
自分の存在が、どれだけ人に迷惑をかけているかを思い知らされた。それを知った上でこれから自分に何ができるか、身の振り方を考えなければならない。ラフィリアと密接に繋がったこの国で、自分はどう動くのか。もう無知ではいられない。フランやドルフが背負ってきたものを少しでも軽くできるように力になりたい、そう心から思えた。階段を一歩ずつゆっくりと降りて、階下の自室の扉を開けた。窓から入る
リアは窓辺に寄って青白い月を見上げた。明るすぎない柔らかな月光はリアを静かに見守る。ガラスに手を当てると冷たくて、思考が研ぎ澄まされる。ドルフから聞かされた話をひとつずつ
リアもフランもドルフも本人の意思とは関係なく、運命という濁流に呑まれていくのだろう。だったら、それに最後まで
窓から離れ、娼館の下働き用のエプロンドレスを脱ぎ捨てた。もう過去は振り返らない。
リアは逃げるのではなく、渦中に身を置く決意をした。
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