第53話 フランの思惑

 向き合うドルフからは、ふざけた色やリアに対する俗的な感情は消え、テーブル上で揺れるカンテラの橙色の光が静かに二人を照らす。


「まず、俺がお前を探していたわけからだな。……お前とフランシスは地上と地底の平和条約締結の話し合いに呼ばれたろ? その前日にフランシスから、もしものことがあったらお前を保護しろと話しがあった」


 聞かされる真実は意外なものだった。


「フランが……? 私には何も言ってなかったのに……」


 確かにフランは、あの場でラフィリアが何かしら行動を起こすと見越していたような節があったが、まさかそこまで用意周到だったとはさすがだ。しかも、それを当人のリアには一切言わないところが彼らしい。


「ほんっと自分勝手だよな。俺の都合も聞かないで、一方的に押し付けるんだあいつ。性格悪すぎだろ」


 ドルフは椅子にもたれ掛かり、頭の後ろで手を組んだ。

 どうやらこの兄弟は、互いに性格が悪いと思い合っているらしい。

 それについて言及すると話がれる事必至なので、リアはそっと心の中にしまって本筋の疑問を口にする。


「ドルフはどうやって私を探したの? フランはあの時、奇跡の力を使って私を逃したけど、行き先をドルフに伝えていたの?」


 あれから約二週間。リアの場所が分かっていたにしては時間がかかっているが、まったくの手探りであったのだとしたら早すぎる。


「あいつの瞬間移動はそんな高度じゃねえよ。本来、自分が指定したごく近い場所に移動するだけだ。おそらく普通にやって、大教会の門からこの塔くらいまでが正確に移動できる限界じゃないか? だから地底なんて飛ばそうと思ってできるもんじゃねえな。あいつ、どこでもいいから遠くに、って感じで力使ったんじゃねえの?」


 ドルフはすらすらとフランの特徴を説明しながらカンテラをいじる。少し動かすたび炎は形を変え、影の位置が移ろう。


「フランは私を全力で守ってくれたのね……」


 あの場でラフィリアが放った光の刃から身をていしてリアをかばい、魔の手から逃してくれたフランには頭が上がらない。次に会ったら真っ先に謝って感謝を伝えたい。

 その思いは一旦胸にしまい、物思いに誘うカンテラの炎から視線を上げ、ドルフとの会話に専念する。


「私の居場所がわからなかったのなら、なおさらドルフはどうやって私を探したの?」

「それがな、あいつ俺にこう言ったんだ。もし話し合いの場で危険が迫ったらリアを逃す。その際に僕の力を移すからそれを頼りに探せ、ってな」

「……全然意味がわからないんだけど」


 力を移すからそれを頼りに探せ、という部分が意味不明だ。自分なりに話を咀嚼そしゃくしようとするが、顔は渋くなるばかり。


「あー、なんて言うか、前提として、俺は個人が持ってる力を見分けられるっていう地味な奇跡の力があるんだ。簡単に言うと、お前を転送させるけどどこへ行くかはわからんから、フランシスの力を持つお前を探し出せ、ってくそめんどくせー話。ま、あいつの力めちゃくちゃ甘ったるいから、わかりやすいっちゃわかりやすいけどな」

「そう言えばあの時、すっごく甘い匂いしたわ!」


 転送させられる直前に強く抱きしめられた際、確かに甘い香りが鼻をくすぐったのを覚えている。だが、それ以降は感じていない。リアは改めて自分の両腕を交互に嗅いでみる。他人にはずっと匂っていたのかと少し不安になった。

 そんなリアの行動にドルフは小さく吹き出す。


「俺が力を匂いとして感知してるだけだから、他の奴にはなんも匂わないから安心しろ。俺だって力を使ってなきゃ感じねえよ」

「よかった……」


 体臭がきつい、なんて思われていたらどうしようと今更恥ずかしくなっていたが、ドルフの言葉にほっと胸を撫で下ろした。

 穏やかな眼差しでこちらを見守るドルフは、笑い混じりに話を進める。


「他人に力をそっくりそのまま移すなんて、天才はやることが無茶苦茶だな」

「その、他人に力を移す、ってどういうこと?」


 そんな夢のような話は聞いた事がない。


「俺も詳しくは知らないが、そういう技術は確かにあるらしい。なんか難しそうな書物をどっさり持ってきて、あいつ研究してた。なんていうか、おそらくフランシスにだけできるんだと思うが、力の源を他人に移す、みたいな……そうだな、臓器を一つ移植するみたいな」


 うなりながらドルフが出した例えは生々しかった。


「なにそれ、気持ち悪い……」

「……自分で例えを言っといて、俺も表現を間違えたと思ったところだ、忘れろ」


 うわぁ……という、何とも微妙ないたたまれない空気になってしまった責任を感じたのか、ドルフは咳ばらいをし、場を取りなす。


「とにかくだな、今の状況を簡単にまとめると、フランシスが力の源をリアに移し、あいつの思惑通り、俺がお前を保護した、ってわけだ」


 そこまではリアもしっかりと理解出来たので、大きくうなずく。ここからはリアが問う番だ。一番知りたくて、答えを聞くのが怖い事。フランの安否だ。

 揺れる炎を見つめるリアにドルフは何も言わない。急かさず待っていてくれるのはありがたかった。


「フランはどうなったの……? やっぱりあの場で……」


 たずねる声は緊張で小刻みに震え、リアの心情を色濃く反映する。

 ラフィリアの力は強大だった。殺されていても不思議はない。


「いや……おそらく生きている、と思う」


 ドルフは言葉を選び、ゆっくりと続ける。


「ぶっちゃけ、あいつの行方はわかっていない。あの場から姿を消したのは二人。フランシスとお前の兄、ジョシュア様だ」


 リアは苦し気に目を伏せる。自分に関わった人だけが消息不明だなんて、罪悪感で潰れてしまいそうだ。


「詳しい話は折を見てしていくが、今ラフィリアは大教会の西棟、お前が昔住んでいた国主家族の邸宅を拠点としている。モグラの主とクラリスは地底。恐らくそのどちらかには、ジョシュア様もフランシスもいるんじゃねえかと思う」


 憶測おくそくを語るドルフは時間をかけ、リアを気づかうように話を運んでいく。


「ラフィリアはあれからすっかりおとなしくて、人間に喧嘩は売ってねえ。少し前にフランシスから聞いた話だと、まだ力がすべて戻ったわけじゃないんだろ? だったら力がすべて戻るまでの間、人間界で有利に動けるように次期国主こくしゅであるジョシュア様と、人類きっての天才であるフランシスは簡単には殺さないだろ。大教会の上層部はラフィリアに取り入るのに必死だし、それも踏まえて出した俺の答えがそれだ」

「お兄ちゃんまで巻き込まれて……」


 国主亡き今、国を立て直すとなれば国主の息子である兄の存在が重要になってくる。

 この国はこれからどうなってしまうのだろう。

 漠然とした不安が体の内側に積もっていく。夜が明けたら国が変わってしまうのではないか、そんな足元がおぼつかない感覚に気が滅入る。


「リア。お前、今フランシスの力をそっくりそのまま移されてるから、奇跡の力を複数持つ天才だぞ。逆にあいつが力を持たないモグラだ。だから使おうと思えばフランシスの力使えるぞ? 使ってみ?」


 わざと明るい調子で話を変えたドルフの気づかいをありがたく受け、それに応じる。いつまでも暗い気分では、夢半ばで足を止めてしまいそうだ。


「奇跡の力を使う感覚とか道理とか全然分からないし、いきなり言われても無理。……でもそういえば地底に行ってすぐ、私が死にそうなほど怪我をした時、不自然に傷が治ったり、近くに水が湧いていたような……それってもしかして、フランの力のおかげだったのかな?」


 仕事を探し採掘場に行ってこっぴどく暴力を振るわれ、道端で意識を失ったあとの事を思い出す。間接的にフランに助けられたのだと思うとこそばゆい。


「多分あいつの力を無意識に使ったんだな。なんかすげー腹立つなあいつ。リアが絶体絶命の時に本人不在にも関わらず颯爽さっそうと助けるなんて」


 面白くなさそうに頬杖をつくドルフはねた子供のようだ。


「それもフランらしいけど、ドルフも私を助けてくれたわけだし、同じくらい助かってる。ありがとう」

「……別に俺は、お前に感謝されたくて助けたわけじゃねえし」


 そっぽを向いてぶつぶつ呟く姿は、照れ隠しをする子供そのもの。見かけは怖いが彼は意外と純情で、嘘や建前はあまり得意ではないと確信した。

 ドルフの扱いを習得したリアは、当初感じていた恐怖は完全に手放した。


「でもさ、私ってラフィリアの力が及ばない存在、なのよね? それだから奇跡の力が無いんでしょ? なのになんでフランの力が使えるの?」


 フランから聞きかじった知識しかないが、大まかな認識はこれで合っているのではないかとドルフに確認の意を込めた視線を送る。リアの言わんとすることを把捉はそくしたドルフはそのことに今思い当たったようで、理由を探すためか顔を傾けじっとテーブルを見つめたかと思ったら、やがて降参したように前髪をかき上げた。


「それはフランシス本人から聞け。残念ながら俺はそこまで詳しくねぇからな」

「フランを探す理由が一つ増えたね」


 とりあえず今は深く考えず、事実としてそのまま受け入れることにした。


「ねえドルフ、あなたフランに言われて私を探してたでしょ? そこまで必死になるのは何で?」


 特別仲が良さそうでもないフランとドルフが、どうしてそこまで協力するのか興味があった。


「話を聞く限り、ラフィリアをこの世から消すにはお前とフランシスがいないと、どうにもならなそうだからな。まったくの不本意だが、俺はこれからフランシスを探さないといけねえんだ」


 心底嫌そうに長い息を吐いた。


「ドルフもラフィリアの力を消すことに賛成なの?」

「あったりめーだろ! この力のせいで、生まれてから今までクソ迷惑してんだからよ!」

「そうなの?」


 嫌悪感だだ洩れのドルフにリアは目をぱちくりさせる。奇跡の力を持たずに人生を滅茶苦茶にされたリアにとって、その感覚は理解しがたい。


「フランもだけど、これまで生きづらかったり、差別を受けてきて奇跡の力を無くしたいって気持ちはわかるけど、実際奇跡の力があった方が人より優位に立てたり、便利じゃないの?」


 無いよりある方が絶対に良い、そう思えてならない。

 首を傾げ問いかけるリアに、ドルフは神妙な面持ちで目を細めた。


「……お前、フランシスから何も聞いてねーのか?」

「え、ええ。フランは料理人になりたかったけど、大教会に行くしかなかったって。あとは……あなたたちのお兄さんに会った時にちらっと、フランの奇跡の力を無効化する能力がラフィリアへの冒涜ぼうとくうとましがられてる、って聞いたけど……」

「あー、あいつ自分のこと話さないもんな」


 椅子に寄りかかり天を仰ぐドルフ。その顔はフランを思い出しているのか、遠い目をしている。カンテラに照らされ、印影が濃くなっている表情は憂慮ゆうりょかげり、フランへの秘めたる想いが見え隠れしていた。


「多分リアに自分の汚いところを見せたくないからだろうな。かっこつけだな。……俺が教えてやるよ。あいつのことと、ついでに俺のことも」


 顔を上に向けたまま視線をリアに流す様子から、あまり気持ちのいい話ではないと予感させる。それでもリアは逃げるつもりはない。奇跡の力がもたらした闇の部分をしっかり知りたいと、ドルフの言葉を待った。

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