第48話 アードルフ
娼館を出ると、アードルフは扉の前で待っていた。こちらが声をかける前に歩き出してしまったので、無言のままついていく。
なんとなく横へ並ぶのは気が引けるので、半歩後ろを位置取った。
何かされたらいつでも反撃できるよう、気を抜かずに拳を握り締める。フランの弟だからといって、必ずしも味方とは限らない。もしかしたらラフィリアの配下かも知れないのだ。現にフランの兄である騎士長は他の地上人同様、モグラを毛嫌いしていた。
不信感に顔が険しくなっているリアに構わず向かうのは、地底と地上を結ぶ唯一の階段がある市場らしい。迷いのない足は歓楽街の出口を目指している。
道中、アードルフからの視線がちらちらと気になる。前を向いたかと思ったら、こちらを眺め何か言いたそうにして、結局また前を向いてほんの数秒後にリアを見る。それを幾度となく繰り返している。大方、リアの怪我を負った顔について聞きたいのだろうということは手に取るように分かる。
そんなに気になるなら声をかければいいのに、と結局こちらが
「さっきから私に言いたい事があるみたいですけど、はっきり言ったらどうですか?」
強制的に知らない男についていく
「……お前のその顔、」
言いかけたところでアードルフは前方に意識を戻し、足を止めた。それと同時に目付きが他人を寄せ付けないくらい鋭さを増す。
険相を通り越して殺意さえ
「オルコット家の三男、あいつ
「アードルフだっけ? 馬鹿だよな、自分が特別だと勘違いして」
「フランシス共々ばけものの分際で調子に乗ってさ! ラフィリア様もさぞ嘆いていらっしゃるに違いない!」
馬鹿みたいに大口を開けて笑う二人。リアが恐る恐る前に立つアードルフの顔を
リアは近距離からの熱源に驚いて後ずさった。すぐに消えたものの、アードルフは大股で二人の男に近づく。対する男たちはまだ気が付かず、笑い合っている。
「騎士長は優秀なのに、あの二人が足引っ張ってるよな。あの場で大けがを負ったのがアードルフだったら良かったと、つくづく思うんだよ」
「あいつ実際、言うほど強いのか? 派手なだけだろ」
他人を
アードルフは何も言わず、哀れな男たちに近づく。おもむろに右手を横に出し、一瞬で青白い炎の塊を出現させた。急上昇する温度。一抱えほどの塊は壁にぶち当たり、轟音と振動を発生させた。
通路自体が揺れ、小さな石のつぶてが降ってくるのでリアはしゃがんで腕で頭を守る。落盤でもしたらどうするんだ、という恐怖と不服を言えそうな雰囲気ではなかった。
「派手なだけ、とは俺も随分なめられてるな」
土埃の後ろに見える壁は、ごっそりと抉れている。
男たちはアードルフの顔と、人が隠れられそうな大きな壁のくぼみを交互に見て、目の前で起こっている事態を把握しようとしているようだ。口が半開きで情けない。
「お前ら、本人を前に悪口とはいい度胸してんな。俺はそういうのは嫌いじゃないぜ。陰でこそこそするより正々堂々していてな」
脅しのような力を持った言葉に、男たちはようやく失態を正しく吞み込んだ。その顔は青ざめ、唇がわなわなと震えている。
「あ、アードルフ様……! し、失礼いたしました……!」
流れる汗は炎による熱のせいか、はたまたアードルフを前にした冷や汗か。
「今更取り繕うのは無理あんだろ。全部聞いてたんだからよ」
鼻で笑うアードルフは片方の男の胸倉を掴んだ。
「俺は、売られた喧嘩は全部買うからな」
手から溢れる炎は男の服に着火した。恐怖に甲高い叫びを上げる男を地面に投げつける。男は全身に燃え広がる前に消し止めようとのたうち回り、目を血走らせながら喉元に手のひらを
「はっ、何だその水の量は。お前が馬鹿にしたフランシスなら一瞬で消火できるくらいの水を呼び寄せてるってのによ」
アードルフは男を見下す。火を消すことで精一杯の男は言い返す余裕もなく、地面を転がる。もう一人の男も仲間の一大事に水の力を使い、少しずつ鎮火していった。
リアは通路の微震が収まり安全が確保されたことを感じ、慌ててアードルフの元へ駆ける。
ここで大教会の男二人にとんでもない危害を加えでもしたら、こちらの立場が悪くなってしまう。アードルフがどういう人間で、人並の良識を持っているのかはまだ分かりかねるため、さらに攻撃的なことをしそうになったら、どうにかして止めなければならない。男たちの顔が良く見える距離まで近づいたところ、リアはその二人に見覚えがあった。
「あ、あなた昨日……」
アードルフに燃やされ、ぼろ切れのようになった制服の間から赤い肌を露出させて地面を這う男は、昨日リアを激しく殴りつけたその人だった。
炎を消し止め、何とか大火傷は
「申し訳ありません……! まさかあなた様が、アードルフ様のお知り合いだったとは知らず……! 大変な無礼をお許しください! 命だけは、命だけは助けて下さい!」
顔を引きつらせ、命乞いをする様は哀れだ。リアの中で、いい気味だ、と悪い心が芽生えてしまったのは否めない。
隣のアードルフはというと突然謝り始めた男の意味が分からず、
そのうちに男二人はへこへこと頭を下げ、文字通り逃げていった。遠ざかる背中に威厳は到底見出せない。アードルフが追い打ちをかけないか心配だったが、リアの予想に反して呆れたようにその後ろ姿を見送るだけだった。
「何だあいつら。突然逃げて」
「あの人たち、昨日私に乱暴したの。……この顔の傷を作ったのは、あなたが火を点けた男の人」
リアの言葉にアードルフは
何を思ったか正確には分からないが、どうやらアードルフという人間は大教会に嫌悪感を持っているらしい、ということは何となく理解できた。
ということはフランと似たような
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