【番外編】信頼と信用 フラン5

 まさかリアが頭上から登場するとは思っておらず、驚きはしたものの、危なげなく受け止めた。

 横目で治安兵がカフェへ突入するのを確認したところで腕からリアを降ろし、群衆が自分に対して求めている正解を与えるため、目尻を下げ優雅に手を振った。

 隣ではリアが不満を体全体から発している。恐らく自分に対し調子が良すぎるとでも思っているのだろうと、フランは型破りなお姫様の心の内を想像する。


 ここは強引に巻き込み、はぐらかして後々の言及を最小限にするのが賢明だと、心配そうにリアをのぞき込んだ。


「大丈夫ですか?」


 周囲に聞こえるように問えばリアも無視はできず、一瞬目が険しくなったものの、ちょっとしたお芝居に付き合ってくれるようだった。


「ええ……あ、ありがとうございます……」


 ぎこちなく途切れるのは事件での動揺、といった風に人々の目には映り、頭を下げるリアを同情する声もちらほら投げかけられた。


「もう大丈夫です、お嬢様。ここには大教会屈指の治安部隊がいらっしゃいますので。おそらく誘拐されそうになったのでしょうが、正しく裁かれることでしょう」


 観衆を意識し、声も身振りも大げさにする。極めつけに気障きざ過ぎるくらい眩しく決め顔をし、調子に乗ってリアの肩に手を置いてみたところ、若い女性たちから黄色い声が沸き上がった。真っ向から受けている当人のリアはちょっと怖い顔をしていたが、それは予想の範疇はんちゅう

 温度差で結露が起きそうだ、なんて変なことを考えていると、混乱が収まらない式典会場から、怒りのままヒールを打ち鳴らしこちらに向かって来る女性を目の端に捉えた。

 少し離れたところで治安兵を指揮しているボーマンをちらりと見れば、苦渋の決断といった風に重々しく一つ頷いた。


 それを合図にフランは、怒り心頭に発しながら人だかりをかき分ける女性に、自分の力をそっと纏わりつかせた。そのまま侵食させていくイメージで、偽りの姿を作り出す奇跡の力を自分の力で書き換えていく。深紅のドレスを纏った仮初のキーラがぼんやりとかすむ。

 みるみるうちに姿が変貌へんぼうしているが、本人は気が付いていない。数日前にこの場で発生したひったくり被害者だった女性の姿が顕在けんざいしていく。変化の一部始終を目撃するリアの目が驚愕で真ん丸なのが、フランにはおかしくてたまらなかった。

 迫る女性は、まさか自分の姿が変わっているなんて夢にも思っていないのでキーラになり切り、恥も外聞も無く怒鳴り散らす。


「ちょっと! あなたあたしの護衛を放っておいて、その女を助けるなんて職務怠慢もいいところだわ! お父様、この人を処分して!」


 指さされるままフランはボーマンに今後をゆだねる。

 部下に指示を終えたボーマンは、満を持して女性の前に進み出た。重責を背負う者特有の威光に、空気が張り詰める。


「残念ながら、あなたに父と呼ばれる筋合いはないな。私の娘は、キーラ一人だけだ」


 キーラの亜麻色の髪とは似ても似つかない金髪を見つめながら、低くうなる。


「何を言っているの?」


 訝し気に声を潜めるが、まだ自分を疑ってはいないようだ。リアが分かりやすく珍妙ちんみょうな目つきをしているというのに、洞察力の低さがあだになっている。


「一度、自分の姿を確認してみてはいかがでしょうか?」


 すまして一言添えれば、女性は「はぁ?」と短く聞き返すが、それには答えない。ここから先は自分で自覚してもらう。


「この女性を連行しろ」


 ボーマンの重苦しい声が命令を下し、連れていた兵の二人が女性を両脇から取り押さえる。

 しばらく暴れていたものの、ふとした拍子に髪飾りが取れ、まとめていた長い金髪がふわりと広がった。それが意味する事実を悟った見知らぬ女性の顔から、みるみるうちに血の気が引いていった。


「我が娘に化けていた事、詰所で詳しく聞かせてもらう」


 覆すなど不可能だと思わせるほど明朗な通達に、女性はもはや言い逃れなどできないと肩を落とし、大人しく連行されていった。


「フランシス君。協力、誠にありがとう。これで一連の事件について進展が見込めそうだ。……我が娘が関わっていた事は非常に残念だが、しっかりと罰を与えるつもりだ」


 思いつめたようなボーマンを少しだけ哀れに思い、フランは深々とお辞儀をした。


「ボーマン様のお役に立てて何よりです。それでは私たちはこれにて失礼いたします」


 これからマシューもキーラも捕まり、その仲間も全員捕まるはずだ。

 こういうのは、面倒ごとに巻き込まれる前にいさぎよく撤退するのが正解。


「リア、行くよ」


 丁度、カフェから本物のキーラとマシューが治安兵に伴われ出てきたところだった。それに見とれるリアを小声で呼び、先を行く。

 間を置かずついて来るのを確認して、フランは騒然とする公園を大教会に向かい、道中の花壇に咲き乱れる花々を満喫した。


 公園の敷地を出てしばらく。式典の余波がまったくなくなった道端で、フランはリアを振り返った。


「キミねぇ、なんで上から降ってくるの? 危ないと思わない? 僕が間に合わなかったら、助からなかったかもしれないんだよ?」


 これ見よがしに大きくため息をついてみるが、実際間に合わないなんて可能性は初めからなかった。

 それが余裕となって言葉の端に表れていたのか、リアは眉を吊り上げて詰め寄る。


「フラン! 今日私をここに呼んだのは誘拐犯のおとりにするためね!?」

「あ、ばれちゃった?」


 青い空に目を逸らし、白々しく笑ってわざと火に油を注いでいけば、思った通りリアは怒りを上手に表現して唇を尖らせる。本当に見ていて飽きないな、とフランは未知の生物に対するような好奇心をくすぐられる。


「人の扱いが悪すぎ! あのまま私が誘拐されてたら、どうするつもりだったのよっ!」

「助けに行くよ」


 軽く即答する。その根拠はちゃんとある。


「僕は自分にできないことは提案しないし。キミがどうなっても必ず僕の手元に戻せる自信があるからね」


 自分の力量はしっかり把握しているので、過小評価も過大評価もしていない。どうだ、と言わんばかりに胸を張れば、リアは腰に手をあて、迫力に欠ける威圧を武器に容赦なく非難めいた声を上げる。


「私の無事は保証されてないでしょ、それ。さっきのだって私が地面に激突して、足とか手が吹き飛んでも生きてればよし、みたいな」

「あはは」

「ほらやっぱり人でなしっ!」

「冗談だよ。リアに怪我させる気はないよ」


 感情を露わにぶつかってくるリアに、フランはその熱を冷ますよう穏やかになだめる。ここは道端だ。リアの高ぶる感情につられ、通行人がちらりとこちらに目をやり、通り過ぎていく。

 リアは注目を浴びてしまったことに気付いて羞恥心しゅうちしんに襲われたらしく、ふんっと鼻息荒くそっぽを向いて黙った。

 この空気を動かしてあげるため、フランは止まっていた歩みを率先して再開させ大教会を目指す。


「さて、式典はめちゃくちゃだし、きっと今頃誘拐犯たちは捕まっているだろうし、帰ろうか」


 言うなり歩き出せば、リアは追ってくるはずだ。


「ねえ、そういえばカフェへ治安兵が突入したの、ずいぶん手際が良くなかった?」


 予想通り横へ小走りで並び、いぶかし気に眉を歪めながら顔をのぞき込まれた。その様子は幼子のように純粋で、こちらも打算を忘れられる。


「おっ、いいところに気が付いたね。リアは探偵とか向いているね。今回の件だけど、まあ単純で、初めからキーラ様のお父上であるボーマン様に何から何まで報告していたんだよね」


 リアとは対照的、他人を陥れようというよこしまさしかないキーラを思い出しただけでうんざりする。

 キーラの悪友を探って欲しいと依頼されてからというもの、少しでも気になることがあればボーマンに逐一ちくいち報告をしていた。リアから聞いたキーラの話も、自分が怪しいと踏んでいたマシューの事も。マシューの部下に会うため牢屋に行った時だって、ちゃんと了承を得ている。だから透明になって忍び込む手筈は、詰所にいた全員が知っていたのだ。

 ボーマンは聡明かつ柔軟に対応ができ、話しが通じる人だ。それもあり、事はすんなりと運んだ。


「え、じゃあ私がキーラさんの使用人のふりをして、あやしい関係の情報を知ろうとしたことも?」

「もちろん。だからキミは屋敷でも、キーラ様以外には不当な扱いは受けなかったはすだ」

「それならそうと言ってよ……私の気が楽になったじゃない」


 ため息の混じる悲嘆に、フランは自信を持って自分の理論を展開する。


「だってそれをキミに伝えたら、リアリティがなくなるだろう? それにしてもその服、キミに良く似合っているね」

「私の趣味ではないけどね」


 強制的に話題を変えて責任から逃れようとする。それを受けるリアの反応は上々。上手くはぐらかすことができた。

 実際、ドレスがとても似合っているのは嘘ではない。大きなえりの付いた薄桃のドレスは全体的にボリュームがあり、丸みを帯びたデザインかつ、ふんだんに白いレースが使われていて、可愛らしさを前面に押し出している。肉付きが良くないリアの体型を上手くおぎなっているため理にかなっている。

 しかし本人は憂鬱ゆううつそうに、はぁーっと息を吐く。着たい服と似合う服が相違している葛藤かっとうが垣間見えた。そんな姿を前にすると、ついからかいたくなる。


「またキーラ様について何かあったら、優先してリアに調査をお願いするね。……ばっちり似合う服も支給されるし、メリットしかないよね」

「ほんっとフランって意地悪い! もう絶対こんなのはいやっ!」


 騒ぐリアを置いていくように速足で聞こえないふり。

 頬を膨らめ、むすっとしながらもついてくるリアを横に、めんどくさい仕事の終了を実感しフランは一つ大きく伸びをした。今日は力をたくさん使ったからお腹がすいたな、と近づく昼食の献立を頭の中で精査する。


 空は晴天せいてん、今日も自分の想像通り面白い日だった。




【番外編】信頼と信用 完

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