【番外編】信頼と信用 フラン4②

 乱雑な室内にいるのはざっと二十人ほど。皆、少年の帰還にざわついている。それもそうだろう、捕まったはずの人間がここにいるのだから。


「こいつ俺に乱暴したんだ!」


 自分の仲間と縄張りに安心したのか、少年が元気を取り戻しわめき出した。一目散いちもくさんに駆け出し、フランを入口に置き去りにする。相対あいたいする少年に指さされ、十を越える人相の悪い視線に射抜かれるが、フランは少しも動じない。


「初めまして。僕、その方にあなた方のかしらに会わせてもらうよう約束して、ここへ来たんです。会わせていただけませんか?」


 完全に室内に入り、律儀に扉を閉めた。自らの退路を断つほど自信があるということに、この中の誰か一人でも気づくだろうか。


「それは無理な話だな!」


 一人の嘲笑ちょうしょうを合図にして、一斉にそれぞれが知る限りの罵倒と冷笑が爆発した。そんな低俗なやり口に付き合っている暇はないので、フランは聞き流しながら辺りを見回し、奥へ続く入口を見つけ出したのでそちらへ歩む。


「おっと、勝手にされちゃ困るぜ」


 フランの倍はあるのではないか、という立派な腕をした丸刈りの男が立ちはだかった。いちいち相手をするのはめんどくさかったが、気は長い方なのでもうしばらく丁寧に接することにした。


「ここにあなた方のボスはいませんよね。会わせてください」

「大教会の坊ちゃんは命知らずだなぁ!」


 近くのテーブルに置いてあったナイフを手にして、顔の前でひらひらと振る。その程度で脅しになると思っているのがフランには滑稽こっけいだった。

 挑発も兼ねて、うんざりしたように息を吐けば皆が皆、色めき立ち武器を手にする。面白いくらい単純な行動に、もはや愛おしさが芽生えてしまう。こちらから手を出す気は無いので、何も言わず真顔で気が済むのを待っていると、この場全員の悪意が注がれた。

 皆、やる気は満々。大人しくするという選択肢が選ばれなかったことに、フランは大げさに肩をすくめてみせた。


「まあ僕、本当にお坊ちゃんで、喧嘩とか野蛮だしあまり得意ではないんだけど。仕方ないなぁ、じゃあみんなでかかってきて。まとめて相手するから。刃物でも鈍器でも素手でも、もちろん奇跡の力でも良いから」


 恐怖の片鱗へんりんも見せないフランに、この場全員の頭に血が上ってしまったらしい。誰かの雄叫びと共に乱闘が開始された。

 振り抜かれる拳、渾身こんしんの力で下ろされる剣。炎で焼こうと奇跡の力を使う者。

 それぞれ全力を尽くしているが、フランは一歩も動かず、すべての攻撃を防ぐ。

 自分を覆った薄い水の膜に、衝撃が加わると固い氷に変わるよう細工さいくしてあるので、物理は四方のどこにも隙が無い。そして奇跡の力は届く前にすべてかき消している。

 実を言うと、フランは奇跡の力の流れをる事ができる。六個目の力として数えてもいいのかもしれないが、地味なのであまり口外していない。知っているのは弟のアードルフくらいだ。

 この能力を使えば相手が力を試行するのが分かり、効率的にかき消すことができる。


 生半可な攻撃ではよろめかせることさえできないフランを前に、意気込んでいた者たちは次第に及び腰になっていく。


「ば……ばけもの……!」


 誰かの上ずった叫びが総意を伝える。

 周囲には血飛沫ちしぶきが散り、傷ついた者たちが転がってうめき声を上げている。

 ちなみにフランからはまったく手出しをしていない。怪我を負ったのは同士討ちだ。寄ってたかってフランに迫り、武器を振り回すのだから、こうなるのは当たり前だ。


「ボスはどこ?」


 満を持してもう一度尋ねれば、自身の後ろ、親玉がいると睨んだ廊下の先から強い力を感じた。

 奥の暗がりに力の凝縮が見える。何かしらの攻撃、恐らくこちらを傷つけるものだと、そこまでわかった上でフランは避けなかった。

 この状況で出てくるのは十中八九お目当ての人物だと踏んで、フランは向かい来る風の刃で頬を浅く切り裂かれた。


 これまで無敵だったフランから滴る血液は、悪人たちの威勢を取り戻すには充分だった。さすがボス! といったような安堵の混じった称賛が伝播でんぱしていく。

 これは油断させるため打算的にやったものだし、傷は治そうと思えば綺麗さっぱりなくせるし、愚かだなあ、という本心は隠して廊下の先を見据える。


「何の騒ぎだ?」


 現れたのは金髪碧眼の見目麗しい青年だった。リアの言っていた、キーラといた男の特徴と一致している。

 やはりキーラが怪しい団体とつるんでいるのは間違いなさそうだ。

 それと一つ気になることがある。この金髪男の体に力が薄く纏わりついているのだ。

 フランは複雑かつ緻密な現象を前に、力の流れを視る力と、奇跡の力を打ち消す力を掛け合わせ、自分にだけわかるようにその正体を暴く。


(はぁぁ、そういうことね)


 すると、とんでもない事実が発覚したのだ。

 この男の正体は、大教会治安部隊の新人、マシューだった。


 浮かび上がったマシューの姿にフランは一人うんうん、と頷く。

 マシューは今この国を不安の渦中かちゅうに陥れる誘拐グループの頭で、次のターゲットはリアだと確信した。


 どうやら知らず知らずのうちリアに『代々大教会の中枢を担う名家出身の自分が側に置いている人間』というはくを付けてしまっていたらしい。オルコット家はこの国で国主の次に地位が高い家柄なのだ。領地を治めている貴族よりさらに上の位になる。リアは知らないようだが。


 キーラが食事に誘ってきたのも、リアの存在を確認するためだったのだと合点がいった。

 きっとキーラは誘拐犯の仲間として、治安部隊隊長が持つ治安兵の配置情報などをマシューに流し、捕まらないようにしていたのだろう。

 すべて繋がってとても清々しい。ここまでくれば、あとは最終仕上げに取り掛かれそうだ。


「あなたの部下が治安部隊に捕まっていたのを、僕が逃したんです」

「俺はこいつに拷問されたんです!」


 落ち着き払うフランと声高に語る少年。

 マシューは双方を沈着に見て、低く発する。


「……てめぇの目的はなんだ」


 フランの目には大教会の後輩であるマシューが視えているが、マシューは姿を変え、別人として振る舞う。とんだ茶番で笑い出してしまいそうだ。


「最近、誘拐事件が頻発しているので、少し気になって自分なりに犯人を見つけ出そうとしていたんですよ。あ、大教会のツテとかは使ってないんですけど。本当に一人でなんとなく」

「俺たちがその誘拐事件の犯人だってか?」

「まだそこまでの確証はないですね。だから、こうやって確かめるために今ここへ来ているんですよ」

「何かわかったのか?」

「ええ。おかげさまで、とっても面白い事実を知ることができました」


 ――あなたが大教会に紛れ込んだという、とんでもないスキャンダルを。

 付け足した心の声はまだ外に出すべきではないので、場違いな笑顔で締めくくった。

 周りを囲む外野がざわつき、マシューは鋭い目つきでこちらの魂胆こんたんを探ろうとする。


「何がわかったってんだ?」


 低音が空気を震わせる。


「それはあなた方に言ってもわかってもらえないので、言いません」


 こんな悪い集団の一番上が大教会治安部隊の新人で、さらに治安部隊隊長の娘も手の内に入れているなんて中々濃い。一見すると嘘のような話だ。

 何人かがフランに襲い掛かろうとするが、マシューが小さく手を上げ制止する。


「……お前はこれからどうする」


 マシューは、これだけの人数を統率するのに必要な冷静さを持ち合わせているようだ。一方的ではあったが、フランとのいざこざによって負傷した仲間を目の端で確認し、ここで戦うのは無駄な犠牲を増やすだけだと心得ている。


「あなたたちが誘拐のプロであるとしたら、頼みたいことがあるんですよ」


 マシューたちの次なる標的は間違いなくリアなのだから、そこにつけ入ろうと今考えついた作戦を早速実行する。ここからは大きな芝居だ。

 一旦言葉を切れば、マシューは無言で先をうながす。


「最近、治安部隊隊長の娘、キーラ様に僕の大事にしていた女の子をあげちゃったんです。飽きたと思ったのですが、やっぱりいなくなると惜しくって。それを取り返すのを手伝ってもらえませんか?」


 恥ずかしさを隠すような苦笑を見せる。


「馬鹿だな。女なら探せばたくさんいるだろ」

「その子じゃないと駄目なんです。何せ……とっても珍しい力を持っていますから」


 言いにくそうに間を取り、目を泳がせて語尾を小さくしていけば、言いよどむ先に何があるのかと、相手は食いついてくる。


「ほう……つまり、お前は俺たちがその女を誘拐すればキーラもすんなり諦めると、そう考えているんだな?」

「話が早くて助かります。僕からキーラ様に贈り物を返して、なんて言ったらかっこ悪いですし、一悶着ひともんちゃくありそうですから」

「その貴重な女を助けてやってもいい。値段しだいでな」


 筋書き通りの展開にも気を抜かず、頭の先から指先、足先まで神経を尖らせる。いいカモを見つけた、と言わんばかりの意地汚い顔をするマシューにフランは意を決したような真っ直ぐな表情を作り、前に進み出る。


「二百万シトロでなんてどうでしょう? ここにいる全員で分けても充分だとは思いますが。……これはほんの少しですが、前金です」


 ズボンのポケットに手を入れ、持っていた紙幣五枚を握らせる。

 ぐしゃぐしゃかつ、変な折り目が付いて見た目はがっかり仕様だが、れっきとした一万シトロ札だ。


「わかった。協力してやる。もし金を払わなかったり、逃げ出そうとしても無駄だぜ。どこまでも追いかけてやるからな」

「そんなことはしないですよ。僕にはあの子が必要ですから。……救出の方法ですが、治安部隊式典の日、会場となる公園に一人で来るようその子に手紙を出しますので、その先はあなた方に任せます」


 マシューは当然リアの特徴など知っているが、知らない体で細かく伝え、当日は自分も会場にいてキーラの護衛をしていることなどを事細かに教える。

 きっとマシューはフランを、女にほだされ重要機密情報を簡単に漏らす、おろかな男だと思っているに違いない。悦に入ったようににやつく顔が数日後、どう変わるか今から楽しみだ。

 式典終了後にマシューの部下がフランを誘導し、リアを引き渡すと約束してすんなりと誘拐犯のアジトを後にした。


 大教会に帰る道すがら、フランは先程わざと当たった風の刃によってできた傷を癒そうと手を頬にかざしかけ、また下ろした。


「危ない危ない、これを治したらマシューに僕の強さがバレちゃうね。でも数日間、顔に傷を作ったまま過ごすのはちょっとかっこ悪いなあ。まあ仕方ないか」


 自分のイメージを気にはするが、そこまでこだわりもなく、フランはもうすぐ終わる事件の結末に思いを馳せ、夜の散歩を楽しむ。

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