【番外編】信頼と信用 リア3②

「こんにちは、マシューさん。こちら、リアさんです」


 猫を被っているフランは優しく挨拶をし、丁寧にリアを手で示す。少し癖のある茶髪の男性はリアのすぐ横に立つと、嬉しそうに話し始めた。


「初めまして、俺はマシューと言います! 少し前から大教会に勤め始めたので、フランシスさんの後輩になります」

「リアと申します。よろしくお願いします」


 マシューの勢いに押され気味になりながらも軽く目礼すれば、これまた十倍はある大きな反応が返された。


「思った以上に可愛い子でびっくりです! おまけに声まで可憐かれんだなんて!」

「いやいやいや! 可愛いなんてそんなっ」


 これまでそんな盛大に褒められるなんて無かったので、リアの顔は熱を帯びる。

 お世辞だというのはもちろん理解している。顔は平凡で、声も特別綺麗なわけではない。


「こういう時は素直に、ありがとうと言っておくべきだよ」


 慌てふためき全力で謙遜けんそんすれば、それまで黙っていたフランがさりげなく助け船を出してくれた。フランは褒められ慣れているから、そんなことが言えるんだ! なんて捻くれた照れ隠しが飛び出しそうになるが、それを今言ったところでこの場の空気がおかしくなっていくだけだ。まずは落ち着こうと深呼吸を一回、二回。その間にマシューは店員を呼びコーヒーを注文し終え、椅子までお願いしていた。どうやらこの二人用のテーブルに無理やり入り込むらしい。


 すぐにコーヒーと椅子が届けられ、マシューはリアとフランの横からそれぞれを見渡すように着席し、だしぬけに熱量強く話し始めた。


「リアさんはフランシスさんと暮らしているんですよね!?」

「あー、えーっと、なんか多分マシューさんが期待しているのとは違うと思うし、今は私キーラ様の使用人で……」

「僕が彼女をキーラ様にプレゼントしたんですよ」


 しどろもどろになるリアに、すっぱりとフランは補足する。まるで営業トークのような、はきはきとした口調と内容が合っていない。

 これにはマシューが面食らう。


「え? プレゼント?」

「そう、プレゼント。ほら、よく女性にバッグとかプレゼントするみたいなやつですよ」

「あはは……」


 見たこともないような変な顔をするマシュー。リアは取りつくろうように笑い声で場を繋ぐ。


「ふ、フランシスさん、人間は贈り物にならなくないですか……?」


 マシューの目が、こいつ正気か? と如実にょじつに語っている。


「そうですか? でも世の中には誘拐して人身売買なんてものも残念ながらはびこっていますし、人間も贈り物として充分通用するのではないかと考えたのですが」


 本気か冗談か、どちらとも取れる曖昧あいまいな苦笑と共に、フランはフルーツがたくさん乗ったプリンアラモードのクリームをスプーンですくい、それに無断で乗るマシューの冷めた瞳の色を何事もなく飲み込んだ。


 水面下で繰り広げられている戦いの一端が垣間見えたが、自分の身の振り方まで考えられるほどリアは心理戦に長けてはいない。ここは黙っておくのが得策だと、何も気づかなかった設定を頭の中で念じ、苺が敷き詰められたケーキをつついた。甘酸っぱくて頬が落ちそうな程美味しい。

 幸せを噛みしめるリアの横で、マシューは困ったように笑った。


「人身売買と女性へのプレゼントは違うと思いますが」


 その後、表面上なごやかにお茶会は進んでいった。フランとマシューが抱える任務なども、ここで初めてマシューが詳しく教えてくれた。二日後、治安部隊の式典があり、それにキーラが出席し、さらにはその護衛をフランとマシューが担当しているなんて、リアは今の今まで知らなかった。フランもキーラも話してくれなかった現実に、マシューのなぐさめが悲しく響く。


 マシューは取り留めのない話題を広げる達人で、前のめりに話し、時に喋りすぎたと慌てて口をつぐむが、数分と経たないうちにまた喋り出す。

 マシューの問いかけにフランやリアが答えるという時間が過ぎ、気が付けば日が傾いていた。カフェの客もまばらになり、空席が目立っている。

 お開きとなり、成り行きでフランがマシューのコーヒー代もおごることになったのだが、リアには分かってしまった。これは、フランはかなり苛々している、と。


「フランシスさん、コーヒーごちそうさまです!」

「いえ。マシューさんも遠慮しないで、もっと食べても良かったんですよ」


 清すぎるオーラをまとっている時は、心の中では正反対の気持ちを抱いている。後輩とはいえ、怪しい人物には飲み物一杯ですらお金を落としたくないと、そんな釈然としない心持ちだろう。

 少しは同情するが、そこは割り切ってもらうしかない。

 三人で夕陽が照らす遊歩道に出て、それぞれの帰路に足を向ける。


「マシューさん、彼女をキーラ様の屋敷まで送り届けてくれませんか?」


 別れの挨拶をしようとしたまさにその時、フランは静かに提案した。


「え?」


 それにリアとマシューの驚きが重なった。


「私は一人で帰れるから大丈夫よ」


 今日会ったばかりの人と道中を共にするなんて、間が持たなくて苦痛になるのは目に見えている。それに何より、怪しそうな人物と二人きりにはなりたくないので、やんわりと断る。


「そういう役目はフランシスさんでは!?」


 マシューも声を上げ、もっともな意見をするがフランは取り合わず、ゆっくり歩き出している。


「僕、これからやる事があるんですよ。だからお願いします。もし誘拐なんてされたらキーラ様にあげたとはいえ、なんとなく寝覚めが悪いですから」


 片目をつぶり懇願するフランに、マシューは考え込むような難しい顔をして言葉を詰まらせる。この時ばかりはマシューの応援をするが、その期待も虚しく、やがて大きなため息をついた。


「しかたないですね……。フランシスさんにはお世話になってますし、送っていきますよ」

「ありがとうございます」

「ええっ! 大丈夫ですって! 悪いですし!」


 私のためにそこは辞退してください! と拒絶したいが、さすがに失礼すぎる。


「万が一の事があったら困りますから、甘えてください」

「マシューさんの言うことを聞いてね」


 フランは手を振って、すたすた歩いていってしまう。一度も振り返ることはなく、橙色に彩られた遊歩道の先に消えた。

 どうして不審な人と二人にさせるのか。相変わらず配慮の無い対応に、はらわたが煮えくり返る思いだ。


「さて、俺たちも行きますか」

「すみません……。よろしくお願いします」


 何とも気まずいひと時が始まった。

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