【番外編】信頼と信用 リア3①

 事態が動いたのは、フランとの密会から二日後だった。

 いつものようにキーラに呼び出され部屋におもむけば、こちらを射すくめるように荒々しい靴音を立てて迫って来た。閉めた扉に縫い付けるくいのような鋭い視線がすぐ近くにある。

 何事かと自分の行動を振り返ってみるが、特に失敗をした覚えはない。リアは眉をひそめキーラの言葉を待つ。


「はい。これフランからあんた宛てよ。あんたに会いたいんだと。……宛名の人以外開けられない特殊加工までして、一体何のつもりかしらね」


 刺々しい態度で、風切り音を立てながら差し出された手紙。受け取らない選択肢は無く、片手にそれを収めれば、中を見るように顎で合図された。

 封書の表にはリアの名前。差出人はフランだ。

 すでに開封済みの中には、二つ折りの便せんが一つ。目の吊り上がったすごい剣幕のキーラに監視されながら手紙を開けば、紙の大きさに対して随分と短い文が綺麗な字でつづられていた。


『親愛なるリア様

大切な情報を掴みました。何とかしてキーラ様の元を抜け出して来て欲しいです。

今日、十五時にカフェ星くずで待っています。

あなたの大切なフランより』


 瞬間的にびりびりに破り捨てたい衝動に駆られるが、鼻から大きく息を吸ってきつく奥歯を噛みしめ、なんとか平常心を保った。

 言いたい事は世界一高い山以上にある。フランは人を追い込んで楽しむのが趣味なのだろうか。


(なにこれ、これじゃ私がフランと共謀しているみたいじゃない! 私が潜入調査しているみたいな書き方して! 実際そうだけど、こんなあからさまに! それに何!? 最後の名乗りは! キーラさんに誤解を招くようなこと書いてっ!)


 手紙から恐々こわごわ視線を上げれば、敵意むき出しの目が容赦なくて怖い。

 これは勝手にフランがやっているだけだと弁明したいが、切々と語ったところでキーラは信じないだろう。実際、リアはフランに買収されている。嘘があまり得意ではないので説得力を欠き、悪い方向に転ぶのは日の目を見るより明らかだ。


「今から暇を出すから、ぜひ行ってあげなさい。使用人にもたまには休みが必要よね」

「あ、ありがとうございます……」


 これ以上刺激したら、冗談ではなく本当に噛みつかれそうなので従順に礼を言い、たった今入ってきた扉からいさぎよく退出した。


 廊下に出れば緊張の糸が切れて、大きく息を吐き出した。本当にフランは自分以外を人形かこまだとしか思っていない。人の心を持っていたら他人を窮地きゅうちに立たせようなんて、そんな卑劣な考えには至らないはずだ。もしキーラが逆上し、リアに危害を加えられたらどうするつもりだったのだろうか。

 こういうのは一人で悶々と考えれば考えるほど、怒りが増してくる。

 当人に不満をぶつけてやろうとリアは鼻息荒く、白地に黒の花模様がちりばめられているドレスをひるがえして階段を駆け下りた。


 慣れた道を肩で風を切るようにしながら大股で闊歩し、カフェ前の遊歩道に出た。午後の公園は、散歩する人でそれなりに賑わっている。テラスに目をやれば、一番手前の席に座るフランと目が合った。のんきに手を振る姿に、リアは口を引き結び走って店内へ入る。お茶時ということもあり、混み合っている店内を足早に抜けてフランの待つテラスへ出た。振り返り手招きをする姿は、やはりちっとも悪びれていない。


「やあ、元気そうだね」

「私はそんなほがらかな気分じゃないわよ!」


 遊歩道に背を向け座り、息を整える暇なくリアは手でテーブルを打ち鳴らした。その衝撃で端に積んであった皿が音を立てる。


「何あの手紙! キーラさん、内容見て私のことすっごい怖い目で見てきたのよ! フランが何かしら企んでるってばれたし、私がそれに加担しているって思われた!」

「リアが僕に加担しているのは間違いではないだろう? それにあれはキーラ様が見ると思って、わざとああいう感じで書いたんだ。僕の思い通りに事は運んでいるから問題ないよ」


 寄せては返す波のような、ゆったりとした抑揚で語られる内容にも心は動かない。


「何それ! あなたに操られてるなんて、最上級の屈辱っ!」

「まあまあ、ケーキ食べようよ。僕、今から二周目なんだ」


 メニュー表を前に差し出されれば、そちらに目が行ってしまうのは意思が弱いのではない。不可抗力だ。

 とりあえずフランへの地味な嫌がらせとして、一番値段が高かった苺のケーキと、最高級の豆を使っているというコーヒーを注文した。しかしフランはフルーツタルト、チョコレートケーキに、よりすぐりのぶどうを使ったもの、プリンアラモードにシュークリームを次々と注文したので、リアの努力はかすんでしまった感が否めない。


「さっき二周目って言ってたけど、お店のケーキ全種類食べたの?」

「うん。ここは種類が多くて楽しいよね。今日は十五種類あったから全制覇」

「えっ……」


 フランの手元にはミルクティーのカップがあるが、その隣にはシュガーポットが置かれている。かなりの甘党であるのは知っていたが、まさか大食い属性まであるとは。人は見かけで判断できないと慄く。


「まあまあ。それは良いとしてさ、今から大切なことを言うから、それを聞いた後、間違っても振り返ったりしないでね」


 言い聞かせるような口ぶりだが、態度に深刻さは無く、世間話をするような雰囲気だ。続けられる言葉がどんなものなのかは想像もつかない。


「キミ、尾行されてるよ」

「っえ、ええ!?」


 本当は大声も上げない方がよかったのかも知れないが、言いつけ通り後ろを振り返るのは気合で避けた。つけられているなんてまったく気づいていなかったので、緊張から体がこわばる。こんな人目に付くところで襲われたりはしないだろうが、どうして自分が、と頭は大混乱だ。


「相手もようやく動き出したようだね」

「どういうこと? フランにキーラさんから会いたいと手紙が来たから、その真意を探るっていうのが今回の仕事でしょ……?」


 自分の認識を今一度確認するため声に出してから、平和的笑顔のフランに答えを求め、胡乱うろんな目で挙動を追う。


「うん。その認識で合ってるよ」


 大雑把に言うと、と小声で付け足され、リアは苦い顔をするしかない。どうやらこの話はそんな単純ではなかったようだ。それを知らされもせず今まで動かされていたことに、もはや怒りは湧かない。ここまで巻き込まれたら、もう降りるなんてできないではないか。

 フランは情報を小出しにし、リアを当事者にして逃げ道を無くすという意地悪なやり方をする天才だ。厄介な人、と項垂うなだれたところでフランがカップを手に取った。


「リア」


 ごく自然に名を呼ばれ顔を上げると、フランはカップに口をつけ、もの言いたげに視線を右側へ流す。


「ご注文の品、お持ちしました!」


 そこには、カフェによくいる元気のいい女性店員が立ち、手際よくケーキとコーヒーをテーブルに並べていった。

 この人が何なのだろう、と気になるがリアにはフランの意図が分からない。恐らくこの店員に対し、何か言いたいのだろうが、残念ながらそこまで察しは良くない。

 疑惑の店員にお礼を言い、コーヒーを一口飲み込む。無言でフランに説明を要求するが、突然フランの背後からこちらへと大きく手を振る人影が現れた為、意識はその人に持っていかれた。


「フランシスさん! 外から見えたので来ちゃいました。もしかして、そちらがうわさの彼女さんですか?」


 よく通る声にフランはあちゃー、と言わんばかりに舌を少しだけ出してから余所行きのきりっとした顔に戻し、半身を捻ってリアの知らぬ人物を親しげに迎えた。

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