【番外編】信頼と信用 フラン2
リアをキーラにプレゼントした翌日、フランはキーラの父であるボーマンに呼び出された。
今回の一件は、聖都ラフィリアを守る大教会治安部隊隊長ボーマンたっての依頼なのだ。
キーラから食事に誘う手紙が届いた時点で、ボーマンには確認を取った。
向こうから誘って来たとはいえ、さすがに未婚のご令嬢を勝手に食事に連れ出すなど、後々面倒なことになるのは目に見えているからだ。その際、切り出された話が今回の件に繋がる。
要約すると、娘キーラがどうやら悪友とつるんでいるようだが、それを
本当は嫌だったが貴族社会のしがらみや、その他
今日は何を言われるのだろう、と
話しをした事もなければ、顔も知らない人からそのような態度を取られて、気分は良くない。
いったい僕の何を知っているの? と聞いて回りたいが、そんなやり取りを出会う人全員にするのは現実的ではない。フランは苛立ちに諦めで
中には
目尻の下がった温和な顔の主は、自分が早かっただけだ、と和やかに頷く。応接室には大きなソファとテーブルがあり、ボーマンは腰を上げ、入口で頭を下げるフランをゆったりと出迎えた。一つ気になるのはボーマンの隣にいる若そうな男性だった。癖のある茶髪のその人は大教会の制服を着ているものの、知った顔ではない。
「ごきげんよう、ボーマン様。……失礼ですが、そちらの方は?」
「ああ、こちらはマシュー君というんだ。今回、彼と共にやって欲しい仕事があって、今日はわざわざ来てもらったんだ」
思っていた事柄と違って、
しかし何を思っていたとしても、愛想笑いは欠かさない。
「初めましてオルコット様! マシューと申します! まだ大教会に来て日が浅いですが、かの有名なオルコット様と共に仕事がしてみたくて、今回ボーマン様に頼み込み機会を与えて頂きました! よろしくお願いいたします!」
「フランシス・オルコットです。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
フランの前に
かの有名な、ねぇ……。大半が根も葉もない悪い
どちらからともなく手を離すと、ボーマンはソファへ誘った。テーブルを挟むようにして置かれるソファに、ボーマンとフランは向き合って座り、マシューはフランの隣を選び、腰を落ち着けた。
それを見届けたボーマンは前のめりになり、フランとマシューを交互に見つめる。
「二人には数日後に控える治安部隊の式典で、我が娘キーラの護衛を担ってもらう」
自分に護衛の任務が下るとはどういう了見だろうか、というのが正直な感想だった。大体そのような仕事は治安部隊に所属している者がやる。話の内容から、マシューは治安部隊の新人だろうが、組むにしても自分が適任だとは到底思えない。愛想を崩さないまま「大役を
それを特に咎めないボーマンは人が良く、何かを
しかしこれ以上の疑いは、この場では無意味になる。ひとまず頭の片隅に保留し、ボーマンとマシューに話の主導権を握らせ、流動的な対応に切り替える。
数日後にある治安部隊の式典は、隊長であるボーマンの就任十周年を
ボーマンが当日の特設会場の位置などが書かれた見取り図を取り出し、大まかな治安兵の配置を説明していく。詳しくは後日、また改めて話しがあるらしい。
応接室を
◇ ◇ ◇
「改めまして、共に仕事することを了承いただき、ありがとうございます! 俺のことはマシューと気軽に呼んでください。オルコット様のことも名前で呼んでいいですか?」
「どうぞ、好きなように。ですが様付けは堅苦しいので、やめていただけると助かります」
公園の遊歩道に面しているテラス席の一番端で注文を終え、開口一番、はつらつとした
差し当たりなく肩をすくめて肯定すれば、マシューは嬉しそうに一つ
「それではフランシスさんと呼ばせていただきますね。こんなにすんなりとお会いできるとは思っていませんでした。今回は式典での護衛ということで、フランシスさんの足手まといにならないよう、気合を入れます!」
「僕としても、一緒に護衛してくれる方がいて心強いです」
悠長な雑談を下地にした決意表明に、フランは十割方社交辞令を微笑付きで返す。本当は式典で人一人の護衛など、自分だけで充分だという自負はある。
それを正直に口にしてしまえば、途端にコミュニケーションは破綻する。本音と建て前を完璧に使い分けて、この退屈な場をやり過ごす。
頼んでいた紅茶とケーキが届き、それを味わいながらほとんど身の上話のような、中身も興味もない言葉の
マシューは大教会で勤務を始めて、まだ一か月だということから始まり、大教会のしきたり、式典について、そして更にはお互いのプライベートにまでその腕を伸ばしていく。
「俺、大教会に勤められたので、女の子にモテるんじゃないかと思ってるんですが、実際どうですか!?」
二人掛けのテーブルは広くなく、前傾姿勢になって迫られると顔が間近にあって
「それは本人の努力次第じゃないですかね」
もういい加減めんどくさくなってきたので、会話が途切れるのを期待して、言い切った後すぐに紅茶を
「フランシスさんはかっこいいから、黙っていても選び放題でしょう?」
しかし
「そんなことはないですよ。僕だって普通の人と同じです」
正直な話、大教会から出てしまえば憧れの視線を向けられるし、自分に好意を抱かせるのに苦労しないのは認めるが、わざわざそれを教える義理は無い。
「あっ、でもフランシスさんは今、女の子と一緒に暮らしているんですよね!? たくさん話が聞けましたよ!」
自然な流れで到達したのは、まるで袋小路のようだ。どうしてリアについて聞くのか引っ掛かりを覚えたものの、態度は少しも変えない。
「まあ、そうなりますね」
平静を装うには会話のテンポを乱さない事だ。フランは頬を少しだけ持ち上げ、思わせぶりな態度を取った。
「どんな子なんです?」
少年のような目つきで食いつくマシューに、フランはショートケーキのアクセントに乗っている苺を口に入れて飲み込んだ後、フォークをぴっと立てて待ち望まれた返答をする。
「しっかりしているけど、思っている事が顔に出やすい子だね」
「それは可愛いですね! どう? 実際、可愛いですか!?」
大げさに反応し、小声で
「一般的にはわからないなー。僕にとっては可愛いけど」
嘘は言っていない。ただ、その後に続くのが『毛を逆立てて必死に
「羨ましいなぁ……僕にもそんな恋人が欲しいなぁ……」
「残念ながら彼女とは、マシューさんが思っているような関係ではないですよ」
「では一体どんな関係があるんですか!? ……と聞きたいところですが、人には秘密のひとつやふたつあると思いますから、今日初対面の俺は掘り下げるのをやめます」
「助かります」
あっさりと身を引いたマシューに、演技の入った苦笑を浮かべながら紅茶のカップを持ち上げた。
「いずれ、教えてもらえるような関係をフランシスさんと築きたいです。最後にひとつだけ聞かせてください! フランシスさんにとって、彼女はどんな存在ですか?」
「一番信頼できなくて、一番信用できる人かな」
「凡人の俺には深すぎて、もはや意味が分からないですよ!」
間髪入れず難解な返しを受けたマシューは、唸って頭を抱える。フランはそれ以上何も言わず、にこにこと残りのケーキを平らげた。
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