【番外編】信頼と信用 フラン2

 リアをキーラにプレゼントした翌日、フランはキーラの父であるボーマンに呼び出された。

 今回の一件は、聖都ラフィリアを守る大教会治安部隊隊長ボーマンたっての依頼なのだ。


 キーラから食事に誘う手紙が届いた時点で、ボーマンには確認を取った。

 向こうから誘って来たとはいえ、さすがに未婚のご令嬢を勝手に食事に連れ出すなど、後々面倒なことになるのは目に見えているからだ。その際、切り出された話が今回の件に繋がる。

 要約すると、娘キーラがどうやら悪友とつるんでいるようだが、それをとがめたら激昂げっこうし、家出しそうな勢いだったのでそれ以上追及はしていない。だからその人物を突き止め、できれば縁を切って欲しい、といった個人的なお願いである。


 本当は嫌だったが貴族社会のしがらみや、その他諸々もろもろに配慮した結果、引き受けるしかなかった、そんな経緯だ。それにボーマンはフランを邪険に扱わない数少ない人物なので、断る理由が無かったのもある。


 今日は何を言われるのだろう、と憂鬱ゆううつになりながら大教会研究棟内の広い廊下を歩く。呼ばれた応接室は研究棟の出入り口、大聖堂に近い場所にある。フランの住居である敷地内の最奥にある塔からは少し離れていて、それに伴いすれ違う人も多くなる。道すがら出会う人はあからさまに壁際に避け、目を逸らしたり、ぎらぎらとした敵対心を剥き出しにする者もいる。

 話しをした事もなければ、顔も知らない人からそのような態度を取られて、気分は良くない。

 いったい僕の何を知っているの? と聞いて回りたいが、そんなやり取りを出会う人全員にするのは現実的ではない。フランは苛立ちに諦めでふたをし、目当ての部屋の扉を開けた。


 中にはすでにボーマンがいたので、遅くなったことを詫びた。

 目尻の下がった温和な顔の主は、自分が早かっただけだ、と和やかに頷く。応接室には大きなソファとテーブルがあり、ボーマンは腰を上げ、入口で頭を下げるフランをゆったりと出迎えた。一つ気になるのはボーマンの隣にいる若そうな男性だった。癖のある茶髪のその人は大教会の制服を着ているものの、知った顔ではない。


「ごきげんよう、ボーマン様。……失礼ですが、そちらの方は?」

「ああ、こちらはマシュー君というんだ。今回、彼と共にやって欲しい仕事があって、今日はわざわざ来てもらったんだ」


 思っていた事柄と違って、いぶかしさが頭を駆け回る。これまで単独での仕事が九割だったので、この奇妙な組み合わせがどうにもに落ちない。

 しかし何を思っていたとしても、愛想笑いは欠かさない。


「初めましてオルコット様! マシューと申します! まだ大教会に来て日が浅いですが、かの有名なオルコット様と共に仕事がしてみたくて、今回ボーマン様に頼み込み機会を与えて頂きました! よろしくお願いいたします!」

「フランシス・オルコットです。こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 フランの前に颯爽さっそうと立ち、やたら元気に名乗られた。握手を求められたので、こちらも相手に調子を合わせ手を握る。

 かの有名な、ねぇ……。大半が根も葉もない悪いうわさしか立っていないのは承知の事実なので、嘘くさいほど目を輝かせているマシューが白々しいことこの上ない。

 どちらからともなく手を離すと、ボーマンはソファへ誘った。テーブルを挟むようにして置かれるソファに、ボーマンとフランは向き合って座り、マシューはフランの隣を選び、腰を落ち着けた。

 それを見届けたボーマンは前のめりになり、フランとマシューを交互に見つめる。


「二人には数日後に控える治安部隊の式典で、我が娘キーラの護衛を担ってもらう」


 自分に護衛の任務が下るとはどういう了見だろうか、というのが正直な感想だった。大体そのような仕事は治安部隊に所属している者がやる。話の内容から、マシューは治安部隊の新人だろうが、組むにしても自分が適任だとは到底思えない。愛想を崩さないまま「大役をおおせつかって光栄です」とうやうやしく会釈をし、隣のマシューをそれとなく窺えば得意そうにソファに身をゆだねている。隊長を前に随分と大きな態度だ。

 それを特に咎めないボーマンは人が良く、何かをくわだてているとは考えづらい。確証はないが、マシューにうさん臭さを感じてしまう。


 しかしこれ以上の疑いは、この場では無意味になる。ひとまず頭の片隅に保留し、ボーマンとマシューに話の主導権を握らせ、流動的な対応に切り替える。

 数日後にある治安部隊の式典は、隊長であるボーマンの就任十周年をたたえるものだ。ボーマンの奥方と娘であるキーラも出席が決まっている。

 ボーマンが当日の特設会場の位置などが書かれた見取り図を取り出し、大まかな治安兵の配置を説明していく。詳しくは後日、また改めて話しがあるらしい。


 応接室をし、マシューの提案で式典会場の真横に位置するカフェに行く流れになってしまった。ものすごく気乗りしなかったが、自分のわがままを通すほど親しくはない。フランは二つ返事で快諾かいだくした。そこは昨日、キーラとリアの待ち合わせ場所にした『カフェ星くず』だった。


◇     ◇     ◇


「改めまして、共に仕事することを了承いただき、ありがとうございます! 俺のことはマシューと気軽に呼んでください。オルコット様のことも名前で呼んでいいですか?」

「どうぞ、好きなように。ですが様付けは堅苦しいので、やめていただけると助かります」


 公園の遊歩道に面しているテラス席の一番端で注文を終え、開口一番、はつらつとした謝辞しゃじが飛んできた。

 差し当たりなく肩をすくめて肯定すれば、マシューは嬉しそうに一つうなづいた。


「それではフランシスさんと呼ばせていただきますね。こんなにすんなりとお会いできるとは思っていませんでした。今回は式典での護衛ということで、フランシスさんの足手まといにならないよう、気合を入れます!」

「僕としても、一緒に護衛してくれる方がいて心強いです」


 悠長な雑談を下地にした決意表明に、フランは十割方社交辞令を微笑付きで返す。本当は式典で人一人の護衛など、自分だけで充分だという自負はある。

 それを正直に口にしてしまえば、途端にコミュニケーションは破綻する。本音と建て前を完璧に使い分けて、この退屈な場をやり過ごす。


 頼んでいた紅茶とケーキが届き、それを味わいながらほとんど身の上話のような、中身も興味もない言葉の応酬おうしゅうが繰り広げられる。

 マシューは大教会で勤務を始めて、まだ一か月だということから始まり、大教会のしきたり、式典について、そして更にはお互いのプライベートにまでその腕を伸ばしていく。


「俺、大教会に勤められたので、女の子にモテるんじゃないかと思ってるんですが、実際どうですか!?」


 二人掛けのテーブルは広くなく、前傾姿勢になって迫られると顔が間近にあって鬱陶うっとうしい。若干上目遣いぎみの質問について、相手の欲しい答えを提供する事もできるが、マシューに気を使って気持ちよくさせてあげるメリットはない。


「それは本人の努力次第じゃないですかね」


 もういい加減めんどくさくなってきたので、会話が途切れるのを期待して、言い切った後すぐに紅茶をすする。


「フランシスさんはかっこいいから、黙っていても選び放題でしょう?」


 しかし詮索せんさくは止まない。にやにや口元を緩ませながら一人で盛り上がっている。


「そんなことはないですよ。僕だって普通の人と同じです」


 正直な話、大教会から出てしまえば憧れの視線を向けられるし、自分に好意を抱かせるのに苦労しないのは認めるが、わざわざそれを教える義理は無い。


「あっ、でもフランシスさんは今、女の子と一緒に暮らしているんですよね!? たくさん話が聞けましたよ!」


 自然な流れで到達したのは、まるで袋小路のようだ。どうしてリアについて聞くのか引っ掛かりを覚えたものの、態度は少しも変えない。


「まあ、そうなりますね」


 平静を装うには会話のテンポを乱さない事だ。フランは頬を少しだけ持ち上げ、思わせぶりな態度を取った。


「どんな子なんです?」


 少年のような目つきで食いつくマシューに、フランはショートケーキのアクセントに乗っている苺を口に入れて飲み込んだ後、フォークをぴっと立てて待ち望まれた返答をする。


「しっかりしているけど、思っている事が顔に出やすい子だね」

「それは可愛いですね! どう? 実際、可愛いですか!?」


 大げさに反応し、小声でささやくマシューのやり口は、まるでこちらを持ち上げて饒舌じょうぜつにさせようとしているかのようだ。


「一般的にはわからないなー。僕にとっては可愛いけど」


 嘘は言っていない。ただ、その後に続くのが『毛を逆立てて必死に威嚇いかくする子猫みたいで』という、おそらくマシューの期待していないものだが。


「羨ましいなぁ……僕にもそんな恋人が欲しいなぁ……」

「残念ながら彼女とは、マシューさんが思っているような関係ではないですよ」

「では一体どんな関係があるんですか!? ……と聞きたいところですが、人には秘密のひとつやふたつあると思いますから、今日初対面の俺は掘り下げるのをやめます」

「助かります」


 あっさりと身を引いたマシューに、演技の入った苦笑を浮かべながら紅茶のカップを持ち上げた。


「いずれ、教えてもらえるような関係をフランシスさんと築きたいです。最後にひとつだけ聞かせてください! フランシスさんにとって、彼女はどんな存在ですか?」


 曖昧あいまいで不思議な問いかけにフランは首をかしげる。これには打算などは感じられず、単なる個人的な関心のようだった。


「一番信頼できなくて、一番信用できる人かな」

「凡人の俺には深すぎて、もはや意味が分からないですよ!」


 間髪入れず難解な返しを受けたマシューは、唸って頭を抱える。フランはそれ以上何も言わず、にこにこと残りのケーキを平らげた。

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