第43話 平和条約締結3
気後れをする様子など一切なく、あたかも自分が特別ゲストであるかのように自信満々なラフィリアは、その場で悠々と室内を一望する。
予期していなかった展開に、フランも目を見開き言葉を失っている。
これではまるで、ラフィリアとモグラの
白いワンピースを着た
「だ……誰だ!?」
オルコット騎士長から飛んできた
「ラフィは、あなたたちの敬愛するラフィリアだよ。いつも
光のラフィリアの名に恥じぬ、透き通った
「どうやってここへ入った! 見張りの兵はどうした!」
この少女が、五百年前に奇跡の力を与えたラフィリア本人だとは誰も信じない。
返答を無視しテーブルに手を付き立ち上がりながら、オルコット騎士長は相手を上から押さえつけるような
「外にいた人だったら、うるさかったから殺しちゃった!」
にっこりと無垢に笑む顔は言葉とちぐはぐで不気味だ。
「な、何を言う……!」
騎士長は吹き出した冷や汗を拭えもせず、どうにか短い言葉で繋いだ。それには理由がある。ラフィリアは言葉と同時に、息をするのも苦しいほど圧の強い力を発し始めたのだ。体中に
リアの全身も例外なく襲う。まだラフィリアの力は四分の三しか戻っていないはずだが、人間が扱える力を
ここにいる全員がラフィリアの支配下にいるのは明白だった。多数いる兵が揃いも揃って
ラフィリアは舞台上の役者にでもなったかのように一同をゆっくりと見回し、最後に真正面にいる
「五百年もラフィの封印を守ってくれて、とーっても感謝してるわ、国主様」
扉の前から一歩だけ国主へと近づいた。
国主の顔がみるみるうちに青ざめていく。真っ直ぐ伸ばされたラフィリアの手のひらから、強烈な力が一点に流れ込んでいるのだ。奇跡の力の源であるラフィリアの力自体は、本来目視できないが、強すぎるからか今は白っぽく可視化できる。それが国主とその横の妻にぐるりと巻き付いている。
「感謝として、ラフィ直々に光と同化させてあげる。奥さんも一緒の方が良いよね!」
楽しそうに弾む声と共に、暴力的な光が国主と妻を飲み込んだ。
直後、二人の苦悶の悲鳴が部屋にこだました。
喉を絞められているような甲高い悲鳴は、どれだけの苦痛を与えられているのか想像したくもない。
リアは耳を塞ぐ。それでも突き刺さる叫びから逃げられはしない。
「お父さん……お母さん……」
どんな時も正しく導いてくれた両親が上げる、聞いた事のない雄叫びのような苦しみに心が引き裂かれそうだった。自分を地底に落とした非情な両親だ。でも、憎み切る事はできなかった。何とか助けたい、そう思ったがリアの足は壁から数歩離れただけでラフィリアの力を前にその役目を放棄し、がっくりとその場にへたり込んだ。
光の中から漏れる、
「貴様……! 国主様を解放しろ!」
武器を持たない騎士長は手のひらに風を集め、靴音を響かせる。果敢にラフィリアと距離を詰め、風の刃を解き放つ。
しかし現実は無情だった。次の瞬間に騎士長は血しぶきを上げて床に倒れ込んだ。動作が早すぎて全てを目で追えたわけではないが、オルコット騎士長の鋭い風は数十倍の威力になって跳ね返されたようだった。
「人間が粋がるなよ。ラフィリア様の手を汚させるまでもない」
手に付いた
リアは
思考する間にも時は常に流動していく。兵の一人がクラリスを
「国主様を解放しろ……! さもなくば……」
その後は音にならなかった。柄の無い剣の刃が深々と胸を貫いていたからだ。
口から息が漏れ、信じられないものを見るように己の鎧から飛び出る刃物を認識したところで、どっと床に身を
「わたしも弱くないよ」
クラリスの少し幼さを残した可愛らしい声に、一片の残酷さが顔をのぞかせる。
ラフィリア、主様、そしてクラリスの三人には
絶望や後悔などの感情は、もはや機能しないほどの強さだった。
リアは父と母の絶叫に気が狂いそうになりながら必死に耐える。永遠にも思える地獄は、突然終わりを迎えた。
光が消え、それと共に室内はしんと静まり返る。国主とその横の席にはもう誰もいなかった。
幼き頃、家族と過ごした幸せな記憶が蘇る。父と母、それに兄と四人で笑い合った日々。それはもう、リアがどんなに望もうと返っては来ない。
あっけなく消えた両親に心が追いつかず、涙は出てこない。頭は驚くほど冷静で、二人の死を受け入れている。まるで喜怒哀楽というものがすべて失せてしまったかのようだ。
この瞬間、世界は変わった。
そんな必然に、無駄な抵抗が入る。誰かが増援を呼んだのだろう、沢山の兵が開け放たれたままの扉から
屈強なはずの兵は皆、惨劇に加担するだけでラフィリアたち三人にかすり傷一つさえつけることができない。恐怖で腰が立たないリアの目の前で屈辱を滲ませ、次々に絶命していく兵。充満する血の臭いと血だまり。
「やめて……もうやめて……」
どうにかなってしまいそうだった。
避けなければ、そう頭では理解できているが体の反応は鈍く、べったりと座り込んだまま。
迫りくる光をただ見つめるが、死の実感はない。ぼんやりと他人事のような光景を前に突如、人影が割って入った。自分と同じこげ茶の髪、大きな背中が影を作る。
「リア……」
光の刃を体全体で受け止め、兄は顔だけ振り返った。衝撃を耐えるように歪めた顔だったが、そこにはまぎれもない親愛があった。ずっと昔に失くして、自分にはもう与えられることなどないと思って諦めていたもの。
ラフィリアの攻撃を直撃させた兄は力なく倒れていく。その後ろ姿はとてもゆっくりとリアの網膜に焼き付いた。
「おっ、お兄ちゃん……」
気が弱かった兄だ。その兄がこんなにも体を張って自分をかばってくれるなんて、それだけで大きな愛を感じた。この会合が始まる前、外に出ていたのもリアの思い違いなどではなく、兄はリアの事をずっと気にかけていたのだ。
こちらに背を向けて倒れているので傷の具合は分からない。すぐに介抱しようと腕と足に力を込めるが、どうやって立っていたのか分からなくなるくらいリアは混乱していた。
その場でもがいていると、ラフィリアの舌打ちがはっきりと聞こえた。
無造作に掲げられる手から、今度は先程より多い光の刃が放たれる。次で確実にリアを仕留めるつもりだろう。
一度は兄が守ってくれた命だが、結局無駄にすることになりそうだった。どうあがいても自分はこのまま終わる運命だったらしい。
受け入れるしかない現実に
光に背を向けリアに迫るのは、言わずもがなフランだ。
「リアっ! っ……」
光がフランを襲うのと同時に、走って来た勢いのまま飛び掛かられて床に押し倒される。頭に回された腕のおかげで気を失うようなことはなかった。胸に抱きしめられる形になっていたのはほんの数瞬で、フランは荒い息で一度床に手を付き、リアとしっかり目を合わせた。その肩から血が垂れ、リアの頬を汚す。腕は服が無残に裂けてしまっている。きっと背中も酷い怪我を負っているはずだ。
昨日、痛いのは嫌いだと言っていた。だったら逃げればいいのに、どうしてわざわざ人を助けるのか、自分には奇跡の力もなく価値など無に等しいのにどうして、とリアは次々に押し寄せる泥のように
遠くでラフィリアの声がする。なーんだ、大したことないじゃん。これなら簡単に殺せそう、と笑い混じりだ。聞き捨てならないが、人間の中では天才的な奇跡の力を持つフランですらこの
「キミは、生きるんだ……!」
痛みをこらえるように絞り出される声と共に再び強く抱きしめられれば、ふわっと甘い香りが
そして、
拘束は急に解かれた。
同時に甘さはなくなり、代わりに久しく
目の前に広がるのは、左右に流れる人の群れ。
物を売る威勢のいい声が飛び、つられるようにして目を向ける人たち。
リアはその片隅に立ち尽くしていた。
さまざまな露店が所狭しと並ぶ空間を照らすのは、太陽の光ではない真っ白な灯り。
ここはまるで、
「階段前市場……」
――まさか、そんなはずは、自分はずっと地上にいて、今までだって大教会に……
もしかして地上での出来事は実際起きておらず、
ショックでおかしくなってしまって、妄想と現実の区別がつかなくなっていたのだろうか。地上で暮らすなんて到底叶わない夢だったのだ。地底こそリアの居場所だと深呼吸をして、早鐘を打つ鼓動を多少落ち着けたところで無意識に手は頬に触れた。
「っ……!」
指先に感じる水気の存在に目を
そこにはまだ乾ききっていない血液がこびりつき、人差し指から薬指を赤く濡らしていた。リアを身を
一つも夢ではなかったのだ。
残酷な現実は
ラフィリアを復活させたのは間違いだった。
「お兄ちゃん……フラン……」
兄は、フランはどうなったのだろうか。フランがいたから自分は助かった。今ここにいるのは、フランが転送の力を使ってくれたおかげだろう。彼もちゃんと逃げられたのだろうか。自分がいたせいで、万が一のことになっていたのだとしたら、どう罪を
今もまだ、大教会ではラフィリアが一方的に人間を
立ち上がりざまに走り出し、行き交う人々を器用に避けながら地底と地上を繋ぐ大きな階段を目指す。
その前には大教会の兵が二人で目を光らせていた。リアは物言わず突破しようとするが当然止められる。
「お前はモグラだろう。さっさと消えろ」
「やめて! 私、大教会に戻らないといけないの! どいて!!」
「はぁ? 何言ってんだ? 気でも振れたか?」
自分でも制御できなかった腹の底からの怒声は、怪訝そうな兵に押し返されるが、リアはその手を無理やり振り払い、一段目へと足を掛けた。
「おい! やめろ!」
「やめて! 離してっ!」
こんな所で時間を食っている暇はない。大教会では
「私は大教会に行かないといけないのっ! 離して! 早くしないといけないのに!」
「こいつは本当に頭がいかれちまったみたいだな。お前の力で気絶させて、その辺の路地にでも転がしとけ」
「そうだな」
一人の兵がリアの首筋に指をつけると、びりっと全身を弱い電流が走った。急に自分の叫びが遠くなり、目の前が暗転した。
強制的に消された意識は、深く真っ暗な闇の中に沈んでいく。
この日、国の頂点だった国主を
第一章 完
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