第38話 奇妙な招待状
ラフィリアに二つ目の力を返してから四日。リアとフランは日々、町に出ては封印された最後の力が宿る物、及びその手がかりをそれとなく探っているが、
体が激しく揺すられる感覚にリアは目を覚ました。
目覚めたといっても、まだぼんやりと覚醒を始めた段階で
尚も容赦なく揺さぶられ続け、
「――リア、リア起きて。リア!」
人の名前をそんなに呼ばないで欲しい。リアは睡眠を邪魔された苛立ちと共に、薄っすら目を開ける。視界に飛び込んできたのは、薄暗い中でこちらをのぞき込むフランだった。
「あ、やっと起きた。おはよう」
のんびりと微笑まれ、ぼやける意識のまま見つめ合うこと数秒。自室へ勝手に立ち入られたと明瞭になる思考で理解し、混乱して毛布を頭まで被った。
「な、なに何!? いったい何!?」
寝起きを見られた。きっと酷い顔をしているし、髪だってぼさぼさだ。こんな姿、誰にも見せたくはない。それになんで寝ているところ忍び込んで来ているのか、わけが分からない。
「キミに話したいことがあってね。出てきてよ」
強引に布団をはぎ取ろうとする手は加減を知らず、少しでも気を抜けば無防備な体が外気に冷やされてしまう。本当にこの男は自分勝手だ。こちらの都合などまったく考慮されていない。
「待って待って……! 聞くからっ!」
懸命に布団で顔を死守し、リアはベッドの上で膝を抱えるようにして座った。布団をフードのように頭からかぶり、目元だけを出して体をすっぽりと覆う。
恨みを存分に込めた視線を送るが気にも留められず、フランは当然のごとくベッドの縁に座り、サイドテーブルにいつの間にか置かれていたマグカップへと手を伸ばした。
「はい。コーヒー淹れてきたんだ」
差し出されるとつい受け取ってしまう自分の性格に嫌気が差しながらも、あたたかな温もりに口が緩んで感想が漏れる。
「コーヒーなんて、フランにしては珍しい」
ほのかな明るさの中でも判別できるほどに漆黒だ。これは砂糖やミルクなど入っていない。かなりの甘党であるフランが口にできるのかと、いらない心配をしてしまう。
「ああ。あんまり飲まないんだけど。コーヒーって何となくかっこいい感じがして。……うえ、にがっ、これってやっぱ人間の飲み物じゃないよね」
一口嚥下して渋い顔をするフランを尻目に、リアは息で冷ましながら、ちびちび飲み進めていく。質の良い豆を使っているらしく、地底で飲んでいた物より断然香りも味も良い。
どうやら今は夜明け寸前らしい。白んで来た空が朝焼けの空気を匂わせている。こんな時間に一体何の用事だろうかと、コーヒーに苦戦するフランを盗み見る。
いつものかっちりとした大教会の黒い制服ではなく、ゆったりとした部屋着を纏っている。縛っていない髪も相まって、普段とはまた違う柔らかな印象を受ける。ただ、眉間に深い皺を寄せながらコーヒーを飲んでいるのだけが残念だ。
「ねえ、私に話があるんでしょ?」
「うん。ラフィリア様の前じゃ話せないから、こんな時間にわざわざ訪ねたんだ。ごめんね」
謝罪の気持ちがあった事に驚き、リアは口に含んでいたコーヒーによってむせた。
ひとしきり咳き込み、落ち着いたところを見計らいフランは改めて話し始める。その顔にふざけた表情は一切なく、真剣そのもので目が離せない。
「昨日、僕のところに大教会から通達があったんだ。昨日から数えて丁度一週間後、地上と地底の平和条約を締結するための集まりが開かれるんだって。そこまでは普通の話なんだけど」
明るくなり始めた外の光を背に、フランは淡々と続ける。
「出席するのは
まるでその先をためらうかのように、一度途切れた。
中々結論にたどり着かない話し方にやきもきしつつ、紺色の瞳を見つめる。
「それとね、僕とキミも呼ばれたんだ」
どこか投げやりな印象を受ける調子で吐き出されたのは、信じがたいものだった。
「な、何で私が……」
そんな重要な会議に自分が呼ばれるなんて普通ではない。今は国主の家族でもなく、大教会に勤めるわけでもなければ、地底で地位を築いてもいない。強いて言うなら、今年の
「まず、僕が呼ばれる事自体あり得ないんだ。僕は奇跡の力が強くて特別扱いされているけど、大教会において立派な功績を残した重役ではないし。……なんだか、すごく嫌な予感がするんだ」
険しい顔を俯かせて呟くフランにリアも一つ頷いた。
「なんだか、とても大きなものに巻き込まれている、って感覚なんだけど。私たちの知らない思惑が動いているような」
「僕の憶測だからあてにならないけど、ラフィリア様が絡んでいると思うんだよ。ラフィリア様は力を取り戻しても表立って何かをしたわけではないけど、頻繁にお風呂に入っているよね。あれってもしかして、水を通して誰かと話しているんじゃないかって薄々感じてたんだ。神の力があればそれくらいできると思う」
ラフィリアは一日に二回も三回も風呂に入っている。ただの風呂好きかと気にも留めなかったが、そう言われると冷たい風が吹きつけるように恐ろしさが身を冷やす。それが本当なら、誰と、どんなことを共有していたのだろうか。自分の知らないところで、誰かの得体の知れない計画に取り込まれているようで、疑心暗鬼になりそうだ。体を包んでいる布団を掴み、強く巻きなおす。
「その会議で、何が起こるのかな……」
「僕たちの願いにとって、良い変化であるといいけどね」
遠くを見る目は暗く、希望は薄そうだった。
「そういえば、ラフィリアにルーディの首飾りを渡した日、ラフィリアがフランの耳元で何か言ってたよね? あれって何だったの?」
あれから特に二人の間に変化があったわけではない。少なくともリアにはそう見えた。しかし、あの時のフランの驚いた顔が妙に気になっている。あまり深く考えず世間話のように振ってみれば、触れてほしくなかったのか目が泳いだ。
「ああ……あれね……。大したことじゃないよ。……さて、あまり長く話していてラフィリア様に感づかれるのも面倒だし、僕はこれで失礼するよ。これから朝食の準備をするからリアは二度寝でもしてて」
低く沈んだ声でうやむやに濁してから、フランは空になったマグカップを持ち、真っ暗になってしまった行先を照らすかのように声を弾ませ、退出していった。
扉が静かに閉じられれば、この部屋はリア一人のものになる。
「地上と地底の平和条約締結のための会議に出席……そんなこと言われて、悠長に二度寝なんてできるわけないでしょ……」
枕に突っ伏してため息を殺す。
本来であれば立ち会う余地のない人間が人数に数えられているなんて、意味がないわけがない。
地底でフランと出会ってからは波乱の日々だった。ようやく落ち着いてきたと思ったのに、また波立つのかと思うと胃が痛くなる。
女神、光のラフィリアに奇跡の力をこの世から消してもらう。その悲願が本当に達成できる日は来るのだろうか。
リアは仰向けになり、目を閉じた。
そしてそのまま、数分後にはぐっすり夢の中に旅立っていた。結果的に朝食に大遅刻し、本日二度目になるフランから朝の挨拶をいただくという個人的大失態に発展。
キミって大物になりそうだね、という含んだ笑みをもらい、
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