第37話 二つめの力
空の頂点よりも少し傾いているものの、まだまだ強い光を放つ太陽が、オルコット家を後にしたリアとフランの背中を押す。
「それにしても婚約者って何!? もう少しマシな言い訳思いつかなかったの!?」
「だってそれが一番スムーズだと思わない? 僕の友達に会って欲しいから、なんて理由であの両親がわざわざ出てくると思う? それだとルーディさんにすんなり会えると思わないよね?」
「それは……」
自分で言っておいて反論は出てこない。息巻いているのはリアだけで、フランはゆったりと正論で諭していて、聞きわけのない子供と大人のような構図になってしまっている。
これ以上は無意味な争いだと、リアは自然を装って話題を変えることにした。
「……ねえ、アードルフさんってどんな人なの? ルーディと、その、本当に結婚するの……?」
ルーディは美人で器量も良く、自慢の友達である。しかしモグラだ。大教会に縁の深い貴族がそんな簡単に家に迎えるなんて、どう考えてもおかしい。
リアの難しい顔からフランは心の内を正確に読み取ったらしく、少し考えるように空を仰いだ。
「あいつの事だから、何か企んでいるのは確実だろうね。恐らく、ごく一般的な結婚の動機である、恋愛的に好意を抱いているから一緒にいたい、とかそんな真っ当な理由じゃないと思うよ」
友人であるリアに対して、少しの配慮も無い歯に衣着せぬ率直な物言いに、胸が締め付けられる。ルーディはどんなことに利用されてしまうのか。憂いが吐く息となって、重くリアの頭を地面に向けさせる。
「でも、今日のルーディさんを見る限りだと、衣服もそれなりの物を着ていたし、特別やせ細っているわけでもなさそうだから、ある程度の暮らしはできているんじゃないかな」
付け足されたのは、リアに気を使ったのか分かりかねる軽さだった。それでも他人から心配ないと言葉にされれば、悲観的感情は薄らいでいく。
「私、奇跡の力をラフィリアに消してもらったら、何とかしてルーディを助け出す」
「良いんじゃない? ただ、アードルフは野獣のようだから、くれぐれも自分の身には気を付けるんだよ?」
「ええっ、や、野獣!?」
意味深な笑みを浮かべながら顔の前に手を持ってきて、獰猛な肉食獣の真似なのか、引っかく仕草をする。しかし、フランがやると猫のようでいまいち迫力に欠ける。
そんなことは置いておくとして、本当にアードルフが凶暴な性格なら、ルーディが傷つけられてしまったりしないのか余計不安になった。すぐにでも助け出せないか策を練りたいが、リアには地位もお金も無く、フランに保護されている身。何もできない自分が歯がゆい。
どことなく沈んでしまった空気を吹き飛ばすかのように、フランがパッと明るく手を打った。
「そうだ、キミたちが楽しんでいる間に、僕は女神ラフィリアについて何か見逃した情報が無いか古い書物を漁ってたんだけどさ、その中に何も書かれていない紙切れがあったんだ」
片目を
だいたいこういう時は、何か言葉以外の真意を探ろうとしている場合がほとんどだ。図らずとも、だんだんフランの挙動に詳しくなっていっている自分に、こんなつもりでは、と悲しくなりつつある。
彼が今、リアの何を引き出そうとしているのかは皆目見当もつかないので、そのままの意味で取ることにした。
「何も書かれていないって、ただ書かずに忘れた紙じゃないの?」
フランが勿体ぶる意味が分からず、眉根を寄せる。何かを書こうと思ったものの、忘れ去られて、本にまぎれてしまっただけではないのか。
「僕もそう思ったんだけどさ、キミ覚えてるかな、前に僕が地底に行った時、キミに十年ぶりに再会した時の事。あの時、書類を探しているって言ったでしょ?」
「ああ、えっと……そうだったかもしれない」
まったく履き慣れることができなかった靴をすり足で前に出しながら、曖昧な返事と共に角を曲がる。あの時は大教会の人間の冷やかしだと思って、ちゃんと話を聞いていなかった。
「その時の書類、書類と言うには申し訳ないほど、ただの紙切れだったみたいなんだ。なんでも、ラフィリアへの祈りの捧げ方を書いてあったらしいんだけど、それだけ。でも不自然な空白があって、何か力を感じる物だったらしいから大教会が探していたんだ」
一人で楽しそうに語るフランの様子に、彼は会話が下手だとリアは確信した。
自分の話したい話題に
「で、何が言いたいの? 大教会が探していた書類と今回の白紙、どう関係があるの?」
「関係があるかは分からないけどさ、何となくそれと僕の見つけた真っ白な紙、似ているなあって」
にこにこ笑顔で告げられるのはオチの無い話だった。
「あなたっていったい、いくつなの?」
口を突いて出たのは、呆れ返ったような響きだった。
十年前に出会った頃からあまり見た目が変わっておらず、大人と子供の同居する掴みどころのない性格のせいで年齢不詳だ。同じ年くらいにも思えるし、何なら四十代と言われても驚かないだろう。
「僕は二十七。キミよりずっと年上なんだよ」
「たった七つ違うだけじゃない!」
子供を愛でるように頭を撫でる手から逃れ、大股で一歩踏み出したところ、ハイヒールが脱げリアは派手に転んだ。
「あらら、無理をするからだよ」
「あなたのせいっ!」
しゃがんでリアを眺めるフランの後ろでは、道行く人がちらちらと視線を寄こしている。恥ずかしくて、それをかき消すように声が大きくなる。
顔から火が出そうだ。リアはそそくさと立ち上がり、手に付いた土や服を払う。幸い手の平を少し擦りむいただけで、出血するような怪我はしていない。フランとは目を合わせず、できうる限りの早い速度で大教会への道をただひたすら進んだ。
◆ ◆ ◆
フランが住む塔の住居部屋を開けると、待ち構えていたかのように金色の長い髪をなびかせ、ラフィリアがフランの胸に飛び込んだ。勢いを受け止めきれず、危なげに二歩後ろへよろけるが、何とか持ちこたえた。それからすぐにラフィリアの好みに合わせたにこやかな笑い方で対応を始めたのを、リアはさっさと室内に入りダイニングチェアに腰掛けながら観察することにした。ようやく解き放たれた足がとても清々しい。
「おかえり、フラン。ラフィずっと待ってたよ」
柔らかな胸元を押し付け、潤んだ瞳で見上げる姿は魔性の女そのものだ。しかし、仕掛けるのは魔性の男だ。眉一つ動かさない。
「ラフィリア様に帰りを待っていただけるなんて、とても嬉しいですね」
絆された方が負けだ。水面下で繰り広げられる腹の探り合いを、リアは
しばしラフィリアの愛の
「ラフィリア様。これに力は宿っていますか?」
大教会に着く前に渡した花の首飾りをフランが差し出せば、ラフィリアの目の色が変わった。
「これっ……! これよ! ありがとうフラン! 大好きっ」
ラフィリアは首飾りをひったくり、小さく何かを呟いた。
花の飾りが白く光り出し、ラフィリアに吸い込まれるようにまばゆい光は落ち着いていく。
光がすべてラフィリアに取り込まれたところで、首飾りはフランに返された。
「ありがとうっ! これで半分以上ラフィの力は戻ったよ! ほらっ!」
手のひらに光の玉を出し、浮かび上がらせる。だいぶ傾いた太陽が寂しく差す室内に主張を強める光源が生まれ、思わず目を細めた。
「ラフィリア様。奇跡の力を消すことは可能ですか?」
フランはラフィリアの行動については何も応じず、自分の話を通す。もう少し気の利いた事の一つくらい言ってあげてもいいのではと思うが、相手は隙あらば色気を振りまく神だ。隙は見せない方が良いのかもしれない、とリアは無言のまま見守る。
「人間に与えた力を消すのは、まだできないかなぁ? ほら、凄く広まっちゃってるでしょ? それを綺麗さっぱり無くすのは、なんていうか、ラフィの力を持ってして無理やりねじ伏せる……みたいなイメージだから大変なんだ」
「そうなんですね。ラフィリア様ほどの偉大な力を持ってしても苦労するとは、お願いする僕も心苦しく思います」
模範的な回答をし、さり気なく室内へと足を進める。なし崩し的にラフィリアを振りほどこうとするが、ラフィリアはぐっと背伸びをしてフランの首に腕を絡め、耳元に顔を近づけた。
ラフィリアの口元が微かに動き、三日月のように綺麗な弧を描く。それ受けた直後、一瞬だけフランが
「ラフィ、お風呂入って来るね!」
上機嫌で軽快な足音が遠ざかる。ラフィリアの背が扉で遮られてからフランはリアに目配せし、肩をすくめ苦笑を漏らした。
リアもラフィリアの行動原理がわからず、乾いた笑いを返事にかえる。
「これは最後の力が封印された物を探すしかないかな。ラフィリア様の力が強くなっているのは確かだし、これからも要観察だ」
「そうみたいね。力が宿っている物か……まったく見当もつかないよ……」
手がかりが少しもないものを
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