第26話 小屋へ



 国主の執務室で鍵を奪取だっしゅしてから、一旦フランの住む塔へと戻りラフィリアが捕らえられていると思しき小屋の事、ラフィリア本人についてなどもう一度フランと認識をすり合わせた。


 そこでリアは国主住居区の状況を包み隠さず話す。小屋近辺は花壇や休憩用の四阿あずまやなどはなく、芝を手入れする以外はあまり人が近寄らない。近くまで到達できてしまえば、人目の心配はしなくていいと伝えた。

 それを受けて小屋へはフランの力で透明になり近づき、忍び込む事に。内部がどうなっているかはリア、フラン共に知らず、行ってから臨機応変に対応しようと落ち着いた。


 そしてフランからは、改めてラフィリアについて聞かされる。

 ラフィリアは五百年前、地上に降り立ち人間に自身の力を分け与えた。その力を持った人間はやがて神であるラフィリアをうとましく思うようになり、殺害計画をくわだてた。しかし、神を殺すなんていくら力を与えられた人間であっても不可能に近い。それに殺してしまったら、ラフィリアから授かった力そのものが無くなってしまう。それでは困る。そこで人々はラフィリアの存在を消し、力だけを残す方法を確立するまでの一時しのぎとして封印することにしたのだ。

 見事、封印に成功し、それを代々監視する役割を与えられたのが国主の始まりだという。


 述べられる内容は初めて聞くものも多く、驚倒きょうとうしそうになるが、私情を一切挟まず淡々とした様子のフランが唯一正気を繋ぎ止めた。

 まさか自分の血筋が、ラフィリアを消すための準備が整うまで監視する役割を担っていた、などという裏の顔は知りたくなかった。父からは偉大なる女神、光のラフィリア様を敬い、後世にそのいつくしみや功績を伝承するために自分たちは選ばれた存在だと繰り返し教えられていたのに。


「国主以外はそんな真実知っているわけないんだし、気に病むことはないよ」


 当然とばかりに非難するでもなく、さらっと話しを切り上げたフランはお茶の準備を始めた。フランの好物であるスコーンと、こんもりと皿に盛られたいちごジャムが手際よくテーブルに並べられ、リアが手伝う隙なく二人だけのお茶会が整えられた。

 昼食を取り、いよいよリアとフランはラフィリアに接触するため動き出す。姿を消されれば、リアとフランだけの世界になる。緊張を悟られたくなくて、俯きがちに塔から出発した。


 研究棟内は物静かだ。皆どこかの部屋で仕事をしているのか、廊下ですれ違う人は少ない。たまに通りかかる黒服もどこかへ急いでいるように足早で、リアたちがいるとは夢にも思っていないだろう。

 それとは対照的に大聖堂前の廊下は使用人や客人が通り、すれ違う度に息を詰まらせ思わず隅に寄ってしまう。フランはとても自然体でやり過ごし、大げさな反応をするリアを面白そうに笑うのだ。見えないと分かっていても気が気ではない。生きた心地がしないひと時を歩み、使用人の後をつけ西側の国主こくしゅ家族と限られた国の重鎮しか入る事を許されない区画に入れば喧騒はなくなった。


 大聖堂を囲む中庭よりも規模の小さい庭があり、一番奥の片隅に木造の小屋はひっそりと建てられていた。

 大きな木がその存在を隠すよう空に伸び、さらに上へと視線を持っていけば研究棟最奥に建つフランの住居である塔がそびえる。

 気配を消すように存在する小屋は、敷地内にある他の建物に似つかわしくなく簡素だ。


 幼少期は特に何とも思わなかったが、入ってはいけないような重要な場所だったらもう少し頑丈に作ったらどうかと今になって疑問が噴出する。逆に人をあざむくためにこのような造りになったのか、真偽は定かではない。


「僕のこの鍵と、キミがくすねたその鍵でようやくラフィリア様の元へ行けるね」

「その言い方やめてよ。私が悪いことしたみたい」


 リアは声を潜めながらも、不快感をあらわに渾身の睨みを利かせた。


 今は昼下がり。国主は執務室に、そして執事やメイドたちは昼食の片づけをしている時間。誰もこの庭を気にする者はいない。

 綺麗に剪定せんていされた木の影を通り、青々とする芝を踏みしめる。昔はここで木登りや野鳥観察など毎日のように遊んでいた。自由に走り回り、思うまま過ごしていた日々を懐かしむ。

 それが今では胡散臭うさんくさい男と、こそこそと泥棒のように忍び込んでいる。あの頃はこんな未来が待っているなんて、頭の毛ほども予想していなかった。いつかきっと平穏が訪れるのだろうか、とまだ見ぬこれからに憂鬱なため息をついた。


「キミ今、僕の事悪く思ったでしょ」

「別に思ってないよ」

「絶対僕に対して良い感情を抱いていないよね。もうそろそろ僕を信用してもいいんだよ?」

「信用して欲しかったら態度で示してよ」


 自分勝手で無茶振りばかりのフランに対し、信頼を寄せるなんてできはしない。ラフィリアに奇跡の力を消してもらったら、すぐにでもフランの元を去るつもりだ。

 その為にも速度を速め小屋へ向かう。


「まず入口は僕の鍵」


 フランは鍵穴に、持ってきた鍵をゆっくりと差し込む。ひねれば、かちゃり、と小気味のいい音を立てた。歓喜に口元を綻ばせるものの、注意深く周囲を確認してから取手に手を掛ける。リアとフランの姿は見えなくとも、扉の開く様子は丸見えだ。誰かがいたのだとしたら、勝手に扉が動くという怪奇現象になってしまう。小屋を前にした自身から見た左は敷地を囲う高い塀、右側は高い木が連なり、そのすぐ脇は研究棟との境界である身長の倍ほどの石壁が鎮座する。後ろは背の低い花壇の向こうに国主家族の住む大きな建物が手を広げている。窓は無数あるが、そこから誰かが覗いているかまでは見えず、運だ。


 扉を開けようとするフランを隠すように立つものの、リアも透明なので全く無意味だと気づき、恥ずかしくなってさりげなく脇へそれた。フランは何も言わずそっと開き、人が通れる最小限の隙間を作って率先して中へ入る。もたもたしている暇はない。リアは気を引き締め、それに続いた。


 窓の無い小屋は暗く、扉を全て閉めてしまう前にフランが持ってきた携帯用のカンテラに手際よく火を点けていく。

 暴かれる屋内は何も置かれていない。ラフィリアを封印しているというからには像があったり、飾り立てられ供え物などがあるのかと想像していたが、ただ木の壁や床があるだけだ。あまりの殺風景さに、やはりラフィリアが存在するなんて嘘なのでは、と猜疑心さいぎしんが膨らむ。


「あまり立ち入っていないようだったから期待していなかったけど、国主様の言葉を思い出すと笑っちゃうね。何が、この世はラフィリア様によって成り立っている、なんだろう。扱いが酷いなあ」

「私もそれには同感。大いなる力を与えてくれた神様を安置する場所じゃないよね」


 リアとフランの視線は図らずとも一点に集中する。入口から真正面にある下り階段だ。がらんどうの小部屋内で存在感を放つその先に、ラフィリアがいるのだろうか。

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