第27話 迷い

 いざ地下へと続く階段を前にして、待ち望んでいた展開が近く緊張が一気に表面化する。


「本当にラフィリアに会えるのかな……?」

「さあ? それは行ってみないと分からないね。そんな肩に力を入れなくて大丈夫だよ。もし思ったような結果にならなかったとしても、その時にまた考えればいいからさ」


 フランの柔軟さが時に羨ましくなる。リアにしてみたら、ここまで来てラフィリアに奇跡の力を消してもらう、という目標を達成できなかったら次など考えられない。

 だから、このまま進んで結果を目の当たりにしてしまうのが怖い。


「リア、鍵の準備はしておいてね」


 率先して階段に足を掛けるフランの後ろに隠れるようにして、リアも一歩ずつ下っていく。

 フランの持つカンテラは前を照らし、後ろのリアには冷たい。

 目当てのものがもうすぐそこにあるというのに、どんどん身が硬くなる。ラフィリアが本当にいるのかという疑問と、もしいたとして、意思の疎通はできるのか。いきなり襲いかかってきたりしたらどうしよう、といったまだ見ぬものへの恐れがそうさせる。

 こんな時にこの感情を分かち合える人がいたら、と思うがフランは淡々としていてそれは叶いそうにない。この男には不安を感じる心がないのかといぶかしむが、それを問う前にフランが急停止し背中に激突してしまった。


「ちょっと……!」

「ああ、ごめんごめん。ほら、キミの出番だよ」


 不満が漏れるが軽くいなされ、フランが横へ一歩退けばその前方に扉があった。入口と同じ造りの、何の変哲もない木製の扉だ。


「階段の途中に扉があるなんて、随分投げやりな造りだよね」


 設計者は何を考えていたんだか、と肩をすくめるフランの隣でリアは息を呑んだ。この先に偉大なる奇跡の力を人間に授けたラフィリアがいるかもしれないのだ。


 ここを開けてしまったら、運命が変わってしまうかもしれない。


 良い方に転べばいいが、悪い方向に進んでしまったら。

 今のままで世界が成り立っているなら、このまま変わらない方が幸せではないか。変わることが必ずしも良いとは限らない。

 鍵を握る手が空中で止まる。

 自分の手で、世界を変えてしまうかもしれない。それによって他人を不幸に陥れてしまったら。まだ見ぬ未来から、人々の怒りが頭に流れ込む。

 そんな悪夢がちらつき、ラフィリアを復活させるという責任の重さにリアは身震いした。

 親友を連れ去られたから、育ての親を殺されたから、住む場所を追われたから、そんな自分本位な理由でよく考えず、がむしゃらに前を向いてきたが、本当にこれで良かったのだろうか。やはり地底ですべてを諦め、モグラとして生き続けていた方が丸く収まったのではないか。世界を変えられるなんてそんな話、乗ったのが間違いだったのではないか。


「……私、ラフィリアを復活なんて……」


 やっぱりできない。


 そう続けたけれど、それは音にならなかった。できなかった。

 ここまで来てそんな弱音はフランが許さないだろう。味方のふりをして途中で投げ出すなんて、最低だ。それなら最初から協力なんて申し出なければよかったのだ。すぐ後ろにいるフランは、今のリアをどんな顔で見ているのだろうか。振り返る勇気はない。

 顔を手で覆い、しゃがみ込む。進むことも、後戻りすることもできず、苦しい。今どうするのが最善だろうか。苦悩するリアの上からそっと包むような笑いが降った。


「キミがそんなに気負う事はないよ。もしラフィリアがとんでもない悪者で人間に害をなすような存在だったとしたら、全部僕のせいにすればいい。キミは僕に脅されてやった、それでいいんだから」


 諭すような言葉につられ、顔を上げる。遠い目をしながら自嘲気味じちょうぎみに笑みを浮かべるフランの真意が分からず、リアは押し黙る。


「僕は昔からみんなの嫌われ者。だから、いいんだ」


 諦観ていかんまとった瞳は感情が宿っていない。

 フランはリアを信用していいと言ったが、フランはリアを信用していない。裏切ると決めつけている。出会って数日の人間に自分の事を知り尽くしているという態度を取られて、たまらなく腹が立った。

 頭に血が上り、その勢いのままフランに肉薄にくはくする。


「……何その自己犠牲みたいな話っ……! 過去に何があったかは知らないけど、今、私にはそんなこと関係ない! 人生諦めて、何もかも知ったような口聞いて! あなたに私の何がわかるっていうの!? 勝手に決めつけないで!」


 階段は狭く、壁に背を付ける形のフランに逃げ場は無い。強い剣幕けんまくで真っ向から対峙するリアの行動は予想外だったらしく、フランはたじろぐ。

 フランから目を外し、そのまま怒りに任せて鍵穴を回した。


 自分をここまで振り回しておいて、急に手を引くなんて肩透かしだ。どうせなら最後まで振り回して欲しい。

 リアの叱責しっせきに目を丸くするフランの隣で、さっきまでの迷いが嘘のように扉を開け放つ。自分の中にある恐怖を跳ねのけられる一面に気付かされ、なんだか眠っていた強さを呼び覚ましたようで心地が良い。

 隙間を広げる扉の向こうから何が現れるのか、リアは期待と不安を真正面から受け止める。


 まず目に入ったのは、ぼんやりとした光だ。カンテラの橙色ではなく、白。

 そむくことなく見届けた先には、ぼんやりと発光する身長以上ある大きな半透明のまゆのようなものがあったのだった。

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