第22話 弱者と強者

「楽しいものが見れるぞ」


 モグラという、自分より弱い存在に気が大きくなったのか、男は部屋の隅にあるカンテラの置かれた机を雑に横へとずらした。

 危うく炎が揺れるが、何とか消えずに持ちこたえる。机があった床には、よく見ると四角く切れ込みがあり、一点に力を込めると床がはずれ、その下から階段が現れた。


 男は強引にリアの腕を引き、机上のカンテラを反対の手に持ち、後ろなどかえりみず階段を下っていく。


「えっ、や、ちょっと……!」


 あまりにも身勝手な行動にリアは足をもつれさせそうになるが、ここで足を踏み外したらかなり痛いだろう。

 飛び跳ねるようにして歩調を合わせ、何とかそれを自分のものにする。

 階段は常識的な範囲内の長さで、丁度住宅の一階分ほどを下がったところで平坦な床に足が付いた。

 目の前には人が一人通れるほどの細い通路が続いている。壁の高い位置に設置された光源が申し訳程度に辺りを照らしているが、依然、闇の占める割合が高い。

 床、壁、天井に至るまで剥き出しの石で、温かみは一切ない。ここが牢屋だと一目で分かった。


 リアと男の足音に合いの手を入れるかのごとく、通路の先から悲痛な叫びがこだました。反響し、それは呪詛じゅそのように降りかかる。

 まさか人がいるとは思っていなかったので、ふいに聞こえた声に酷く驚き、一瞬足が前に出ることをためらった。もちろんリアの腕を掴む男の速度は緩まず、強引に先へ連れていかれる。数歩たたらを踏んだそこには大教会の黒い制服を着た男が二人、鉄格子に張り付いていた。


「ここから出せ! こんな事をしてラフィリア様が許すと思っているのか!?」


 威勢のいい怒号に金髪の男はせせら笑い、腰に提げていた剣を抜き放った。流れるように黒服の喉元へ突き付ける。


「ぎゃんぎゃん吠えんな。力を無くして、なんもできねーくせによ」


 恐怖に引きる黒服の喉が、引いた刃により浅く切り裂かれる。一筋の赤い線が首に刻まれると、それ以上何か言うのは止め、悔し気に顔を歪めて鉄格子から手を離した。


「どうだ、こいつらは俺の前にひれ伏すしかできねえの。俺の事をよく知りもしないで、のこのこやって来て捕まって。惨めだろ? なんせ俺がこいつらの奇跡の力を奪ったからな」


 黒服の悔しがる姿を見て満足気に目を細めてから、萎縮するリアをさらに小さくするよう、頭の上から押さえつけるような音圧で自慢話を聞かせた。

 それでもリアは男の感情の動きを的確に知るため、目をそらすことはしない。


「奇跡の力を奪うって、どういうこと……?」

「俺は人の奇跡の力を奪う力を持っている。それ自体は強くないが、少しずつ、他人の力を手に入れて、それらを使って今では大教会のエリートの力を奪えるまでになった! この世で最強なのは、この俺さ!」


 悦に入り哄笑こうしょうする姿は狂気を孕んでいる。この男の気に障る事をしてしまったら間違いなく殺されるという戦慄せんりつがリアを駆け巡り、頭上から降り注ぐ笑い声を払いのけもせず享受した。

 ただ黙って受ける耳障りな笑い声の中に、微かだが子供の泣き声が混じって聞こえた。リアは目を凝らし牢屋内をよく確認すると、牢の隅に背を預けるようにして縮まり静かに泣いている男の子が見えた。まだ十歳にも満たないであろう幼い嗚咽はリアの心を波立たせる。


「……あなた、子供まで犠牲に……!?」

「ああ、こいつは大教会を揺さぶるために必要でね。高貴なる騎士長様のご子息だ」

「酷い……」

「大教会の奴らは子供だって例外なく、力が弱いからって差別したさ。因果応報だな!」


 牢の中で苦い顔をする黒服を突き刺すように睨み付けてから、男は用は済んだ、とばかりにリアの腕を握り直し上階へと引き連れていく。

 ここでは皆、この男によって命を握られている、そう思わざるを得ない。


 窓の塞がれた一階部分は地下とさほど変わらず薄暗く、カンテラに灯る炎だけが唯一の頼りだ。

 手が放され、全身を視界に入れられる距離を取ってから金髪の男は凶悪な笑みでにたり、と唇の間から歯を見せた。


「どうだ、もうすぐこの俺が大教会を壊滅させる。ここで会ったのも何かの縁だ。お前を一番目の妻にしてやる」


 おもむろに剣を抜き放ち、床を数回、切っ先で叩いた。

 断ればどうなるか。

 ここを生き抜くためには従うしかない。まるで暗闇を照らせるただ一つの光のように、リアの未来は男の手の中にしかない。

 一難去ったと思ったらまた一難。フランも言っていたが、自分には運がなさすぎる。後悔しようにも何を恨んだらいいかなんて明確にはならず、目を伏せた。

 それでも、こんな男に人生を縛られるなんてごめんだった。


「そんなの……そんなの願い下げっ。あ、あなたのやり方はっ、間違ってる。力で力を押し付けたって、何も変わらない……っ」


 恐れが息を詰まらせ、途切れ途切れになる言葉に迫力はない。心臓が主張を強め、全身にその脈動を伝える。


「あぁ? モグラのくせに生意気言うんじゃねえよ」


 低く凄む声は、その圧力だけでリアの足元をふらつかせる。同時に突き付けられた剣の刀身がカンテラの光を照り返す。

 生まれて初めて真っ向から刃物を突き付けられ、リアはその殺気に言葉を失った。

 しかし、どうしても従う気にはなれず、腰に挿したナイフを勢いよく引き抜き、男にその先端を向けた。どう見ても悪あがきだ。


「ははっ、俺とやり合おうってか? 健気けなげだねぇ。だが、その震える手で上手く刺せるかな?」


 腹の底からの嗤笑ししょうをこれでもかというほど耳にこびりつかせると、男は顔から笑みを消し、冷え切った眼光でリアを攻め立てる。


「もう一度聞く。お前は馬鹿そうには見えない。良く考えて答えを選ぶんだ。武器を捨てて俺の嫁になるか、ここで剣の切れ味の実験になるか」


 小刻みに揺れるナイフの向こうで男は淡々と告げる。突き付けられた長剣は答え次第で、いともたやすくリアの首をねるだろう。

 どちらにしろ、このままでは焦れた男によって危害を加えられる。ナイフを捨ててたった一言、あなたに従う、と言うだけでいいのだ。ほんのそれだけで命は助かる。

 弱い者は強い者に従うしかないのだ。それはいつだってそうだ。


 男から視線を外し、眉間に皺を寄せて精神的苦痛に蓋をするよう目を閉じた。いい加減ナイフをかかげる腕も疲れてきた。刃を下ろそうとした時、突発的な激しい破壊音と共に、この小屋にあるはずのない柔らかな光が差し込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る