第23話 強者と弱者
突発的な出来事にナイフを取り落とし、床に金属が跳ね返る音が染み渡る。
「……キミ、本当に悪運が強いね。いきなり大当たりを当てるなんてさ」
外の光を背に浴びて戸口に立つのは、紛れもなくフランだ。
降って湧いた希望に顔が
一見、正義の味方のように完璧な入り方だったが、明らかに息が上がっている。口調こそ取り繕おうとしているが、忙しなく上下する肩と、首筋に流れる汗が魅力を半減させていた。
「あ、キミたち、僕が疲れ果てているのを、馬鹿に、しているね? 僕、体力には自信が無いんだ、大目に見てよ」
そこまで言って息が辛くなったのか、無言で荒い呼吸を繰り返すフラン。
助けは格好良く颯爽と現れる、という常識を
「……この女を連れていた大教会の奴はお前か。どうしてここが分かった?」
登場の仕方はまるっきり無視する方向に決めたようで、男がフランに真っ向から対峙した。リアに向けたものよりも強い殺気を纏い、一触即発の張り詰めた空気が小屋を包む。
男の背中しか見えないリアでさえもその凶悪さに腰を抜かしてしまい、硬い床に勢いよく足を投げ出してしまったが、フランはようやく整ってきた息を大きく吐き、形の良い口元に笑みを咲かせる。
「どうしてここが分かったかって、それを悪党に教えるわけないだろう?」
肩をすくめ、あろうことか男のテリトリーである室内へと無造作に足を踏み入れた。
慌てるリアをよそにフランは何食わぬ顔だ。
まったく恐れる様子のないフランに男は苛立ち、剣を振りながら詰め寄る。
「温室で育ったお坊ちゃんは、身の程をわきまえない大馬鹿者のようだな」
言い終わる前に男は前進し、造作なく両刃の剣を閃かせた。
その動きは流れるようで無駄がない。相手を殺すための最低限の動きだ。
広くはない室内で振るわれる剣は強い存在感を放つ。目をつぶる事も忘れ、成り行きを網膜に焼き付ける。フランが無残に切り裂かれる瞬間を想像し、体の震えが止まらない。
だが、その予想はいい方向に裏切られた。
顔色一つ変えず、フランは体の前へ小さく手を出す。その手から白い
「水の力はありふれているけど、実はすごく使い勝手がいいんだ。今みたいに氷を作ったり、こんな事だってできる」
やたらと明るい口調と共に手のひらを上に向ければ、男の頭上にだけ雨が降る。水で男を濡らすだけの行動に首を傾げるが、異変は男の上げた声とほぼ同時に目視でも認識できた。湯気が上がっているのだ。
「熱っ! なんだよこれ!」
「あはは、大丈夫、そんなに慌てなくても。死なない程度に温度調節しているから。でもまあ、火傷くらいはするかもね」
熱湯を容赦なく浴びせられ、あっという間に赤くなっていく男の顔。
一方的な展開になっているフランの嫌がらせ戦法に、リアは顔を引きつらせる。まるで子供のいたずらだ。実際にフランが奇跡の力をしっかり使うのを見るのは初めてで、こんなに強いなんて思っていなかったので見直す反面、あまりにも地味で陰湿な攻撃に何となく気が抜ける。
しかし、いつまでも傍観者でいるわけにはいかない。リアは自分が今すべきことを考える。
男は顔を手で覆い、加減を知らない攻撃に悶えていて、自分は男のすぐ後ろの壁際にいる。ここにいたのでは、いつ男の魔の手が忍び寄るかわからない。力の入らなくなってしまった足を引きずりながら必死に床を這い、壁伝いにフランの方へと逃れる。
男の苦し気な
それを肯定するように、フランは次なる行動へ移った。
「どう? 降参する気になった?」
手のひらを握れば、熱湯雨はぴたりと止む。
男は全身から水を滴らせ、威厳が削がれてしまっている。
「嘗めた真似、しやがって……!」
一度剣を鞘にしまい、手を打ち鳴らした。すると男の頭上に水の塊が現れ、桶をひっくり返したような水をかぶった。床に跳ね返る水がリアを濡らす。自由にならない体で少しでも遠ざかろうと腰をついたままもがくリアをよそに、フランはちゃっかり出入り口のそばまで避難している。
扱いがぞんざいだと
リアなんて見えていないかのように話は進んでいく。
「その力は誰から奪ったのかな? 人の力を奪う力だなんて、キミは生まれながらの悪党だよね」
安全圏からフランの挑発。
「黙れ」
腹の底から怒りを乗せ、男はフランとの間合いを詰める。動くたびに小さな水音が付いて回り、剣を抜き放てば水滴が飛ぶ。フランは若干嫌そうな顔をするが、何か仕掛ける素振りはない。
「お前の力も奪って、ぶっ殺してやる」
幾分かマシになったが、ほんのりと赤い顔は熱湯のせいなのか、怒りのせいか、はたまたどちらもなのか。男はリアにしたのと同じように、フランの顔の前に手を掲げた。
力を取られてしまったら形勢逆転されてしまう、と息を呑むが、フランは落ち着いたまま。
「引き際は間違えない方が身のためだよ」
ため息混じりに困ったような、内心は面白がっているようなはっきりとしない表情をして、フランは余裕そうに人差し指を顔の前で軽く振った。
それとは反対に、目玉が零れ落ちるのではないかというほど見開かれた男の目。含みを持った紺色の光を細めるフラン。一瞬で手の上に純度が高く透き通った氷を作り出して、動揺を隠せない男の美しい金髪に思いっきり打ち付けた。
その一発で男の意識は遥か彼方に飛んでいったようで、どっさりとその場に
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