第19話 フラン3

 椅子に座ったフランは、これからする話によってリアの表情がどう変わるか楽しみなようで、勿体もったいぶったように、にやついている。

 しばらくじっとその視線に耐えたが、動かない時の流れにいい加減飽き始めてきた。こちらから発破をかけようかと口を開きかけたところで、ようやくフランは息を吸った。


「僕は奇跡の力を無くしたいと思って、ラフィリア様の研究を始めた。それで知ったんだ、ラフィリア様がこの大教会内に未だ囚われている事を」

「ど、どういう……」


 さらりと告げられたのは、すぐに信じられるようなものではなかった。しかしふざけているようではない。

 認識を根本からくつがえす発言に、顔は表情の作り方を忘れる。


 歴史書を見る限り、ラフィリアはこの世界に降り立ち人間に奇跡の力を与えた、と記述されているがラフィリアは神だ。それは想像上のもので実在しないに決まっている。もしいたとしても、遥か天から人間たちを見下ろしているに違いないはずだ。それがすぐそばにいるとなると、神は人間と同様に実体を持って存在しているということになる。

 概念として信仰してきたリアにとって、動揺するなという方が無理である。


「ラフィリア様の伝説は知ってるよね?」


 リアの反応に満足したのか、背もたれに大きく寄りかかって饒舌じょうぜつに問う。


「五百年前、地上に降り立ったラフィリアは人間に奇跡の力を与え、繁栄をもたらしたんでしょ?」


 ラフィリアに関する本は幼少期に擦り切れるほど読んだ。その神話は今でもそらんじて言える。


「そう。でもね、力を持った人間には悪い奴もいたんだ。ラフィリア様がいる限り、自分たちはこの地上で一番の支配者にはなれない。だから、ラフィリア様を封印してしまおうと考える者たちが現れたらしいんだ」

「そ、そんな……」


 フランの口から出るのは初めて聞く衝撃的なもので、二の句が継げない。しかし、同時に大人になった今ならば、そんな人がいることも理解できた。神であるラフィリアは人間よりも圧倒的な力と寿命を持つ。それがいつまでも近くにいられたのでは都合が悪い。


「簡単に言うと、ラフィリア様は悪い人間に追い詰められて、術中にまってしまったわけだ」

「それは本当なの……?」


 意図しなくても声色は硬いものになる。

 父や母、親しかった大教会の人とも話題になったことはない。


「信じられないのも無理はないね。でもまあ続きを聞いてよ。……僕の目的はこの世から奇跡の力を無くすこと。それはラフィリア様自身にしかできないらしくってね。もしくはラフィリア様の存在をこの世から完全になくす、つまり殺すこと」


 規模が大きすぎてフランの言葉が右から左へ素通りしそうになる。

 神に頼んだところで聞き入れてくれるのか、とか、それ以上に神を殺すのはもっと難しそうだ、などと次々に状況は悪い方へ傾く。


「で……なんで私が関係してくるの? フランは私なら奇跡の力を無くせる、って言ったよね?」


 神に干渉するなんて、そんな大それたことができるとは思えない。フランの真意を読み取ろうと、少し前のめりに発言する。

 対するフランは相変わらず余裕そうな態度を崩さない。


「僕は必死でラフィリア様の力について調べたんだ。僕らの奇跡の力っていうのは、根源はラフィリア様なわけ。だから、ざっくり言っちゃうと、モグラ以外の地上人はみんなラフィリア様の支配下。ラフィリア様の力でその当人に干渉するのは不可能でね。……だからキミが必要だったのさ」

「まったくわからないんだけど」

「キミは特殊なんだよ。簡単に言うと、キミはラフィリア様の力に耐性がある。だからきっとラフィリア様との万が一の時、切り札になると思って」


 わかったような、わからないような、そんな微妙な所感に小さく唸ればフランがさらに説明を繋いでくれた。


「この地上に生まれた者は皆、ラフィリア様の力を授かる。それは本人が望む望まないとか関係なく連綿れんめんと続くものだ。それがキミには、ぱったりないんだよ。つまりラフィリア様の力が及ばない存在たり得るわけで。僕はラフィリア様を復活させて、力を消してもらうようにお願いしたいと思っている。でもそれまでに、どんな展開が待っているかはわからないし、選択肢は多い方が良いと思って」

「ものすごく物騒な事考えてない?」

「僕はいつも最悪の事態を考えて生きているから」


 目尻を下げたまま、答えになっていない曖昧あいまいな表現を迷いなく言い切るフランの思考回路は、リアには解析不可能。とにかく自分がとんでもない陰謀いんぼうに巻き込まれたことだけは分かり、帰る家があったなら今すぐここから逃げ出していただろう。


「……そこまで私を重要だと思っていたなら、地底に落とされる前に助けてよ……」

「だってあの時はキミが地底へ行くのが国主こくしゅ様の一存だったから。いくら僕でもそれに反発するのは難しいよ」


 椅子の背に身を預け、清々しく笑う姿を恨みがましく睨み付けるが、その攻撃はまったく効いていない。リアは仕方なし、と諦めのため息をついて話を進める。


「私が保険のような扱いだっていうのは分かったけど、フランの言い方だとラフィリアの封印が確実に解けて、なおかつそのラフィリアがこころよく奇跡の力を消してくれるかはわからないんでしょ? 私に言わせてみたら可能性低いと思うんだけど」


 テーブルに腕をつき、怖い顔で迫れば、その格好を真似まねてフランもテーブル上でリアに頭を近づけた。


「やってみて駄目だったら、その時にまた他を考えるだけだよ。可能性はひとつずつ潰しておきたいだろう? あ、もしキミがラフィリア様について何の役にも立たなかったとしても、キミをここから追い出したりしないから安心しなよ。好きなだけいていいから。この塔、部屋はまだ沢山あるからね」

「さりげなく酷い事言うよね、フランって」


 この人は先の先まで考えているのか、はたまた何も考えていないのか、難解すぎて返答に困る。リアは素っ気なく吐き捨ててから押し黙り、顔をそむけるように横を向く。そちらにはキッチンがあり、すかすかの食器棚を凝視ぎょうしする羽目になった。


「言葉のあやだよ。キミは国主の娘だ。この大教会について僕が知らない事も知っていると思うから、それだけで充分だよ。それに僕の直感って結構当たるんだ。だからきっと、キミはこの世界を変えることになると思う」


 へそを曲げたリアをフランは苦笑しながらなだめた。


「そうだ、早速だけどキミに聞きたいことがあるんだ。ラフィリア様復活についてもう一つ肝心な問題があってね。この大教会のどこかにラフィリア様が安置されているのはわかったんだけど、まだその場所がわからなくて。キミ、何か心あたりない?」


 思い出したかのように語り口を変えてリアの気を引く。


「そんなこと言われても……」


 大教会で暮らしていたのは、もう十年も前だ。記憶にはもやがかかり、ところどころ忘れてしまっている。眉間に皺を寄せて黙考もっこうするリアを、フランは期待に輝く瞳でその時を待っている。たった一人から掛けられる重圧の中、リアは昔を思い出す。ラフィリアが封印されているなんて話は丁寧に時間をさかのぼっても出てこない。

 その代わり、わりとすぐに思い浮かんだのは、両親から絶対に入ってはいけないと言われていた、国主家族が住む区画の中庭にある小屋だった。

 あの中は国主しか立ち入るのを認められておらず、中に何があるかは知らない。代々その秘密は国主から新国主にのみ知らされるらしい。


「確証はないけど……心あたりあるかも……」


 それが今回の件に関係するかは怪しいが、協力すると言った手前、包み隠さず話すべきだろう。


「国主が住む区画の中庭に、国主しか入るのを許可されていない小屋があるんだけど」

「おおっ。幸先がいいね。近いうちに行ってみよう」


 軽いノリで手を叩きつつ喜ぶフラン。上手く言葉が伝わらなかったことに少し苛ついて、テーブルを手のひらで叩く。


「だから国主しか入れないんだって! いくらあなたが優秀だからって、入れてくれるわけないよ!」


 語気を荒くするリアに、謝りも、悪びれる様子も見せずにフランは椅子から立ち上がり、片目をつぶってみせた。


「うん、そうだね。多分無理だと思うよ。だったら、こっそり入ればいいんだよ。……残念ながら明日は僕に仕事があるから、その後だね」

「はぁぁぁぁ!?」


 この人と対話するのが全面的に嫌になったリアは悲鳴のような絶叫を残し、テーブルに突っ伏した。

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