第18話 フラン2

「まず、もう感づいていると思うけど、キミは地上と地底によって故意的に傷つけられた」


 やっぱり。

 初めからこうなることは決まっていたのだ。何も知らなかったのは自分だけ、というのがたまらなく悔しい。


「今年、あのクラリスって子がモグラでありながら奇跡の力を授かった。それで大教会は大騒ぎさ。この前、視察団がモグラを取り仕切るあるじの元におもむいただろう? そこで今年の代表をクラリスが力を使い傷つける。それを持ってモグラの懺悔ざんげとする、と取り決めたのさ」

「……」


 クラリスの屈託くったくのない笑顔が思い返される。地上までの長い階段で楽し気に話していたのは嘘だったのだろうか。何を信じ、何を疑えばいいのか。

 視線を落とした先には紅茶の水面みなもに映る、今にも泣き出しそうな顔があった。


「で、あの子は見事、同胞であるキミを傷つけて役目を果たしたのさ。……それにしてもあの子、見た目は可愛いのにやる事は容赦ないよね。明らかに致命傷だよ」


 世間話をするような軽さのフランだが、ほんの少しだけその奥底に嫌悪が見えた気がした。


「大教会のみんなが見たかったのは、同胞を傷つけるその行為。狂ってるよね、人が重傷を負っているのに誰一人キミには目を向けないどころか、歓声を上げてるなんて」


 フランはそこで一旦言葉を切り、元の半分ほどにまで減った大皿のスコーンをまた取り、着々と一人で数を減らしていく。

 どうやらリアに頭の中を整理する時間をくれたようだった。さりげない気遣いをされ、優しいのか意地悪なのか、断定からは遠ざかり困惑するが、ここはその厚意をありがたく受け取る。大きく息を吸い、そして吐いた。


 フランが言った事を信用するのならば、自分はここで生きていて良いのだろうか。あの場で生贄いけにえのような役割の自分がいなくなったなんて、騒ぎになっていないだろうかと今更ながら怖くなる。父である国主こくしゅを含め、大教会の者が血眼ちまなこになって探しているのではないか。そう思うと窓から外を見ることすら恐怖でしかなくなる。もし誰かの目がそこにあったら自分は今度こそ、この暖かな世界にはいられなくなるかもしれないのだ。


「あ、もしかしてキミ、自分が追われる身なんじゃないかと思ってるね? それなら大丈夫だよ。さっきも言ったけど、大教会のみんなはモグラがモグラを傷つけることでラフィリア様へ忠誠を捧げる、って決意を見たかっただけだから。キミの生死はそこまで重要視してないんだ」

「そ、そうなの……?」

「うん。大教会の人間はとことんモグラには興味無いからね。僕があの場でキミの元へ行っても誰にもとがめられなかったのがその証拠。キミを助けた僕の事は、変人くらいにしか思ってないだろうし」

「なんていうか……地上の人っておかしいのね……」


 普通、あの場で生贄を助けるなんて言語道断だろう。十年前は子供過ぎて分からなかったが地上人のモグラに対する無関心さに呆れを通り越して感心さえ覚えてしまいそうだ。本当にその辺にいる虫と同程度なのだろう。


「そういえば、クラリスの力って何なの? 私、自分が傷つけられたけど、どんなものかは見えなくて」

「あの子は刃物を具現化する力だよ。かなり珍しいよね。懺悔の日の時は大剣の刀身を出現させバッサリさ」


 怖いよね、とあまり怖そうではない口調で苦笑する。尚もスコーンを食べ続け、まるで友達とお茶会でもしているような雰囲気に、知らず知らずのうちにリアの心は解かれていく。


「そうだ、ここはどこなの? それに懺悔の日からはどれくらい経ってる?」

「翌日だよ。ここは僕にあてがわれた家。ほら、大教会研究区画の一番奥にある塔の一番上。ちなみにこの塔はすべて僕のものなんだ」

「えっ!?」


 大教会で働く者は敷地内に建てられた宿舎しゅくしゃを使うか、大教会の外に暮らすか選択できる。フランは大教会に住むと決めた人なのだろうが、まさか塔一つを使えるなんて相当だ。自分でも言っていたが、国主も認め、特例が通るほどの実力があるということになる。

 無害そうに次々とスコーンを腹に収めているが、一体どんな人物なのか興味が湧く。


「フランって何者なの?」

「天才だよ。キミの傷を治したのも僕だし、キミをあの場から一瞬でここに運んだのも僕。まあ、転送……いわゆる瞬間移動は条件が限られちゃってるから、あんまり役には立たないけど」


 思わせぶりにリアへと流し目を送るフランの言いたい事を理解し、リアはめまいがするほどの衝撃を受けた。

 フランは二つでも珍しいというのに、奇跡の力を三つ持っているのだ。

 閉口し、言葉を失ったリアの反応にフランは気を良くしたようで、ほぼいちごジャムのスコーンをまた口に運んだ。


「ちなみに僕、奇跡の力は五個ほど持ってるんだ。すごいでしょ」


 子供のように自慢するフラン。リアよりも年上のはずなのに、その貫禄かんろくはまったく無い。鋭い所もあり、無邪気な一面も持っている、どこまでも掴みどころのない彼を常識で測るのは無理だと早くも悟り、こういう生き物なのだと、まるっと受け入れることにした。


「奇跡の力を五種類も使えるなんて聞いた事ないよ。さぞエリートとして、もてはやされてるんでしょうね」


 リアが一つも持っていない力を、この男は五つも使用できる。世の中の不公平さに腹が立って、残り三個になってしまったスコーンを心なしか乱暴に手の中に収め、ぱっくりと割った。


「たしかに僕はこの力を人より多く、強力に使えるから表面的な待遇はいいよ。でも」


 指に付いたジャムをぺろりと舐め、これまでにないくらい不敵に笑った。


「僕はこの世から奇跡の力を無くしたい、心からそう思っているよ」


 その表情には迷いなど一切無く、リアの返事を待っていた。だから、リアも誠実に答えるべく、真っ向から挑戦的な視線を受けた。


「私もそのつもり。できることがあるなら、ぜひ協力させてほしい」

「よし、これで僕らは仲間だ。改めまして、よろしく」


 軽く頭を下げるフランをリアも真似まねる。


「まずは僕の事を話さないとだね。僕はこの塔を借りて、ラフィリア様やその力について研究をしているよ。……僕は昔から奇跡の力が強くって。まあ、全然無くてもキミみたいな運命を辿たどってしまうけど、強すぎるのも幸せではないんだよね」


 視線を斜めに下ろして小さく笑う様子は自嘲じちょうを含んでいる。自分とは正反対の人物が歩いてきた人生に、リアはそっと耳を傾ける。


「この強すぎるのと、多すぎる力のせいで僕には友達の一人だっていない。腫れものを扱うような対応か、強く当たるかの二択。兄弟や両親からもうとましがられてる。結局みんな僕の力が怖いみたい。別に僕は誰にも危害を加えようなんてこれっぽっちも思ってないのに、勝手に決めつけて。失礼しちゃうよね」

「あなたも大変な思いをしたんだね……私、少しでもフランを羨ましいと思っちゃって申し訳ないわ」


 フランもラフィリアの被害者だ。そもそも神の力を人間に与えるのが間違いだったとすら思える。

 すっかり冷めてしまった紅茶を飲み干して、リアは正直な想いをフランにかけた。


「……私はこの前、視察団に恩人が殺されたの。それに加えて親友は地上との友好という名の奴隷として連れてかれた。今の私には住む場所も職もない。もうどうなってもいい。だからせめて、自分から全て奪っていった奇跡の力がこの世からなくなるのを見届けたい」

「あらら……キミって本当に、世界中の不幸を背負っちゃった、みたいな人だよね。僕、同情するよ」

「余計なお世話っ!」


 さっきまでのしんみりとした空気を吹き飛ばすかのように、フランは腕を組んで大きく頷くのでリアは思わず声を荒げていた。

 まだまだ距離感が掴めず、リアは一人悶々もんもんとする。やけくそとばかりに最後の一個だったスコーンにかぶりつき、フランに笑われてしまった。

 テーブルの上の物を全て平らげ、フランが食器を手際よく片付けていく。リアは手伝いを申し出たがすぐ終わると断られたので、所在無しょざいなげに椅子で背筋を伸ばしていた。


 今日はとても良い天気で、窓から入る太陽の光に照らされる室内は照明器具いらずだ。

 あれから主様あるじさまやクラリスはどうなっただろうか。自分の事をどう思っているだろうか、と知らずに思考の大半を占めてしまうが、その答えが出ることはない。

 自分はまだ儀式用の白いローブ姿だ。胸元にはルーディとお揃いの花形をした首飾りがある。なくなってしまわなくてよかった、とリアはそっと両手で包み込んだ。


「さて、と。それじゃ本題について話そうか」


 フランはテーブルの上を台拭きで綺麗にし、改めてリアの前にその身を落ち着けた。

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