第15話 懺悔の日2
真正面の広大な敷地に広がる、大教会の大小様々な建物。それはこちらが見るのを嫌がろうが、容赦なく視覚を
地底への階段から大教会へは、一本の大通りによって直線で繋がっている。その沿線には老若男女が押し寄せ、身を乗り出したり背伸びをしている。皆、
ここを最後に通った日と同様、晒し者だった。
リアはフードを目深にかぶり直し、顔を隠すように俯く。前を歩く大教会の制服の歩幅にだけ注意する。
人々の興味は留まる事を知らず、ふとした瞬間に意識してしまえば、大量の
『底辺のクズ』
『生きている価値なんてないのに、ラフィリア様の温情で生かされている』
『早く滅びないか』
投げかけられる言葉は、地上人からすれば悪気など無い。当たり前の認識だ。悪意が感じられない悪口は質が悪く、必要以上に心を抉る。
暖かな太陽を受け浴びる冷たい言葉は、体を内側から壊していきそうだった。
空気を飲み込み、ひたすら民衆の心無い言葉に耐える。何のほころびも無く整備された砂色の石畳を踏む足音だけに集中するよう歩数を数え、気を落ち着ける。
早く大教会に着かないかと焦がれるほどに、道のりは遠く感じる。まだ道程は半分ほどだ。
『あの子が奇跡の力を授かったっていう――』
不意に耳へ飛び込んだのは、クラリスを指したものだった。地上では一般の人の間でも噂として広がっているらしく、何人かはその存在に気が付いたようだ。
モグラでありながら奇跡の力を得たクラリスの存在は、地上人に困惑をもたらしているようで、言いにくそうに口をつぐむ姿が見受けられる。
リアの後ろに続く
群衆に見せつけるよう速度を落とし進行するリアたちは、ようやくその終わりにたどり着く。見上げなければ先端まで見えない大聖堂の圧が、目を逸らしているにもかかわらず感じられる。
大教会はざっくり分けると、主に
重要機関であるがため、身長の倍以上の分厚い石壁に囲われていて、入口の門は見るからに重厚で外部からの侵入を簡単には許しはしない。
その門の前には重々しい空気の黒服が二人と、鎧を着こんだ兵士三人が待ち構えていた。ここにフランがいないか少し期待をしてしまったが、そんな都合良くは運ばない。全員知らない顔だった。リアたちの姿を
黒服の二人が加わり、リアたちが変な動きをしないか見張っているようだ。モグラ同士で話でもしようものなら問答無用、奇跡の力で傷つけられてしまいそうな、殺気と言っていいほど強い敵意を剥き出しにしている。
――国主の娘としてここにいた時とは真逆の対応だ。
周りを囲む黒服にばれないよう、そっと自嘲気味に口の端を歪めた。
親切で優しかったのは、自分の肩書のおかげだったと十年越しに改めて打ちのめされる。
何も知らず、ただ目に見えるすべてを信じ生きていた幼少期を否定されているようで、その事実から逃げ出したい衝動に駆られる。しかし、その選択肢を取る事は許されない。太陽を受け、地底で見るよりも金色に近い輝きを放つ花の首飾りを握り締めた。
地上人の暴挙から幼子を守り、死んでいったジャネット。そして地上へ連れて行かれたルーディのためにも
それを見計らったかのように強い風が吹き、被っていたフードを背中に落とした。特に珍しくもないこげ茶色の髪が視界を覆う。乱れた髪を手で直しながら辺りを見回せば、忘れていた幼い頃の幸せな記憶が蘇った。家族と過ごした家、毎日母とお祈りを捧げたラフィリア像――
敷地内に入ると大きな庭園が広がり、入念に手入れをされた木や花々が瑞々しく伸びている。その匂いにつられ、あちこちには白や黄色の蝶が舞っている。
ひと際大きな花壇に挟まれるようにして飛び石になった道は続く。そしてその先に待つのは大聖堂だ。あの日、リアを追い出した建物は記憶と少しも変わっていない。
大教会の建物は基本石造りで灰色をしているが、大聖堂だけは光を象徴した白亜だ。
あの中には沢山の大教会関係者がひしめき合っていて、皆で光とは似つかわしくない、どす黒い感情を持ってリアを迎えるのだろう。
本当は忌々しいこの建物を睨み付けたい。しかし、今のリアにはそんな余裕などなかった。次はどんな
吐き気さえ覚える重圧をリアは必死に押し返す。
迫る大聖堂。かつてリアを締め出した両開きの扉が、今度はリアを受け入れるために開かれた。
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