第15話 懺悔の日2

 真正面の広大な敷地に広がる、大教会の大小様々な建物。それはこちらが見るのを嫌がろうが、容赦なく視覚を占拠せんきょする。その存在感は十年前と変わらず、寄り集まって一つの大きな存在となり国の象徴として機能している。


 地底への階段から大教会へは、一本の大通りによって直線で繋がっている。その沿線には老若男女が押し寄せ、身を乗り出したり背伸びをしている。皆、懺悔ざんげの日に来た惨めでおとっているモグラを嘲笑ちょうしょうしに集まっているのだ。完全に見くびり、指をさして大声で笑う者もいる。


 ここを最後に通った日と同様、晒し者だった。

 リアはフードを目深にかぶり直し、顔を隠すように俯く。前を歩く大教会の制服の歩幅にだけ注意する。

 人々の興味は留まる事を知らず、ふとした瞬間に意識してしまえば、大量の揶揄やゆ耳朶じだを打つ。


『底辺のクズ』

『生きている価値なんてないのに、ラフィリア様の温情で生かされている』

『早く滅びないか』


 投げかけられる言葉は、地上人からすれば悪気など無い。当たり前の認識だ。悪意が感じられない悪口は質が悪く、必要以上に心を抉る。

 暖かな太陽を受け浴びる冷たい言葉は、体を内側から壊していきそうだった。

 空気を飲み込み、ひたすら民衆の心無い言葉に耐える。何のほころびも無く整備された砂色の石畳を踏む足音だけに集中するよう歩数を数え、気を落ち着ける。

 早く大教会に着かないかと焦がれるほどに、道のりは遠く感じる。まだ道程は半分ほどだ。


『あの子が奇跡の力を授かったっていう――』


 不意に耳へ飛び込んだのは、クラリスを指したものだった。地上では一般の人の間でも噂として広がっているらしく、何人かはその存在に気が付いたようだ。

 モグラでありながら奇跡の力を得たクラリスの存在は、地上人に困惑をもたらしているようで、言いにくそうに口をつぐむ姿が見受けられる。さげすみの対象にしてしまえば、力を授けたラフィリアへの冒涜ぼうとくに繋がってしまう。しかしモグラだ。大手を振って歓迎はできない、といった空気が大教会の黒服や、訳を知った群衆から伝わって来る。

 リアの後ろに続く主様あるじさまやクラリス、そしてモグラの護衛たちがどんな顔をしているのかは前を行くリアには見えないが、規則正しい足音を聞くに、割り切って受け流しているのだろう。その強さを前に、顔を上げることすらできないリアは己の弱さに気を落とした。


 群衆に見せつけるよう速度を落とし進行するリアたちは、ようやくその終わりにたどり着く。見上げなければ先端まで見えない大聖堂の圧が、目を逸らしているにもかかわらず感じられる。


 大教会はざっくり分けると、主に国主こくしゅ家族が生活をする住居区、黒服たちが仕事をする研究棟区、そして大聖堂からなり、左右はどこまであるのかここからでは端まで認識できないほどの面積を持つ。

 重要機関であるがため、身長の倍以上の分厚い石壁に囲われていて、入口の門は見るからに重厚で外部からの侵入を簡単には許しはしない。


 その門の前には重々しい空気の黒服が二人と、鎧を着こんだ兵士三人が待ち構えていた。ここにフランがいないか少し期待をしてしまったが、そんな都合良くは運ばない。全員知らない顔だった。リアたちの姿を一瞥いちべつすると門を開け放ち、中へ招き入れた。ここでも最低限の言葉しか発せられず、歓迎されていないのは明白だった。

 黒服の二人が加わり、リアたちが変な動きをしないか見張っているようだ。モグラ同士で話でもしようものなら問答無用、奇跡の力で傷つけられてしまいそうな、殺気と言っていいほど強い敵意を剥き出しにしている。


 ――国主の娘としてここにいた時とは真逆の対応だ。


 周りを囲む黒服にばれないよう、そっと自嘲気味に口の端を歪めた。

 親切で優しかったのは、自分の肩書のおかげだったと十年越しに改めて打ちのめされる。

 何も知らず、ただ目に見えるすべてを信じ生きていた幼少期を否定されているようで、その事実から逃げ出したい衝動に駆られる。しかし、その選択肢を取る事は許されない。太陽を受け、地底で見るよりも金色に近い輝きを放つ花の首飾りを握り締めた。

 地上人の暴挙から幼子を守り、死んでいったジャネット。そして地上へ連れて行かれたルーディのためにも悲愁ひしゅうに暮れている暇はない。必ずフランと接触し、どうにかこの世界を変えるために歯を食いしばり、リアは前を向く。


 それを見計らったかのように強い風が吹き、被っていたフードを背中に落とした。特に珍しくもないこげ茶色の髪が視界を覆う。乱れた髪を手で直しながら辺りを見回せば、忘れていた幼い頃の幸せな記憶が蘇った。家族と過ごした家、毎日母とお祈りを捧げたラフィリア像――


 敷地内に入ると大きな庭園が広がり、入念に手入れをされた木や花々が瑞々しく伸びている。その匂いにつられ、あちこちには白や黄色の蝶が舞っている。

 ひと際大きな花壇に挟まれるようにして飛び石になった道は続く。そしてその先に待つのは大聖堂だ。あの日、リアを追い出した建物は記憶と少しも変わっていない。

 大教会の建物は基本石造りで灰色をしているが、大聖堂だけは光を象徴した白亜だ。


 あの中には沢山の大教会関係者がひしめき合っていて、皆で光とは似つかわしくない、どす黒い感情を持ってリアを迎えるのだろう。

 本当は忌々しいこの建物を睨み付けたい。しかし、今のリアにはそんな余裕などなかった。次はどんな辛辣しんらつな言葉を投げられるのか。大聖堂内で自分が受ける目の冷淡さ。

 吐き気さえ覚える重圧をリアは必死に押し返す。

 迫る大聖堂。かつてリアを締め出した両開きの扉が、今度はリアを受け入れるために開かれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る