第9話 大教会の視察団1
「すっかりクラリスが救世主になったわねぇ」
午後の娼館はゆったりとした空気が流れる。入ってすぐのロビーには金の縁で飾られた深紅のソファが置かれていて、営業中は堪えず客を受け入れて沈み込む。今はルーディとリアの二人を乗せて、たわみを最小限に抑えている。
「
奇跡の力を欲する
「そうだ、大教会の視察団が三日後に主様を訪ねて来るんでしょ? どこからクラリスの事を知ったんだか」
「それなんだけど……」
大教会の情報網と、必死さを鼻で笑って隣のルーディを見れば、浮かない顔で瞳に床を映していた。珍しく歯切れが悪く言い淀む様子を
「あたし、その視察団の酒の席で接待に指名されたのよ……」
「ええっ!?」
自分たちのような、ただの住人はまったく関係ないと思っていたので、建物内の隅々まで行き渡るくらいの音量で驚きを表現してしまった。
ソファの背もたれから跳ねるように体を起こし、冗談なのか問いかけるようにルーディを窺えば、困ったような、複雑な苦笑を湛えていた。どうやら本当らしい。
「た、確かにルーディはこの地底でかなり人気の娼婦だけど、まさか大教会から来る視察団の接待なんて……」
「あたしを人気娼婦って認めてくれていたのね。嬉しいわ」
混乱した頭を整理しようと口に出した呟きに反応し、ルーディはおどけて笑顔を作った。しかし、二人の付き合いは長い。ルーディが
「ルーディ! 私に気は使わなくていいから! ……それにしても大教会はモグラ側に和平を持ちかけてるんでしょ? 随分身勝手だよね。自分たちが主様より先にクラリスを手に入れられなかったからって」
「リアにあたしの営業用スマイルは効かないのね。……あたし、怖いわ。だって……気に食わない事をしてしまったら、その、殺されるかもしれないじゃない……」
口角が徐々に下がり、小さく本音が漏れた。太ももに腕を置いてがっくりと
「……ルーディには、人を惹きつける魅力があるからさ、いつも通りでいいと思うよ」
慰めにも、解決策にもならない薄っぺらな言葉しか掛けられない自分に嫌気がさすが、無責任に励ましたくもない。
そんな本心が透けるような、不自然に硬い響きを放つ綺麗事はルーディの前に落ちた。
「ありがとう。できるだけ静かにしているわ」
ルーディもリアをよく理解している。石のような言葉を拾い上げ、眉を和らげた。
人に話したことで少しだけ不安が薄らいだのか、ルーディは力なく微笑んでソファの背もたれに体をゆだねた。リアも真似してもう一度体重をソファに預ける。お客様をもてなすためのソファは質の良いものを使っていて、何もかも忘れられそうな程ふんわりとした心地の良い快感で包んでくれる。
「そうそう、にこにこ笑っていれば問題ないよ」
きっと何事もない。リアはそんな根拠のない思考に身をまかせ、ルーディと笑い合った。
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