第7話 授かりし者
「リアっ! リアいる!?」
数日後、朝ののんびりとした時間はけたたましいノックの音と、興奮した女の声で中断された。
「朝っぱらから何? ルーディ」
朝食が終わり、食卓でジャネットと談笑していたところだったというのに、リアは仕方なし、と玄関を開けた。そこには薄いショールをドレスの上から羽織り、仕事終わりに走ってきたというような
「リア! 大変よ! 奇跡の力を手に入れたモグラが出たのよ!」
甲高い声で捲し立てる内容は現実的ではなく、眉根が寄ってしまう。
「……何言っているの? ルーディ。頭でも打った?」
哀れな視線になってしまっていたようで、ルーディは目を吊り上げ、一歩迫る。
「本当よ! しかもこの間、店の女将にいじめられていた、娼館ローズのあの子みたいで!」
「えぇ……とても信じられないんだけど……」
長くて綺麗な銀髪の少女が頭に浮かぶものの、まさか奇跡の力を授かっただなんて信じられるわけはない。かといってルーディの気迫は嘘を言っているようでもない。
困惑の視線と、真剣な視線がしばらく無言で絡まり合う。
「ジャネットさん、ちょっとリアを借りるわ!」
玄関先の止まった時を動かしたのはルーディだ。扉を押さえていたリアの手を引っ張り、ジャネットの返事も、リアの了承も待たずに駆けだした。
朝はまだ道行く人は少なく、全力で走っても邪魔になることはない。しかし、人を無理やり引っ張り回すのはどうかと思う、などと
「ルーディ! やめてよ! もう少しちゃんと説明して!」
立ち止まり、声を荒げるリアにルーディはごめん、ごめんと軽く謝ってから道の端に寄り、発光石の照らす真下で大きく深呼吸をしてから話しだした。
「あの銀髪の子が奇跡の力を授かったって、朝から歓楽街では騒ぎになってるのよ。……何だか運命が動き出しそうな気がするでしょ?」
いたずらっぽく片目を閉じるルーディの好奇心に半ば呆れる。確かにモグラ側に奇跡の力を持つ者が現れたのは、とんでもない出来事だ。歴史上初めてだと思われる。だが、それが吉報とは限らないし、この安定していた地底世界が浮き足立つのはリアにとって心地よくない。できれば何事もなく平穏に暮らしたい。
「ルーディは楽観的でいいよね……。奇跡の力を授かったって事はあの子、地上に行くのかな」
「さあ? まだ地上人は知らないだろうし」
今度は二人横に並び、娼館ローズへと浮つく足を抑えながら踏み出す。ただ力を授かった、とその部分だけでルーディは高揚しているが、リアは手放しに喜ぶことはできない。何せ自分は力が授からず地底に落とされたのだ。じきに大教会がこの事を聞きつけ、行動を起こすに決まっている。
そうなった場合、モグラの
鬱々とした気分のまま、ルーディに後れを取らないよう注意しつつ無理やり足を動かす。やがて細い路地の先から人々の驚愕や喜びの声が流れてきた。足を速めるルーディの背中を見送り、リアはそっとため息をつく。あまり乗り気ではないが、気にならないわけでもないので、重い足を引きずるようにして、
朝の時間だというのに、娼館ローズの前は人でごった返していた。そこにいるのは明らかに客ではなさそうな、ルーディのようにどこからか噂を聞きつけてやってきた住民といった
娼館の入口を背にして銀髪の少女と、意地悪をした女将が並んでいる。二人の表情は対照的で、力を授かったという少女は喜びも怒りも、何の感情も示さない顔で地面の一点を見つめている。その横で、女将はあの日の不機嫌が嘘だったかのような満面の笑みをして、集まる人に参拝料を要求していた。飛び交う銅、銀、そして中には金貨も。女将の瞳は意地汚く輝く。
「ルーディ行こうよ。あのおばさんの気持ちの悪い笑顔なんて見たくないよ」
「そうね。とりあえずあたしの話、本当だって信じてくれたでしょ?」
「実際力を使っているのは見ていないけど、まったくのでたらめではなさそうだね」
「これからどうなっちゃうのかしらね!?」
「あまり希望は持たない方が良いと思うよ」
浮かれ気味のルーディにくぎを刺し、一度寝るように促して娼館に送り届けた。
力一つで周りの態度が正反対になってしまう。リアは久しぶりに地底に落とされた日の事を思い出してしまい、
あっという間に家の前についてしまった。このままではジャネットに心配をかけてしまう、とリアは無理に口角を上げ、明るい声で帰りを告げた。
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