第3話 持たぬ者3

 一体どのくらい泣いていたのだろうか。いつの間にか泣き疲れ、眠ってしまっていた。


 突然肩を掴まれ、無理やり覚醒させられる。腫れぼったいまぶたを持ち上げてみれば、ここへ連れてきた黒服の男が、険しい顔でリアの腕を力まかせに引き上げた。体が少し引きずられたところで何とか地に足を付け、寝起きの頭で身の上を整理する。


 大聖堂での儀式じみた異様な祈りが色鮮やかに脳裏へと呼び戻された。

 地上に居場所がなくなり、モグラになる事。足を一歩進めるたびに思考が鮮明に研ぎ澄まされ、睡眠中は忘れていた大勢の白い目が蘇る。すべて夢ならいいのに、と思うが、握られた腕の圧迫感が夢すら見せてくれない。

 どこへ行くのかと問いたいが、声をかけたところで答えてはくれないだろう。


 男は乱暴にリアを引き連れ、研究棟側にある大教会の出入り口から外へと躊躇ためらいなく歩みを進める。

 日暮れの近い柔らかな太陽が差し、リアが着ている白い正装がふんわりと輝いた。


 そのまま足を止めず大教会正面の門へと回り込み、南へと続く大きな通りを闊歩かっぽする。リアの姿を見た住民が騒然とし、ひそひそと小声で何かを言っているのが嫌でも目に付く。心なしか、連れ歩く男の足が先程に比べ遅くなった気がする。


 ――これでは晒し者だ。


 リアは勢いで持ってきてしまった手巾を胸の前で握り締める。まだほんのりと濡れていて、それは羞恥しゅうちで熱くなる心を少しだけ静めてくれた。


 この先には地底への唯一の門がある。きっとこれから地底に落とされるのだと、頭では理解するが覚悟が追いつかない。


 振り向けば、そこには厳格に構える大聖堂。いつもは見守ってくれているような安心感があったが、今日はリアを糾弾きゅうだんするように立ちはだかり追い立てる。

 進行方向には大聖堂を小さくしたかのような円形の建物が迫る。中には地底への階段があるという。その建物の扉は、いたって平凡な木製で、周囲に立ち並ぶ住居とさほど変わらない。


 扉を守るように立つ大教会の制服を着た男が、リアを連れた同僚を確認すると小さく呪文を呟く。それに呼応するように扉は淡い黄色の光に包まれ、自動的に内側へとゆっくりと開かれた。


 中はすぐ階段になっていた。のぞき込めば途中で闇に支配され、どこまで続くかなんてここからでは計り知れない。


 階段はリアが思っていたよりもしっかりとしたもので、人が三人は並んで通れそうな広さがあった。

 すくんだ足で後ずさりすれば、大教会の男が二人、退路を断つように並ぶ。押しのけて逃げる、なんて選択肢を選んでも成功はしないだろう。


 震える足で一歩、下の段へ降りた。陽の光が少しだけ遠くなる。もうこの暖かな恵みを浴びるのは一生ないだろうと思うと名残惜しく、恐怖が襲ってきた。


「私、地底なんかに行きたくない……」


 下から盗み見る男の顔は無表情のまま。何か少しでいいから同情の言葉が欲しかった。


「どうして私、地底に行かなきゃいけないの……?」


 目尻に滲む涙をまばたきで誤魔化し、地底に行くまでの時間稼ぎのようなゆっくりした問いは、肩に受けた衝撃と共に真っ黒に塗りつぶされた空間へと散る。


 中々階段を降りないリアに焦れた男の一人が、小さな体を強く押したのだ。なすすべなく段差から投げ出される。転がり落ち、何度も何度も体中に痛みが走る。いつ終わるかもわからない衝撃に意識は途切れ、光は失われた。

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