第2話 持たぬ者2
目の前で閉ざされた扉は、もう目視できない。光源が入る隙間さえなく、外部とは完全に遮断されてしまった。右も左も分からず、その場から動けない。硬い床に座り込んだまま大きく息を吸い、自分を落ち着けるようにゆっくりと鼓動を感じる。
かすかな呼吸音だけが周囲に
しかし、頭の大半を占めるのは自分の立場だ。
自分は光のラフィリアが五百年前、人間に与えたという“奇跡の力”が授からなかった。
その力は地上で暮らすための最低条件。それが無いという事は、ここにはいられないという、まぎれもない事実。
「私、殺されるのかな……」
口からこぼれたその言葉は絶望を運んでくる。
力が無いだけでどうして罪になるのだろう。勉強だって嫌だったけど頑張ったし、光のラフィリアについての歴史だって本が擦り切れるほど読んだ。その努力は家庭教師の先生も褒めてくれていた。
リアというこの名もラフィリアからとったのだと両親から聞かされ、とても誇らしく、ラフィリアを身近に感じていたというのに。
それなのに、ただ力が無かっただけで、どうして冷酷な扱いを受けなければならないのだろう。
リアは理不尽さに膝を抱え、顔を埋めた。
国の頂点に立ち、凛々しい父と、優しい母。弱虫だけど、何だかんだリアに付き合ってくれる兄。そして毎日のように笑い合った親友。皆いなくなった。
突然たった一人、日の当たらない場所へ連れてこられた。光のラフィリアは自分からすべてを奪っていった。捧げた祈りは無駄だったと思うと
自分ではどうにもできない現実に己の無力さを知る。昨日までは国主の娘として、なんでもできる気がしていた。だが、それは幻想でしかなかった。今やこの地上にリアの味方はいないだろう。
未来に希望などなく、闇に溶けてしまいたいと、できるだけ身を縮める。口からは
しばらく自分の殻に閉じこもり嘆いていると、唐突に背後から温かい光がリアを照らしだした。控えめに開かれる扉に驚き顔を上げれば、それと同時に声がかかった。
「やあ、お嬢さん。ご機嫌は……良くないよね。まずは鼻血を拭いてごらん」
振り向いたリアの瞳に映ったのは、大教会の制服を着こなし、長い黒髪を後ろで束ねた男性だった。まだ青年というには若そうだが、口調はとても落ち着いていて年齢は不詳だ。
苦笑する様子に、リアは忘れていた痛みを思い出した。顔中に血が付いて酷い有様だろうと思えば、恥ずかしさに顔がほてる。
男性は膝をつき、リアと目線を合わせた。廊下から入る光で影を帯びる黒っぽい瞳は大聖堂にいた人たちとは違い、悪意や軽蔑の色はない。安心させるような微笑を浮かべながら
これが奇跡の力だ。リアが欲しくても手に入らなかったもの。
人によって、どんな特性の力が授かるかに違いはあるが、水に関する力は最も多い。
差し出される手巾を手に取り、顔に当てればひんやりとして気持ちがいい。
「……あなたは大教会の人……? 私、これからどうなるの? ……殺されるの……?」
男性の親し気な雰囲気に思わず本音が漏れた。最後の単語はかすれ、酷く震えてしまう。もし肯定されてしまったらどうしようと、リアは今更怖くなった。
それに対する男性は、まるでこれからの未来が見えているかのように落ち着いていて、笑顔を崩さない。
「それはないよ。キミはこれから生きる場所が変わるのさ。地底がこれからしばらくキミの家」
諭すような口調は心地よく、リアは聞き入る。
「――でもね、ずっとじゃない。キミはきっとまた、ここまで上がってこれる。今は無理でも、きっと大丈夫だから」
ゆったりとした声音は不思議と説得力がある。リアが何か言おうと口を開きかけたところで男性は立ち上がり、扉を押し開けた。
「いつかきっと、また会おう」
重そうな扉からするり、と体を出したところで顔だけ振り返り、笑顔を残して消えていった。
がっちりと外から錠がされる音の後は、また何もない静寂が広がる。再びリアは光一つない空間に取り残された。
言いたい事だけ言って、去っていった男性は一体何者だろうか。奇跡の力を持たないリアにわざわざ会いに来るなんてかなりの変わり者らしいが、それ以上は窺い知れなかった。
「私、これからモグラになるんだ……」
たった今、男性から告げられた内容は、命だけは助かりそうなものの決して楽観できる状況ではない。地底送りになるのだ。想像すらつかないどん底に、力なく
地上に住む資格がない者、つまり奇跡の力を持たぬ者は五百年前、迫害され地底に住むようになった。そんな彼等を地上人はいつしか“モグラ”と呼び
地上人が地底へ出入りするのは簡単だが、その反対はほぼ無理だ。地底は無法地帯で、人の憎悪が渦巻く恐ろしい場所だと聞かされている。そこで暮らさねばならないのだ。希望など持てるはずがない。いっそ死んだ方がましだったのかもしれない。
「ラフィリア様はひどい……」
提示される容赦のない現実に、リアは返しそびれた手巾を握り締める。友達と遊びたかったし、家族と楽しい食事も囲みたかった。昨日まで当たり前だったことがすべて崩れ去っていく。目の前に待つのは“モグラ”というレッテルだ。
今日初めて涙が頬を伝った。固く冷え切った床に体を投げ出し、嗚咽を漏らす。怒りか、悲しみか、悔しさなのか、どんな感情で流れるものか、今はまだ分からない。
ただただ熱いものがこみ上げて、それが両の目からとめどなく零れ落ちた。
今は
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