皐の道を駆け抜けて

高岩 沙由

散歩の目的

「とら、お散歩に行こう」


 僕の飼い主の女性が優しく声を掛けてくる。


 窓際でまどろんでいた僕はその声を聞くと、体を起こし、近くの棚に頭を突っ込むとハーネスをくわえて、飼い主の前に持って行き顔を上げた。


「ねぇねぇ、今日もあそこに行くんだよね?」


 僕はわくわくとしながら飼い主に声を掛けると顔を赤くする。


「……そうねぇ」


「きれいだよね、皐」


「綺麗だけど、葉っぱや花を食べちゃダメだよ?」


 僕の言葉に飼い主はハッとして慌てた声を出す。


「わかった!」


 話をしながら、あっという間にハーネスをつけられた僕は紐を引きずりながら玄関に向かって歩く。


 到着すると玄関マットの上でゴロゴロとしながら飼い主をのんびりと待つ。


「おまたせ!」


 飼い主がぱたぱたと走りながら玄関にきた。


「今日もばっちりだね」


 僕は飼い主を見上げながら話す。


「からかわないの!」


 飼い主が顔を赤くしながら僕を抱えたので尻尾を揺らしながら家を出る。


 外に出ると春の匂いを含んだ風が僕たちを歓迎してくれた。


「じゃあ、おろすから、歩いてね?」


「にゃ~ん♪」


 僕の返事を聞いて、飼い主はゆっくりと地面に降ろす。ハーネスについている紐を飼い主が握ったのを確認すると僕は歩き始める。


 この辺りで僕は散歩する猫として有名で、いろんな人が立ち止まって、すれ違い様に僕や飼い主さんに挨拶してくれる。


 もちろん、好意的な人ばかりではなくて、紐をつけるなんてかわいそう、という人もいる。


 けど、それは僕が楽しそうに嬉しそうに歩いていればいいこと。


 そうやって歩いていると、目的地の公園が見えてきた。


 その公園に近づくにつれ飼い主がそわそわしてくるのが雰囲気でわかる。


 飼い主だけではなく、僕もそわそわしているんだけどね。


 この公園でもいろんな人に挨拶しながら歩いていると、皐が咲いている道にきた。


 この先には僕と飼い主のお目当ての人がいるはずなんだ。

 飼い主のそわそわが一層激しくなってくる。


 その時、お目当ての人を見つけた僕は皐が咲いている道を1匹走り出す。


 運動神経のよくない飼い主が紐を手放すのを感じた僕は更にスピードを上げてお目当ての人の足元目掛けて走っていく。


「にゃ~ん♪」


 そう言って目の前の男性の顔を見上げる。


「ああ、とらちゃん、おはよう」


 男性は笑顔を浮かべ、膝を折り僕を抱えながら挨拶してくる。


「にゃ~ん♪」


 男性の頬をすりすりしながら僕は挨拶を返す。


「あ、あの、すみません、うちの猫が……」


 追いついてきた飼い主が息を切らしながら男性に挨拶をしている。


「ああ、いえ。おはようございます。今日も……素敵ですね」


 男性が照れながら飼い主に挨拶をしている。


 あのね? 僕は知っているよ? 飼い主も男性の事好きでしょ? 男性も飼い主の事、好きでしょ? 


「あ、ありがとうございます……とら、こっちにおいで」


「いやにゃ~ん♪」


 僕は男性の服をしっかりとつかむ。


「あ、あの、とらちゃんをもう少し抱っこしていたいので、その、少し歩きませんか?」


 男性は僕をぎゅと抱きしめると震える声で飼い主に声をかける。


「はい……」


 飼い主の返事にほっとした男性は僕を抱えなおすと並んで歩き始めた。


 今日こそ、くっついてほしいなぁ……と思いながら男性の歩く振動が心地よくて僕は眠りに落ちていった。

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皐の道を駆け抜けて 高岩 沙由 @umitonya

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