とりあえず、仕切り直しで

 有無を言わせない強い口調と、確信に染まった目。

 動揺で口をつぐむ暇もなく、目をそらす度胸も持ち合わせなかったぼくは、彼女に悟られないくらい小さく息を吐いて、吸い込んでから、言った。


「……君の、予想通りだよ。

 ぼくは、ぼくの願いを叶えるために、ぼくの願いを叶えてくれる人に言われて、ここに来たんだ」


 犯してもいない罪を暴かれた気分で出した声は、それが自分のものか疑わしいくらい、弱々しいものだった。


「誰に言われたの?」


「死神、って名乗ってた。

 それ以上は知らない」


「自称死神さんに、この時間の、この場所に来て、と?」


「そうだよ」


 隠すのもバカバカしくなって正直に答えたぼくに、ふうん、と少女は呟く。


「よく分かったわ。

 それと、あなたのさっきの質問だけど、答えはあなたと同じ。

 私は、私の願いを叶えるために、指示されてここに来たの」


 まあ、と言いながら、ぼくを見る彼女は呆れにも似たもので、


「その"お相手"が、コソコソした逃げ腰の人だとは、思わなかったけど」


「……ごめん」


「別に、謝ってほしかったわけじゃない」


「嫌だった、かな」


「どうして、そういう考えに行き着くの」


「だって……」


 呆れられる理由なんて、それくらいしか思いつかなかったから。

 意気地のない人間が恋の相手だったから、嫌気が差したんじゃないのか?


 尋ねようとして、だけどその文言を考えただけで惨めになって、口の中で声にならずに消えていく。

 そんなバカなことをしていたせいで、彼女が去ろうとしているのに気づくのに遅れてしまった。


「帰るの?」


 辛うじて言えたのは、自分でも間抜けに思えるような情けない声で、


「そうよ」


 書き起こせば3文字の言葉は、罵倒でも何でもなかったはずなのに、やけに鋭く胸に刺さった。


「ここでうだうだしていても、何も始まらないでしょ」


 既にぼくに向けられた背は揺らぐことなく、言葉を差し込む隙間はなかった。


 やっぱり、ダメだったのか。

 ロクに気の利いた話もできなくて、できたことと言えば自己弁護くらいだ、嫌になっても不思議じゃない。

 当然と言えば当然。


 当然、だけど……実際に言われると、正直キツい。


「――明日、同じ時間に、ここで」


 しかし、話はそこで終わらなかった。


「なに?」


 突然のことに聞き取れなかったぼくに、だけど彼女は怒りもせず、もう一度言った。


「明日も、同じ時間にここに来て」


「どうして?」


 嫌気が差したんじゃないのか?

 紹介されて会った相手があまりにも情けなくて、帰るんじゃないのか?


「もう一度、最初からやるの」


 ぼくの弱々しい問いに、当然のように彼女は答えた。


「出会いから、全部やり直した方がいいと思う。

 ちゃんと顔を合わせるところから始めて、名前もその時に教えあって、ね」


 そう言えば、互いに自己紹介もまともにできていなかったと気づく。


「今のままじゃ、何もできないし……ここで打ち切るのも、私としては納得いかない、から」


 トラブルから始まって、ぎくしゃくしたままでは何も話しだせない。

 気にせず進められる度胸はぼくには無くて、おそらく彼女も、同じだろうから。


 もう一度、初対面という体で、始めたいと。


「あなたは、どうなの?

 嫌なら、それはそれで構わないけど」


 たった一度の過ちで、気が合わないと決めつけてあきらめるのか、と。

 彼女の問いかけが、そう挑発されているように聞こえて、ぼくは慌てて首を振る。


「ぼくは、構わない。

 明日、昼過ぎにまた、ここで会おう」


「……そう」


 なら、いいわ。


 なけなしの度胸を振り絞って口にした言葉への彼女の反応は、やけに素気の無いもので、彼女は再び歩き出す。

 だけど、すぐに立ち止まって、少しだけこちらを向いて、彼女は悪戯っぽく笑った。


「今度は、逃げないでよ?」

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ハロー、マイ・エンドロール 甘味好 @amamin

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