第4話

 七月三十一日。

 今日は、碧衣さんと約束した夏祭りの日。

 僕は、学校の近くにある公園のベンチに居た。時刻は十七時四十分過ぎ、後少しすると碧衣さんが来るだろう。


 この町の祭りは、元々の神事の他に、大昔から共に協力し、天災や戦争を乗り越えてきた隣町との友好の象徴という側面もあり、隣町までの道路を通行止めにし、丁度町と町の境界線まで神輿を担いで行きお互いの町の特産品を交換して戻るという大掛かりな催しもある。その為、主要な海沿いの道は通行止めにし、沢山の出店が並ぶ。

 ちなみに、花火は二十時開始なのに対し集合が早いのは出店を沢山周るためである。



 十七時五十分。集合時間より十分早く碧衣さんが来た。


「こんにちは柚月くん。お待たせしました!」

「いや大丈夫だよ。今来たところだったから」

「そうですか。なら良かったです!」

「それにしても碧衣さんワンピース凄く似合ってるよ」

「ふふ、ありがとうございます! 本当は、浴衣を着たかったんですけど……お祭りの後少し出なくてはならなくて、着替える時間が無いんです」

「確かに、碧衣さんの浴衣姿は見てみたかったけど……ワンピースも似合っていて好きだよ」


 碧衣さんは褒められたことが嬉しかったのか、頬を薄く染め微笑む。そんな碧衣さんを見て、褒めた僕まで恥ずかしくなる。僕は恥ずかしさを誤魔化すため、「碧衣さんそろそろ行きませんか?」と聞く。

 すると碧衣さんは、

「そうですね! じゃあはい! はぐれないように手を繋ぎましょう?」と、言ってくる。

 碧衣さんは平然を装っているが、耳まで赤く染めていて、そんな所がまた可愛く思ってしまう。


「そ、そうですね」と、少しぎこちなく返しながら、手を繋ぐ。すると、碧衣さんが手を繋ぎそのまま僕の腕を抱え込む様に密着してくる。

 密着しているので、碧衣さんの柔らかい丘に僕の腕が埋もれる形になって、早くも僕の心臓は凄いことになっている。果たして僕は夏祭り中持つのだろうか。



「うぅ〜美味しい〜なんでお祭りで食べる物はこんなに美味しいんでしょう? このかき氷なんてただシロップかけただけなのに本当に美味しいですし」

「まあ確かに。言っちゃなんだが、りんご飴とか普段食べてもあんま美味しくないもんな〜」

「ふふ、ズバッと言いますね! りんご飴の話をしたら食べたくなりました! 柚月くん一口ください」

「え、あ、いいの?」

「へ? 何がです? あ、私のかき氷と交換ですね! 良いですよ!」

「あ、いや……まあいっか」


 僕がりんご飴を差し出すと、「あ〜ん」と言う声の後シャリッと言う音がした。

「う〜ん。美味しいです! じゃあ柚月くんも、はいあ〜ん」


 そう言って碧衣さんはかき氷を掬い、スプーンを差し出してくる。しょうがないので、そのまま受け入れると口にひんやりと、かき氷の感触が伝わる。女子からの“あーん”&“間接キス”で味を感じなかったのはしょうがないと思う。それどころでは無かったのだ。


 そんなこんなで、花火前の屋台巡りを楽しんでいたら、時刻は十九時五十分。もうそろそろ花火が始まる。何処で見るか聞こうとしたら碧衣さんが話しかけてくる。


「柚月くん、そろそろ花火ですけど……二人で見たいので、いつもの堤防に行きませんか?」

「うん、そうだねあそこなら人もいないか」


 そうして僕達はいつもの堤防に行くのだった。


 〜〜


「ねぇ柚月くん、質問いいですか?」


 お祭りの喧騒から外れ波の音だけが聞こえる中、碧衣さんの声が聞こえる。


「うん? 良いよ」


 質問とは何だろうか? 何でそんな悲しそうな顔をするのだろうか?


「柚月くんは、この一ヶ月楽しかったですか?」


 聞こえてきたのはいつもの凜とした美しい声では無く、今にも壊れてしまいそうなほどか細い声だ。


「うん、この一ヶ月は凄く楽しかったよ。碧衣さんといる時は特にね」


 ねえ、やめてよそんな悲しい顔しないでよ。どうしたんだよ?


「そうですか。よかった……最後に一つ言わせてください」


 最後ってどう言うこと? 何を言うの?


 何を言われるかが怖い。聞いてしまったら碧衣さんがいなくなるような何の根拠も無い不安に襲われる。それでも頷くことしかできない。


「柚月くん、私は十年前のあの日からずっと、ずっっと、ずっっっと、貴方のことが好きでした! 今も抑えられないくらい大大大好きです!……」


 碧衣さんの告白と同時に花火が打ち上がり、夜空に大きな花を咲かせる。


 嬉しい。僕を思っていてくれたことも、十年前僕が君とこの場所で会ったことを覚えていたことも、僕に告白してくれたことも、全部嬉しい。でも、何で君はそんな顔をしているの? やめてこの先は聞きたく無い。お願い。


「……でも、私じゃダメなの! だから、私がここから去る前に一つだけ私の夢を叶えさせて、私に最後の思い出を頂戴」


 そう言うと碧衣さんは、僕の唇に口付けする。とても短い触れるだけの口付け。


 そして口を離し、「さようなら」と、言って走り出そうとする。


 やめて行かないで! 僕は君に何も伝えてない。これからも君といたい。だから、だから、届いて! 僕の手が碧衣さんに伸びる。お願い、もう少し!


「はぁ、はぁ、と、届いた! 何処行くの碧衣さん!」

「やめて! 離してよ」

「嫌だ! 絶対離さない、僕の気持ちを伝えるまでは、そして碧衣さんが一緒にいてくれるって約束してくれるまで!」


 そう言って僕は碧衣さんを強く抱き締める。そして碧衣さんの耳元で囁くようにでもしっかりと伝える。


「僕も碧衣さんが好きだよ。ずっとずっと、十年前この場所で会った時から。だからこれからもずっと一緒にいて欲しい」


 もうそこで限界だった。碧衣さんは今まで我慢していた涙を零し、僕の胸に顔を押し付けて泣いている。僕は、落ち着くまで背中を摩る。


「うぅっ、うぅ。柚月くんはずるいです。折角お別れ出来そうだったのに、もう無理です」


 そう言って碧衣さんは全て話してくれた。

 十年前両親が仕事で来れずに、一人で祖父母の家に来たが、お祭りではぐれ、両親もおらず寂しくて一人で泣いていた時、声を掛けてくれて嬉しかったこと。

 その時一緒に花火を見れて楽しくて、自分を救ってくれたことで好きになったこと。

 小さい頃から体が弱かったこと。

 珍しい病気で日本では治療出来ず、唯一治療が出来る病院が海外にあること。

 日に日に体が弱って行っており、我が儘を通して海外に行く前に一ヶ月間だけ此処に来ていたこと。

 もうそろそろ空港へ行く為にここを出なければいけないこと。


 そして、海外に行って治療をしても治らず死んでしまう可能性が五割はあること。


 全て言い終わり碧衣さんが聞いてくる。

「私は、このまま死んでしまうかもしれない。柚月くんはそれでもいいの? 私は柚月くんには、私以外の人と幸せになって欲しい」


 そんなの答えなんて決まっている。

「僕は待つよ。何年だろうと碧衣さんが元気になって帰ってくることをずっと待ってる。だから、碧衣さん僕と付き合ってください。そして、帰ってきたらまたここで釣りをしよう」


 碧衣さんは泣いていた。でも、さっきとは違い憑き物が取れた様に美しい笑顔でもあった。


「うぅ、うっ、うんまずは病気を治さないとだけど……これからずっとよろしくね柚月くん!」


 そう碧衣さんが言うと、今度は僕から碧衣さんに口付けをする。さっきの触れるような物ではなく、互いを求め合う様に、深く長い濃厚なものだった。


 碧衣さんと唇を離す。もう花火は終わっており、月明かりが僕らを照らす。僕と碧衣さんの唇を繋ぐ透明な糸が月明かりに照らされ、銀色に輝く光景は、碧衣さんをやけに艶めかしく、幻想的に魅せた。



 どのくらい見つめ合っていたのだろうか……僕達は、堤防近くにくる車のエンジン音でお互い恥ずかしくなり少し離れる。


「どうやら、時間みたいです。迎えの車が来てしまいました」

「そうみたいだな。じゃあずっとここで待ってる。だからしっかり帰ってこい」

「そうですね。じゃあしっかり治して帰ってきます。それまで待っててください……行ってきます!」

「ああ、行ってらっしゃい!」


 そうして、僕と碧衣さんは別れた。



















 ◼️◼️◼️




 ……ザザーン……ザァーン……ザザァー……


 僕は、高三になっていた。

 今日も僕はいつもの堤防で釣りをしている。

 明日は月曜日だ。高三になると先生がみんな受験受験言っていて正直うるさい。去年よりも学校が憂鬱だ。






「なんとも重苦しい顔をしていますね。釣れなかったんですか?」


 その声は、とても凛として力強く美しい声だった。


 僕は、声に釣られて背後へ振り返る。

 

 振り返った先に居たのは、透き通る様な白い肌。腰まである烏の濡れ羽色の如く艶のある美しい漆黒の髪。大きくつぶらな黒い瞳、ぷっくりと艶のあるピンクの唇。そこに、華奢な割にしっかりと主張のある身体も相まって、控えめに言って美少女。『天使』と言っても過言では無いかも知れない。そんな美少女……美女がいた。


 僕が待ち望んでいた人だ。自然と頬が緩くなる。


「お帰りなさい。碧衣さん!」


「ただいま。柚月くん!」

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海辺の天使の最後の日 つりぺんぎん @turipengin

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