第3話
「うわ?! 凄いです! まだまだ釣れます! でも、餌が気持ち悪いですが……」
僕達が出会って二週間目。今日は、日曜日ということもあり、いつもの堤防で朝から釣りをしていた。
今日は、ちょい投げ釣りで、キスを狙っている。碧衣さん的には、釣れて面白いが、苦手な釣りらしい。まあ、その気持ちもわからなくもない。何せ餌のゴカイや、イソメがマジでキモいのだ。見た目が、ミミズとムカデを足して二で割った感じというだけでそこそこ無理なのに、その上牙の様なものが有り、噛んでくるのだ。虫嫌いの天敵だろう。
ただ、虫が苦手というだけで、餌さえ僕が付ければ、後は滅茶苦茶上手い。ここ二週間毎日一緒に釣りをしていたせいか、ものすごく上達したのだ。
そんなことを考えながら碧衣さんに、
「確かに。まあこればっかりは慣れかな?」と、苦笑いで返す。
すると、碧衣さんは頬をぷくーっと膨らませ、
「無理です! こればっかりは本当、無理です! これに慣れさせようとか柚月くんは鬼畜です!!」と、可愛く抗議して来る。
「(カワイイかよ)」と、つい口走る程に可愛いかった。
碧衣さんには聞こえなかったみたいだが、最近こういう事が増えた気がする。この二週間でかなり碧衣さんに惹かれているようだ。
そんなこんなで、碧衣さんとわいわい話しながら釣りをして、もうすぐ十五時ほど、気温が下がり始め気持ちの良い気温になってきた時、一隻の船が港に入って来る。まだ遠くてしっかりとはわからないが、50ftはあるだろう。この港に入港出来る船では、ギリギリだろう。これ以上になると、入れないことはないが、潮が引いた時に座礁してしまう。
少しして、先程の船が目前まできた。
「おーい! 柚月〜」と、船から声が聞こえる。この声は、僕が良く知っている声だった。
「爽兄じゃん!? どうしたの〜? 久しぶり〜!」
「おう! 色々話したいことあるから、組合の前に来てくれ〜!」
「うん、わかった」
「じゃあ先行くぞ!」
そう言って爽兄こと田村爽太は船で走り去って行く。
すると横から袖を引っ張られる。
「柚月くん、あの人は誰ですか?」
「ん? あぁ、あの人は田村爽太って言って、うちの近所に住んでるんだけど、小さい頃から一緒に遊んでて僕の兄みたいな人だよ」
「へ〜そうなんですね。そう言えば、久しぶりって言ってましたけど、どうしたんです?」
「あぁ、それは爽兄が大学に行って最近会えてなかったんだよね、春には卒業してたらしいけど……帰ってきてすぐこの町の漁港組合に入って、仕事で
隣町まで行ってたからあまり会う時間も無くて」
「なるほどです。質問した私が言うのもなんですけど……呼ばれていましたけど行かなくて大丈夫なんですか?」
「あっそうだね。じゃあ行こっか?」
僕は、そう言って座っている碧衣さんに手を伸ばす。
碧衣さんは、不思議そうに聞いて来る
「へ? 私も行くんでですか?」
「うん、そうだけど?」
「私は、一人にして貰っても大丈夫ですよ?」
「まあ、碧衣さんを一人にしないってのもあるけど、ちょっと碧衣さんを爽兄に紹介したくて」
「紹介ですか?」
「うん、ちっちゃい頃から一人で釣りしてたんだけど、爽兄は僕に友達がいないんじゃないかって心配させてたから、少しでも安心してくれたらなって……碧衣さんが嫌なら、無理にとは言はないけど」
「いえ、ちょっと柚月くんは本当に優しいなって」
そう言って碧衣さんは優しく微笑む。
その笑顔に惹き込まれ、つい抱き締めてしまいそうにそうになる。心拍数が上昇しているのを感じる。初日や、二日目の可愛い女子に近づかれたこととは、また違う高鳴りや、恥ずかしさだ。
そんなことを思っていると、伸ばした手に温かく柔らかい感触。何だ?と思って見ると、碧衣さんが僕の手を掴み立ち上がるところだった。手に伝わる感触が碧衣さんだとわかると、僕の心臓はより一層速くなる。冗談抜きで心臓が破裂するのではないだろうか?
碧衣さんは、立ち上がると僕の手を引き、
「じゃあ行きましょう?」と、言ってくる。
手は繋いだままらしい。僕は、首まで真っ赤になっているだろう。それでも、ちっぽけな意地をフル活用し、手を繋いだまま歩き出すのだった。
ただ一つだけ、この時間は本当に幸せだったと言っておく。
〜〜
この後、爽兄の所に行くと、遂に彼女かと散々揶揄われ、遂には知り合いの漁師さん達まで参加してきて凄い事になってしまった。
そして、爽兄の話というのが、僕の想像していた通り船が遂に完成したということだった。
この波寄町の船は全て漁船だった。主要な漁として、刺網、はえ縄、底引き等様々なものがある。だが最近、近くに空港が出来、近くまで来る高速道路も開通したことで、他県からの観光客が多くなってきた。その為、今は海水浴場や、祭りの時に来るだけだったが、これからは様々なことをし、町おこしをするという事で、その一環として漁港組合が考えたのが、港の一部を使用し、遊魚船を始める事だった。
そして、爽兄と僕で遊漁船をやりたいと昔話していたことを知っている漁港のおっちゃん達に誘われ、水産系の大学に通っていた爽兄が中心に数年前から計画し、やっと今日隣町の造船所から船が引き渡された。
この船の設計には釣りが好きな僕も意見を多く出したので、爽兄が是非一番最初に僕に乗って釣りをして欲しいとのことだった。
僕は勿論即決し、碧衣さんも一緒にと誘うと是非とのことだったので僕達は、三人で船釣りをすることになった。
◼️◼️◼️
「おはようございます! 柚月くん」
「おはよう。碧衣さん」
「朝早いですね。久しぶりに目覚ましを使いました」
「まあまだ四時半だしね。てか、いつも目覚まし使ってないの?」
「はいなんか起きちゃうんですよ」
「凄いな?! 僕は釣り行く日以外はどうしても目覚ましが無いと無理なんだよね」
「ふふ、しっかりしてそうで案外朝弱いんですね」
僕達は話しながらいつもの堤防の手前にある護岸へと向かう。今日は爽兄と話してから一週間後の日曜日。つまり、船釣りにいくひだった。
船釣りはポイントに移動する時間などで、集合時間が結構早い。そうは言っても、四時半は流石に早い。まあ、営業開始前の試験も含んでいるのでしょうがない部分もあるが……
七月と言っても流石に日の出直前の時に船に乗ると肌寒いので碧衣さんは、風を通さず水飛沫にも強いレインウェアを着ているのだが、そのウェアと言うのが、非常に不味い。僕と碧衣さんの身長差的に少しぶかぶかになるのだが、そのせいで上着の襟の部分が口元を隠し、袖の部分が萌え袖状態にするという、小動物のような守りたくなる可愛さを醸し出している。そのせいで僕の心は朝から大荒れである。
そんなこんなで歩いていると、いつの間にか待ち合わせ場所に着いている。目の前にある船からは、エンジン音が聞こえる。爽兄が来て準備しているのだろう。
「お、二人ともおはよう! もうそろそろ出航するからキャビンで待っててくれ。勿論柚月もだからな! 今日はお客さんなんだから」
「おはよう爽兄。わかった今日は盛大にもてなされるよ」
「おはよう御座います田村さん」
爽兄に挨拶をしたら、僕が船にまず乗り、碧衣さんに手を伸ばす。
「碧衣さん滑るから気を付けて。手を掴んでゆっくり来てね」
「はい、ありがとうござっーーきゃっ」
船べりに足をかけ乗り込もうとした時碧衣さんがバランスを崩し、倒れて来る。僕は咄嗟に繋いだ手を引き寄せ、碧衣さんを支える。そこまでは良かったが、咄嗟の事で僕が碧衣さんを抱き締める形になってしまった。碧衣さんの柔らかい身体の感触や、甘い香り、そして僕の胸に当たる柔らかい二つの丘。それに加え、至近距離からの上目遣い。もう色々な所がヤバいことになっている。リアルに心臓が飛び出そうだ。
「あぅ、あ、ありがとうございます///」
「い、いや。怪我とか大丈夫?」
「あ、はい大丈夫です……い、行きましょうか?」
「そ、そうだね」
僕と碧衣さんは、キャビンの中に入る。碧衣さんは首まで赤くしてモジモジしていた。僕も恥ずかしかったが、恥ずかしがる碧衣さんが可愛くてどうでもよくなってしまった。
〜〜
ちょっとしたハプニングもあったが、船は出航し、ポイントに着いた。時刻は五時半丁度朝まずめの時間帯だ。
ポイントは、港から一時間ちょっとにある小さい島の周り、今日は碧衣さんの好きな青物ジギング&キャスティングだ。碧衣さんは、華奢な身体に似合わずパワーファイト系の釣りが好きだ。以前理由を聞いたら、「柚月くんが青物釣った時めっちゃカッコよかったからです!」と、嬉しいことを言ってくれた。魚とのファイトを褒められるのは釣り人冥利に尽きるというものだ。
「柚月くん柚月くん見てください! あれ、鳥山が凄いです!」
「うわ、本当だ。ナブラもちょくちょく起きてるみたいだしまずはトップからやるか」
「あ、良いですね! 私もトップにします!」
……ジーーーーーー……
「うお、初っ端釣れた!? しかも結構デカいな!」
……ジーーーーーー……
「わ、私も来ました! 凄い引きです!」
一投目で二人ともきた。そしてここからが凄かった。ブリ、ヒラマサ、カンパチと、鰤御三家がバンバン釣れた。そして、時折キハダマグロも混ざるという大量っぷり。これにはずっと釣りをしてきた僕も爽兄も目を丸くして笑うしかなかった。
九時半過ぎ。鳥山を追いながら少しずつ移動していた僕らだったが、風が出てきた為、爽兄と僕で話し合った結果今日は午前中で帰ることにした。船が初めての碧衣さんもいるし、第一安全が優先だ。
帰りのキャビンで碧衣さんと隣に座りながら話をする。
「今日はたくさん釣れて楽しかったです!」
「ね、僕も初めてあんなに釣れて楽しかったし、驚いてもいるよ」
「普段あんなに釣れることって無いんです?」
「まあ無いことも無いけど、あんなに長い時間続いたのは初めてかなぁ」
「そうなんですね。今日来れて良かったです!」
案外碧衣さんは、海に祝福された天使なのかも知れない。そんな冗談を考えていると、碧衣さんが少し恥ずかしそうに聞いてくる。
「ゆ、柚月くん、あの」
「ん?」
「七月の三十一日にお祭りあるじゃないですか?」
「へ? あぁ、もうそんな時期か」
「で、そのお祭りなんですけど……い、一緒に行きませんか?」と、期待と不安を含んだ声で聞いてくる。
そんな不安そうな顔をしなくても勿論行くに決まっている。だけど、少し疑問に思ったことも聞いてみる。
「良いけど、碧衣さんは僕なんかと一緒でいいの?」
「逆に柚月くん以外となんか行きません! 柚月くんが良いです!」と、返され僕は幸せな気持ちでいっぱいになる。
「じゃあ一緒に行こうか?」と、言うと花が咲いた様な笑顔になり、
「はい! 約束ですよ!」と言う。
その後も少し話をしたが、碧衣さんは慣れない早起きで疲れたらしく寝てしまった。その時僕の肩に頭をのせ腕に抱き付いてくるものだから、僕は理性をフル動員しながらも、幸せな時間を過ごすのだった。
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