第2話

「くぅっあぁぁ〜」


 カーテンの隙間から溢れる朝日で目を覚まし伸びをする。

 先週までは、梅雨という事もあり雨が多かったが、ここ二、三日晴れの日が続いている。出来ればこのまま雨が降らずに梅雨が明けてほしい。雨が降ると、海水に淡水が混じり水深の浅いいつもの堤防では魚の活性が悪くなるのだ。それに……昨日のあの人にも会えないし……


 コンコン


「お兄ちゃんご飯だよー! 起きてー」


 僕が、ボケーっとしていると妹が起こしにきた。

 本当に妹は元気がいい。いくらバスケ部で運動して体力があるからと言って、月曜日からそれでよく金曜日まで体力が持つと思う。

 因みに僕は、部活そのものに入っていない。理由としては簡単で面倒臭いってのと、釣りをする時間を削ってまでしたいと思う部活が無かったからだ。そうは言っても、別に運動をしないという訳でもない。毎朝食後にはランニングに行くし、筋トレもする。運動神経なども良い方なので、体育などでも運動部に勝つ事は良くある。


 ドンドン


「おーにーいーちゃーんー!!」


 下らないことを考えていたら、妹に急かされてしまった。


「おぉー、すまん今行くー」

「うん! 早く来ないとお兄ちゃんの分も無くなるよ〜」

「ういぃ〜」


 朝ご飯が無くなると冗談抜きで、昼食までにタヒぬのでさっさと部屋を出てリビングに行く。


「おはよう! お兄ちゃん!」

「おぉ、おはよー」

「あら起きてきたのね柚月……はい朝食よ」

「あぁ、ありがとう母さん……頂きます」

「お兄ちゃん、今日私朝練あるからランニングはしないで、先に学校行くね!」

「了ー解ー」


 もぐもぐ


 その後も、雑談をしながら朝食を済ませ、ランニングをする。その後は、着替えを済まし、学校へと向かった。


 僕の通う学校は、この町の奥。海とは逆方向の山の中腹にある。僕の家は、海寄りの山の中腹なので、一回街に降りて、また山を登る感じになる。その為、直線距離はそこまで無いが結構時間が掛かる。家からだと大体徒歩で、三十分くらいになる。


 僕は、今歩きながら学校に向かう最中だ。


「今日は、風が無くて波も穏やかだな〜早く放課後になってくれないかな。釣りしたい」


 独り言ちりながら歩くこと十分程。ちらほらと同じ高校の生徒の姿が見えてくる。

 ネクタイの色が同じ藍色なので同学年のようだ。

 うちの高校は男子はグレーのズボンに紺のブレザー、女子はブルーでチェック柄のプリーツスカートに紺のブレザー。そして、男女共にネクタイをしており、今年は、一年が藍色、二年が深緑、三年が燕脂と学年毎に色が異なっている。


〜〜


『なあ、お前知ってる? 昨日めっちゃ可愛いい子がいたらしいぜ』

『え、まじ? 知らないんだが?!』

『まじまじ! 昨日港の方に歩いて行ってるのを見たんだよね。出来ればお近づきになりたい!』

『へ〜そこまで可愛かったのか』


〜〜


 どうやらあの生徒たちは、昨日僕が会ったあの人のことを話しているらしい。

 昨日の今日でもう噂になるとは。確かにそこら辺のアイドルよりはよっぽど可愛かったが、本当凄いな。

 そして、そんな子と今日も会うとバレたら学校の男子から消されそうだ。勿論物理で!


 そんなこんなで、盗み聴きしながらくだらない事を考えていたら、いつの間にか学校の目の前に着き、憂鬱な気分になりながらも、自分の教室へと向かうのだった。




◼️◼️◼️




 ……キーンコーンカーンコーン……


「はぁぁぁやっと終わったぁぁぁ」


 やっと六限の授業が終わり、後はSHRを残すのみとなり、僕は盛大に溜息を吐く。

 この一日で最後の授業だけ異様に長く感じる現象は何なのだろうか? そろそろこの現象に名前でもつけて欲しい。


 ……ガラガラ……


「おーいショート始めるぞ! 席着け〜」


 どうやら担任の先生が来た様だ。これでやっと帰れる。


 〜〜〜〜


 SHRも終わり僕は通学路を足早に進んで行く。


 “早く家に帰って釣りに行きたい”その一心で通学路を早歩きで帰るのも、もう癖の様になってしまった。


 午前中とは違い、海から微風が吹いてくる。海風が吹いてきていることから、もう夏になるのだろう。

 僕は、この季節が一番好きだ。午後学校帰りに釣りに行くと、海風が熱い太陽の熱気を和らげ、爽快な気分になる。


 爽やかな風に吹かれながら、自宅へと急ぐ。


 山の中に入り、風が少し弱まった所で自宅が見えてきた。途中、作業をしていた両親に声をかけ、自分の部屋に荷物を置き着替える。青のTシャツに、黒の短パン、偏光グラスに、ライフジャケットと、比較的ラフな格好になる。

 釣り具用の物置から、クーラーボックスとタックル一式をキャリーカートに載せる。

 これがいつも釣りに行く時のスタイルになる。船や、魚種、距離によっては、変わることもあるが、基本的に変わらない。


 準備を速攻で終わらせ何時もの堤防へと急ぐ。


 今日は、昨日の釣りでナブラが起きてたので、夕まずめを狙ってショアジギングをしようと思う。青物が釣れなくても、ボトムをチョンチョンしたら根魚も狙えるので期待はできるだろう。




 仕掛けを考えながら歩いてたらいつの間にか堤防まで着いていた。つい数十分前の下校とは大違いな程あっという間だった。例えるなら勉強中のゲーム休憩だろうか? 課題が終わって無いのにゲームで時間が無くなるあれ!体感は十分なのに、実際は一時間経っている。


 堤防の先端まで歩いている途中周りを窺ってみたが、誰も居ない。昨日の子はまだみたいだ。まあ昨日言った時間より三十分程早いので想像はしていたが……完全に期末考査一週間前の授業短縮日程を忘れてた。


 僕は、何時も通り独りで準備をする。ショアジギは準備が簡単で、すぐにおわった。


「よし! 一投目っ」


……カチャ……ヴォン……シュルルル……チャポン……


 ベールを起こし、ラインを指にかけ、大きく振りかぶって、勢いをつけ真っ直ぐ飛ばす。


「うん。完璧なキャスト! 一・二・三・……」


 僕は、綺麗にキャスト出来たことを喜びながら、棚を取る為カウントを始める。

《ルビを入力…》

 ……コツ……


「十三・十四……あっ底に着いた」


 僕は、そこに着いたことを確認したら、低層を中心にリフトアンドフォールで攻めていく。時折フリーフォールも混ぜる。

 しかし、一投目はノーヒットで終わった。




「こんにちは、釣れてます?」


 ちょうど五投目の時、横から声がした。昨日聞いたことのある綺麗な声だ。


「こんにちは、今日はまだゼロですね」

 そう返しながら振り向く。すると思いのほか近くに顔があり普通に見るのとはまた違う美しさに見惚れてしまう。


「どうしました? そんなまじまじと見つめて。なんか付いてます?」

「あ、いや、思いのほか近くて……」

「あ、すみません」

「いえ、ただ女性とこの距離感で話したことが無くて」

「そうだったんですね。私もあまり男性と話したことがなくて、距離感を間違えました」と、言いながらニコッと笑う。


 僕は、今顔が赤くなっている事だろう。釣りをしていたら急に美少女の顔が目の前に現れるのは反則だと思う。心臓の音が聞こえてしまいそうな程速くなる。


 ……ジーーーーーー……


「あ、きた!」

「お、凄いです! 頑張って」


 ……ジーーーーーー……グン……グッ……


「うっ、そこそこ引くな! 大きそうだ」

「頑張れ〜! 頑張れ〜!」


 ……ググッン……


「もうちょい」


 ……バシャ……バシャシャ……


「よし、タモに入った!」

「おー大きいです!」

「ワラサだね。刺身に出来そうだ」

「なんか鰤みたいですね」

「よくわかったね。鰤よりサイズが少し小さいやつだから、鰤でも合ってるよ」

「そうなんですね! もしかして、出世魚ってやつです?」

「そうそう……ちょと締めてくるね」

「あ、はい! 行ってらっしゃい」


 僕は、ワラサを締めながらあのタイミングで掛かってくれたことに感謝していた。流石にあのままだと、恥ずかしさで茹で上がるところだった。

 神様かってくらい拝み倒しながら、速攻で締めて戻る。


「ただいま」

「あ、お帰りなさい……内臓が無くなってます」

「あーこれね。家でやるとゴミが増えて大変だからね」

「へ〜成る程。勉強になります!」


「桐島さんもやります?」

「碧衣です! 碧衣って呼んで下さい!」

「良いんです?」

「はい! その代わり柚月くんって呼ぶので」

「あ、はい。じゃあ碧衣さんで」

「はい! それでお願いします! あと、やって良いんですか?」

「はい、見てるだけだと暇かなと……」

「じゃあ御言葉に甘えて……やり方も教えてくれます?」

「勿論」


 女性を下の名前で呼んだのって何年振りだろうか? 大体八〜九年前、小学校低学年くらいが最後だろう。その為、本人から許可が出ても、物凄く緊張してしまう。しっかりと取り繕えていただろうか。あまり自信が無い。


 釣り方と全く関係のないことを考えながら、碧衣さんに教えていく。

 碧衣さんは物覚えが良いのか、教えたことをすぐに吸収していく。そのお陰で、教え始めて三十分程で、しっかりと投げれるようになっていた。この調子なら、今日中に魚が釣れるかもしれない。


 ……ジジ……グググ……グン……


 噂をすれば何とやら……碧衣さんにアタリがあった。


「ゆ、柚月くんきました! ど、どうすれば?!」

「取り敢えず落ち着いて」

「は、はい!」


 僕は、初めてのアタリでテンパりまくってる碧衣さんを宥める。


「ドラグを緩めにしてるから、このまま巻いちゃっていいよ」

「はい、巻けばいいんですね?」

「そうそう、そんな感じ。そしたらゆっくりこっちに寄って来るから」

「あ、本当です! どんな魚でしょう?」


 …… パシャパシャ……


「寄ってきたらそのまま竿を立てて、ラインを掴んで。掴んだら針が外れない様に、慎重に上げてきて」

「はい! ……あ、赤茶色の魚が来ました!」

「おーおめでとう! メバルだね。しかも良いサイズ、尺位あるんじゃない?」

「へーメバルって言うんですね! 美味しいですか?」

「ちょっと時期的には遅いかもだけど、全然美味しいと思うよ? 釣れたてだから、刺身とか良いかな。後は、定番の煮付けとか」

「成る程。人生初フィッシュは、美味しい奴でしたか! じゃあ、締めるのお願いしても良いですか?」

「了解。半身刺身にするから食べてみる?」

「え、いいんですか? 是非お願いします」


 僕は、今釣れたメバルを持って、締めにいく。堤防脇の階段から海面近くに降り、血抜きをし、内臓を取る。

 下処理の終えたメバルを持って戻り、クーラーボックスの上で半身だけ卸す。そして、刺身状に捌いていると、

「上手いですね!」と、碧衣さんが覗いてくる。

 首筋に吐息がかかり、精神衛生上とても良くない。


「まぁ、殆ど毎日やってますから」

と、頑張って返す。多分僕の耳は真っ赤だろう。


「そうですよね〜凄いな〜(そしてカッコいい!!)」

「? 最後なんて言いました?」

「ふふ、ヒ・ミ・ツです♡」

「は、はあ」


 や、ヤバい。耳元でヒミツって囁くのは理性を殺しにきてる。良く耐えたぞ僕!


 そして、秘密の内容を聞き出せないまま捌き終わる。


「はいどうぞ。醤油だけだけど、美味しいとおもうよ」

「はい有り難う御座います。ーーうわ、凄い美味しい! 淡白なんだけど、そこに醤油の旨味が混ざっていいバランスになってるし、弾力があって、噛みごたえも抜群! 釣りたてってこんなに美味しいんだ!」

「お口に合って良かったよ。釣りたてって美味しんだよね〜それに、少し時間を置いて、熟成させるとまた違った味わいになっていいんだ」

「凄いな魚!」


 喜んでくれたみたいで良かった。家族以外と釣った魚を食べるのは初めてだけど、楽しいな。碧衣さんとだからなのかな? 出来ればこれからもたまにはこうしたいな。


 楽しい時間に浸りながら、刺身を食べ、その後また少し釣りをしたら、辺りはいつの間にか真っ暗になっている。時計は丁度二十時を回った所だった。


「もうそろそろ私帰りますね? 今日は有り難う御座いました。凄く楽しかったです! また明日も良いですか?」

「此方こそ楽しかったよ。是非明日もきて」


 そう僕が言うと、碧衣さんは手を振りながら帰っていく。僕は、昨日と同様、碧衣さんが見えなくなるまで手を振るのだった。


 僕は、その後二一時まで釣りをして、家に帰った。最終的な釣果として、ワラサ:1 メバル:2 鯖:1 となった。




 ◼️◼️◼️




 ……シャァァァ……


 時刻は、もう二十二時になろうかという所。僕は、釣りから帰ってきて、釣った魚の下処理をし、今は、風呂に入っている。


「ふぅ〜、期末前は、みんなピリピリした雰囲気で、本当に疲れる。学校後の釣りは慣れても、定期考査一週間前のこの空気だけは無理なんだよなぁ」


 そう呟きながら、今日の釣りについて思い出す。

 今日の碧衣さんは、凄かった。教えた事をすぐに出来てしまうのもそうだが、あの華奢な見た目で、40gのルアーが付いたショアジギタックルで、フルスイングして、しかも80〜90mは飛ばしていた。そして、肩や腕を痛めてないか心配したら、ものすごい嬉しそうに「出来ました!」と、言って来るのだ。センスの塊としか言いようがない。僕は、普通に目が飛び出るかと思った。


 それにしても、昨日今日と釣りをしてみて、何時も以上に楽しいと思う。これも碧衣さんーー天使ーーのお陰かもしれない。

 そんな事を思い少し笑う。今までこんなに満足する日は無かったのに、昨日今日と、満足感が半端ないのだ。自分より会って二日目の碧衣さんの方が僕を満足させられる、これは笑わずにはいられない。


 「ただいまぁ〜」


 僕が、湯船で今日の事を思い出していると、玄関の方から声がした。どうやら妹が帰ってきたらしい。


 僕は、妹に風呂を開ける為に湯船でかいた汗をシャワーで流す。僕が、ジャージに着替え脱衣所を出ると丁度妹が来た。結構ギリギリのタイミングで間に合いホッとする。部活をしないで、釣りをしていた僕が、部活を全力でやってきた妹を待たせるのは、忍びないというだけの話なのだが……


「おう、結衣お疲れさん」

「ただいま、お兄ちゃん。そう! 期末前なのに、今週末試合だからって、部活がある上に、めっちゃ先生のやる気あって、マジで疲れた!」

「そうだなお疲れ。でも抱き付くのは止めような」

「えー何で? あ、わかった! お兄ちゃんの本体が戦闘状態になっちゃうからだね!」

「おい、やめろ馬鹿! 別に妹で興奮なんてせんわ! そっち系のラノベの読み過ぎだ」


 そう言うと、妹は「冗談冗談」と、笑いながら言って風呂に入ってく。うちの妹は、顔も性格も普通に良いが、たまにエグい下ネタをぶっ込んでくるのをやめた方がいいと思う。しかも、対象が実の兄という外聞が悪過ぎるから手に負えない。幸か不幸か、言ってる相手が僕だけなのが救いである。


 そんな妹との絡みの後、飯を食って少し勉強したら、僕の一日は終わった。




 ⚫️⚫️⚫️




「はうぅ、どうしよ、どうしよ!」


 私は、今ベッドの上で顔を枕に埋め、足をバタバタさせていた。

 私がこうなった原因は勿論柚月くんと、ちょこっと自分のせいだ。そう! 柚月くんが真面目に釣りをしていて、カッコいいからいけないのだ! そのせいで何も考えられなくなって、柚月くんとの距離感をミスったのだ。断じて私のせいじゃ……うん自業自得だ。


「うぅ〜柚月くんのばかぁぁ/// でも、近くからみる柚月くん凄くカッコ良かった♡」


 ……コンコン……


 私がベッドの上で身悶えていると、ノックが聞こえた。


「碧衣、いる? ご飯ですよ」


 どうやらお母さんが、呼びに来たらしい。私は、「はーい」と返事をし、一階に降りる。リビングでは、もうお父さんがおり、ニュースを観ていた。

 私が席に着くと、三人で頂きますと手を合わせてから食べ始める。我が家では、テレビでも会話でも食事中でも自由だ。その為お父さんはそのままニュースを観ているが、お母さんは私に会話を振る。


「それで今日は楠原君と何をしたの?」


 私のお母さんは、ピシッとしていて女性秘書の様な印象がある。それもその筈、お母さんは今は休暇中だが、少し前まではお父さんと一緒にバリバリに働いていた。顔立ちなどは元からだが、雰囲気が凄いのだ。

 まあそんなお母さんだが、やはり恋愛には目がない様で、こんな感じに目をキラキラさせて聞いてくる。


 私は、両親に隠している訳ではないので今日あったことや、柚月くんのことを、話していく。お母さんは、ニコニコ楽しそうに聞き、お父さんは、ニュースを観ているフリをしているが、此方の話をしれっと聞いているのがバレバレである。


 この時間は、私の中でとても大事なもので、例え数ヶ月後に無くなっても、それまでは絶対に大切にしようと思えた。

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