海辺の天使の最後の日
つりぺんぎん
第1話
……ザザーン……ザァーン……ザザァー……
ある田舎町のとある海辺。
高校一年生になってから約三ヶ月。六月ももう終わろうかというのある日。
いつもと何も変わらない。記憶の片隅にも残らない。そんなごく普通の日常の中で僕は、
ーー『天使』に出会った。ーー
◼️◼️◼️
海と山に面しており、山が周りを囲む半円の様な形をしている。漁業と柑橘系の果樹栽培が盛んな田舎町であり、夏には海水浴場が都会からそこそこ近く水質が綺麗と、ちょっとした穴場として賑わう。
僕は、今年の四月に高校一年生となった。勿論田舎の高校なので、登下校の途中には、お洒落なカフェもなければ、大型ショッピングモールもない。高校卒業後の進路といえば、進学せずに親の畑や船で働くか、都会に出て一人暮らしをしながら、大学に通うか、就職するくらいしか無い。そして、やりたいことの無い僕は、卒業と同時に親の果樹園で働くことになっている。
この町は、本当に面白くない。遊ぶ所はなく、あるのは自然だけ。人も少なく、高齢者が多い。僕にも友達はいるが、そこまで親しくしようとは思わない。何も変わらないこの町の日常も、人間関係も、自分の将来も、何もかもが面倒で、憂鬱で、面白くない。
『僕の人生は色がなく、飾るものも無い、ただただ単調なだけのモノクローム』
だからと言って何にも興味を示さないわけでは無い。僕も人並みには好奇心があるし、初めて見た物や体験した事には興奮したり面白いと思う事もある。ただ人より面倒臭がりで、飽きやすくて、何でも出来る能力があっただけ。
そんな僕が、唯一面白いと思う趣味が、釣り。
釣りは本当に面白い。毎日、毎日釣れるパターンが変わり、釣れる時間が変わり、釣れる魚が変わる。そして、思っても見ないことが起こる。自分の故郷が、田舎の海沿いでよかったと思えるのは、このくらいだろう。
僕は、毎日自宅から10分程にある堤防に釣りをしに行く。
学校のある平日と家の手伝いをする土曜日は、夕方から。何もない日曜日は、一日中。勿論ここの堤防以外も行くが、ここ以外の堤防や磯、砂浜はそこそこ人が来て一人でのんびりとは行かない。この堤防は、僕一人しか来ない穴場中の穴場なのだ。
◼️◼️◼️
「ふわぁ〜ぁ。うぅぅぅん、明日は月曜か憂鬱だな〜」
……ググッ……
「おっ!? アタリ!」
……バシャッパシャシャッ……
「鯵か〜そこそこのサイズだし夕飯行きかな」
そう独り言を言いながら、手際よく締めて血抜きをしたら、クーラーボックスに仕舞う。
今日は、日曜日。僕は、当然の如く堤防の先端付近で、朝からサビキ釣りをしていた。
この堤防は、長く陸から3分の2くらいの場所で折れ曲がったくの字型の堤防で場所によって釣れる魚が異なる。
明日の学校を考え憂鬱な気分の中、何だかんだうだうだ過ごして時刻は十八時を回る寸前、辺りも茜色になり、日ももうすぐで完全に沈んでしまう。もう帰ろうかと考え出した所で、僕しか居ないはずの堤防から声が聞こえた。
「なんとも重苦しい顔をしていますね。釣れなかったんですか?」
その声は、とても凛として力強く美しい声だった。
僕は、声に釣られて背後へ振り返る。
「……ふぇ?」
突然の声に驚き変な声が出る。
振り返った先に居たのは、薄暗い中でも判る透き通る様な白い肌。腰まである烏の濡れ羽色の如く艶のある美しい漆黒の髪。大きくつぶらな黒い瞳、ぷっくりと艶のあるピンクの唇。そこに、華奢な割にしっかりと主張のある身体も相まって、控えめに言って美少女。『天使』と言っても過言では無いかも知れない。
そんな事を考えていると、
「どうかしましたか? そんなに見つめて、私の顔に何か付いてます?」と、目の前の美少女は覗き込んでくる。
「......っい、いや、ごめんなさい。こんな所に人が来るとは思わなくて」と、咄嗟に誤魔化す。
「あ〜成る程です。ーー確かにここ人がいませんね」と、辺りをキョロキョロと見渡す。
一応誤魔化せたらしい。危なかった。まあ心臓は凄いことになっているが……
「そうですね。ここの入り口は少し分かりづらいので、来るのは僕くらいですね」
「へぇ〜そうなんですね。ーー釣れましたか?」
「そこそこですね。鯵とか、カサゴとか……小さいのメインですけど」と、答えると、不思議そうに呟く。
「? 大きいのも釣れるんですか?」
「ええ。仕掛けを変えれば青物やヒラメ、堤防の付け根付近では根魚なんて釣れて、ここ結構魚種が豊富なんですよ?」
「そうなんですか。ーー貴方はよく此処へ?」
「ええ、此処は僕のお気に入りなんです。貴女はどうして此処に? この辺りでは見かけないですが……」
僕が、質問するとほんの一瞬顔を曇らせ、
「私、祖父母の家に来たんですけど、海を一目見たくて気付いたら此処に来ていました。ーー此処から見る夕日と海は本当に綺麗で絵になります」と、先ほどの顔が見間違いかと思う程美しい綺麗な笑顔で海からこちらに振り向く。
僕は、その笑顔に見惚れ、
「そ、そうですね!」かろうじて出てきた言葉は、それだけだった。
そして、名も知らぬ美少女は、
「貴方は、明日も此処へ来ますか?」と、尋ねてくる。
「へっ? ああ、来ますよーー学校があるので終わった後の16時半くらいにですが……」
僕が、しどろもどろになりながらも答えと、頬を朱く染め少しモジモジしながら、
「……じゃ、じゃあ明日も来て良いですか?」と、聞いてくる。
「え、良いですけど……何故?」と答える。
「ふふ、此処から見える海と夕日に惚れてしまったからですかね」と、微笑みながら答えてきた。
その微笑みは、思わず背筋がゾクリとするほど蠱惑的なものだった。
僕が、固まっていると、
「……では、今日は此処で帰ります。お話ありがとうございました」と、ペコリと頭を下げて歩いて行く。
すると、途中で振り返り、
「あの〜、名前教えて貰えますか〜 私は、
ここで硬直から解けた僕は、
「あ、僕は
すると、彼女……碧衣さんは、ニコッと微笑み、
「わかりました! 柚月くんまた明日!」
それだけ言うと、今度こそ手を振りながら帰って行った。
そんな碧衣さんに僕も手を振りかえす。
そして彼女が見えなくなり手を振るのをやめて、完全に日が落ちてしまって近くにある常夜灯が点いていることに気づく。
「もう日が落ちていたのか……綺麗な人だったな。本当に明日きてくれるのだろうか?」
嫌だと思っていた明日が早く来てほしいといつの間にか思っていることに戸惑いながら呟いた言葉は、まだ日の余韻を残しほんのりと明るい闇の中にきえていく。
ーーーーこれが、僕と『天使』との再会であったーーーー
◼️◼️◼️
「ただいま〜」
あの後、釣り道具を片づけ自宅に戻ってきた僕は、台所にクーラーボックスを置き自室に釣り道具も置くと、そのまま風呂に向かった。
……ザバー……
身体を洗い湯船に浸かると、お湯が溢れ出る。
一日中外にいると、好きなことをして心は癒されても案外身体は疲れるもので、「はふぅぅぅー」というなんとも情けない溶けきった声が出る。
そして、気持ちよさに浸りながら考えるのは、今日の出来事。
「あの人は誰だったのだろうか……凄い美人だったな」
これが率直な感想だった。
普段僕しか入らない堤防へと突如現れた謎の美少女。僕とは、面識が無いはずなのに親しげに話しかけてきた。そして、また明日も来て良いかと尋ねた。
釣りばっかして女性経験の無いに等しい僕にとって気にするなと言う方が難しい。
「また明日本当に来るのだろうか……来て欲しいな。そしたら、今日よりも沢山話したい」
そして僕は、目を瞑る。
お湯に包まれる感触と温かさを感じながらゆっくりと意識をより深い闇の中に沈み込ませる。
どの位経っただろうか……不意に足音と風呂場のドアを開ける音が、
「ーーっ、またお兄ちゃん風呂で寝てる! おーい、お兄ちゃん起きろぉーまたのぼせるぞ!!」
そんな陽気で元気な声と共に、僕の意識は完全に覚醒する。
「結衣、そんなに大きな声で喋ると頭に響く! 後、どうやって鍵開けた?」
「えぇ、大きい声出さないとお兄ちゃん起きないし……ごめん(てへ///)鍵は前突撃したあたりから壊れてるよ?」
どうやら、我が家の風呂はプライバシー様が不在らしい。出来れば早急に御帰宅願いたい。
「で、わざわざ起こすためだけに突撃してきたの?」
「あ、夕ご飯できたから呼びに来たんだった……(コンコン)お兄ちゃんご飯だよ?」
「いやお前、やり直してもポンコツなのは変わらないぞ? 知ってたけども」
「普通空気読んで乗るだろマイブラザー!」
「急にイケボで言われても……」
「まあ、ご飯できたから早く上がってね?」
「おう、わかった」
明らかに話を逸らし、それだけ言うと妹の
我が妹様は、ポンコツな中学二年でバスケ部のエース、アニメやラノベが好きなヲタクもある。
因みに、アニメやラノベは僕も好きなので、妹とは話が合い仲が良い。
兄も一人いるが、今は大学の近くで一人暮らしをしており居ない。
「ふぁ〜、上がるか」
風呂を上がった僕は、ジャージに着替えそのままリビングへ。
「あ、お兄ちゃんきたね! 早く座って!! お腹減ったぁ」
「そんなに腹減ってたなら、先食べてれば良かったのに」
「それはね! やっぱり釣った魚は釣った人がまず食べるべきだと思うんだよ!」
「そうか……じゃあ食べるか」
「「頂きます」」
僕は、妹の理論に苦笑しながら今日釣った鯵を一口。
鯵は小さいサイズが多かったので、唐揚げとなっている。
”サクッ“っという軽い音と共に、鯵のフワフワとした食感が口一杯に広がり、脂が溢れ出してくる。そして、フワフワな食感の中に骨と鰭が醸し出すカリカリとしたスナック菓子の様な食べ応え。釣りたて、揚げたての極地であり、控え目に言って最高である。
そんな様子を見ていた妹が、聞いてくる。
「どう、美味しい? 今日は私が作ったんだよ!」
「ああ、めっちゃ美味い! 本当料理の腕上げたよな……そう言えば、父さんと母さんは、どうしたんだ?」
「やった! お母さんは、町内会の飲み会にお父さんの代わりに出席してて、お父さんは、取引先の人と飲み会だよ。なんかねー知り合いの大企業の社長さんから、果物を使った新しい事業の相談をしてるらしい」
「へぇ〜、じゃあ今日は二人とも帰りが遅いのか……」
「うん! そうだね〜一応先に寝てていいって言ってたけど、お兄ちゃんはどうする?」
「うーん、多分起きてるかな。課題やらなきゃだし」
「オーケー、じゃあ私も起きとこうかな。私も課題があるし」
〜〜〜〜
「ご馳走様」
「お粗末さまでした!」
妹が作ってくれた夕ご飯を食べ終えた僕は、洗面所で歯を磨いた後、二階の自室へと戻った。
ベッドにダイブして、スマホをつけると友人からのメッセージが届いている。
「メッセージ? どうしたんだろ?」
〜〜
『明日提出の課題の範囲ってどこからどこまで?』
『数学ワーク二節[実数]のA問題全部だよ』
『おぉ、サンキュ』
(スタンプーー犬がグッとマークを作ってるーー)
〜〜
メッセージを返した僕は、苦笑しながら呟く
「課題の範囲聞いただけか」
「よし! 課題やるか……」
そして僕は、課題をやり親が帰るまでラノベを読み、その後に淡い期待と共に寝るのだった。
「明日もあの人に会えるかな?」
⚫️⚫️⚫️
「柚月くん……あの頃は私と同じ身長だったのに、頭一つ分は大きくなってたな……それにカッコ良かった♡」
私は、そう言いながらベッドへとダイブする。
久しぶりに此方の家に来たから、ベッドの感触が馴染まない。前回来たのは、私がまだ五歳の頃なのでもう十年程経っている。その為、家の内装も、町の風景も朧げに思い出せるだけで、殆ど初めて見るようなものだ。
そんな私が唯一覚えている事……それはある男の子の事。此方に来たあの日から一度も忘れたことの無い男の子。
あれは、完全に初恋だった。しかも、十年以上経っても忘れられない。“好き”なんて言葉では表せない位の恋。
「はぁ、明日が楽しみだな……本当に明日も来てくれるのかな……ダメだ起きてたら柚月くんの事しか考えられないや」
私は、苦笑しながらも、ふとした瞬間自分の顔がこれ以上ないまでにニヤニヤと緩んでいることに気付く。自分でも少し気味が悪いと思い直そうとするが無理だ。それもそうだろう、何せ十年間も会いたくて堪らない人に今日会えたのだから。
柚月くん。貴方の好きな食べ物は? 貴方の好きなことは? 貴方の夢は? 貴方の……好きな人は……
「私は、貴方の一番になれるかな? 貴方の支えになれるかな? 貴方の心を奪えるかな? ふふ、覚悟しててね! 一ヶ月だけ貴方を全力で落としに行くよ。……そして、一ヶ月だけ私に夢をみさせて」
そう呟き見慣れない天井を最後に私の意識は、闇の中に消えていった。
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