こっくりさんと神隠し

倉谷みこと

こっくりさんと神隠し

 こっくりさんといえば、誰もが知っていると思う。もしかしたら、一度はやったことがあるかもしれない。


 五十音などを書いた紙と十円玉があれば誰でもできる、とてもかんたんな降霊術だ。一時期、日本全国で一大ブームが起こり、その直後に奇行をくり返す子どもたちが多数いたとのニュースもあったそうだ。


 私が通っている高校には、こっくりさんをやってはいけないという校則がある。こんな校則があるなんて、他の学校と比べると変わっているかもしれない。けれど、それ相応の事件があったのだ。


 昔は、この学校でもこっくりさんが流行っていたらしい。生徒だけでなく先生たちもハマり、やっていないのは校長先生と教頭先生ぐらいだと言われていたそうだ。


 誰かがこっくりさんをやった後は、必ずと言っていいほど何かがなくなるんだとか。それも、生徒や先生の文房具とか学校の備品のうち、たった一つだけ。なくなったが最後、二度と戻ってはこなかった。最初の頃は騒ぎになったけれど、ほぼ毎日のようにくり返されるうちにみんなすっかり慣れてしまった。一か月も経たずに、『いたずら好きのこっくりさん』なんてあだ名までつく始末だ。


 でも、そんなかわいらしいいたずらも、そう長くは続かなかった。


 今から三十年前のとある日の放課後のこと。数人の生徒が、誰もいない教室に残っていた。それ自体は、珍しくも何ともない。勉強のためとか、こっくりさんをやるためなど様々な理由で残っている生徒がいるからだ。


 その日教室に残っていたのは、みか、みちる、さきという三人の女子生徒だった。リーダー格のみかが、こっくりさんをやろうと言い出したのだ。好奇心旺盛なみちるは、乗り気で準備を始める。怖がりなさきは、そんな二人にやめようと言ったけれど、結局押し切られてしまった。


 みちるはノートから紙を一枚破り取り、五十音と数字を書き、その上に鳥居と『はい』、『いいえ』を書く。自分の財布から十円玉を取り出すと、


「早くやろうよ」


 と、二人をうながした。


 みかは喜々として、さきは嫌々ながら十円玉に人差し指を乗せる。それを見届けると、みちるも十円玉に指を乗せた。


「こっくりさん、こっくりさん、どうぞおいでください。おいでくださいましたら、『はい』へお進みください」


 みちるが唱えるけれど、十円玉はピクリともしない。


 今度は、三人一緒に唱える。でも、十円玉は動かなかった。


 根気強く何度も呼びかけると、十円玉はようやくゆっくりと『はい』に移動した。


「ひっ……!」


 さきが、小さく悲鳴をあげる。


「大丈夫だから。指、離さないでね」


 小声でみちるが告げると、さきは小さくうなずいた。


 みかはにやりとして、二人の顔を順番に見ると、


「それじゃあ、いくよ。こっくりさん、津島先輩に恋人はいますか?」


 と、こっくりさんに質問した。


 津島先輩は、生徒会長でとてもかっこいい男子生徒だったらしい。男女関係なく憧れの的で、とくに女子生徒たちからは好意をよせられることも多かったそうだ。


 みかもそのうちの一人で、密かに恋心を抱いていた。


 三人が固唾かたずをのんで見守っていると、十円玉はゆっくりと『いいえ』に進んだ。


「やった!」


 みかがうれしそうに声をあげる。


「よかったじゃん、みか! チャンスは、まだ全然あるよ。それじゃあ、私も……」


 と、みちるがこっくりさんに質問する。


 この頃には、さきの恐怖心もなくなっていた。


 三人は、次の日曜日の天気から恋愛のことなど他愛もない質問をしていき、こっくりさんに答えてもらっていた。


 気がつけば、教室内は静まり返っていて、窓の外は薄暗くなっていた。


 そろそろこっくりさんに帰ってもらおうとした三人は、


「こっくりさん、こっくりさん、どうぞお戻りください」


 と、声を揃える。


 けれど、十円玉は『いいえ』に移動した。


「え……うそ!?」


 と、みちるが声をあげる。


「誰も……動かしてない、よね?」


 みかの質問に、みちるもさきも動かしていないと答える。


 もし、この中の誰かが十円玉を動かしていたなら、必ず『はい』に移動させるはずだ。けれど、十円玉は『いいえ』の上にある。


 その瞬間、三人を取り巻く空気が重くなった。それに恐怖を感じた三人は、


「こっくりさん、こっくりさん、お願いですからどうぞお戻りください!」


 と、こっくりさんに帰ってもらうように必死に何度も唱える。


 しかし、十円玉は『いいえ』の上からまったく動かない。


「そんな……」


 さきが今にも泣きそうな声で言うと、


「こっくりさん、どうしたらお戻りになりますか?」


 と、みちるがたずねた。


 すると、十円玉は『つ』『れ』……とひらがなを指し示していく。ゆっくり移動するそれは、『く』のところで止まった。


 指し示された文字は、『つ』『れ』『て』『い』『く』だった。


「つれていく? 何を?」


 みちるが不思議そうにつぶやくと、


「もしかして、私たちをってこと……?」


 青い顔をしたさきが、不穏なことを告げた。


「ちょっ……さき! 変なこと言わないでよ」


 みかが抗議した直後、十円玉は『はい』に移動すると、その上でぐるぐると回りだした。


「え、うそっ!?」


「なんで……!?」


 みちるとみかが口々に言う。


 それは、先ほどのさきのつぶやきに対しての答えなのだろうか。得体の知れない恐怖が、三人を取り巻く。


「もう、やだ!」


 突然、さきがそう叫んで十円玉から指を離してしまった。


「ちょっと、さき!?」


 みちるが呼び止めるも、さきは自分の荷物を持って教室を出て行ってしまった。


「ま、待ってよ!」


 そう言って、みかも十円玉から指を離し荷物を持ってさきの後を追うように教室を出ていく。


「みかまで! こっくりさん、どうするのよ!」


 みちるが呼びかけるけれど、その声はもう二人には届いていなかった。


「まったく……」


 そうつぶやくと、みちるは一人でこっくりさんを説得していた。 


 翌日、みかとさきが登校すると、教室内がいつもよりざわついていた。嫌な予感がしたみかは、それを否定してほしくてクラスメートにたずねる。けれど、帰ってきた答えは、彼女の嫌な予感そのもの――みちるの荷物はあるのに、彼女がいないというものだった。


「ねえ、みか。みちるってもしかして……」


 さきが小声でそう言うと、教室前方のドアから二人を呼ぶ声が聞こえた。振り向くと、担任の先生が手招きしている。


 二人が向かうと、先生は他の生徒たちに自習をするように告げて二人を別の教室に連れて行った。


 先生が口を開く前に、二人はみちるがいなくなったことを伝えた。すると、先生はそのことで話を聞きたいと言った。どうやら、みちるの親から連絡がきたらしい。


 顔を見合わせるみかとさきは、同時にうなずいて、昨日の放課後、みちるを含めた三人でこっくりさんをやっていたこと、こっくりさんに帰ってもらおうとして拒否されてしまったこと、怖くなってみちるを置いて逃げ出してしまったことを話した。


 先生はそうかと言うと、少し考える素振りを見せた。


「先生……?」


 さきがいぶかしげにたずねると、


「校内を探してみるから、二人は教室に戻りなさい」


 先生はそれだけ言って、教室を出て行った。


 残された二人は、しかたなく自分たちの教室へと戻ることにした。途中、さきがトイレに寄るというので、みかは先に教室に戻った。


 クラスメートたちはみんな大人しく自習しているのか、教室内は静かだった。


 一限目、ニ限目……と時間は過ぎていき、やがて昼休みになった。その間に、担任の先生は一度も戻ってこなかった。そして、さきも……。


 さきが戻ってこないことに不安を覚えたみかは、そのことをクラスメートの女子に打ち明け、職員室についてきてほしいと頼んだ。


 みかと二人の女子生徒が職員室に向かうと、担任の先生の姿が視界に入った。昼食を食べている先生のもとに行くと、みかは今にも泣き出しそうな顔で、さきがトイレに行ったきり戻ってこないことを告げた。


「何だって!?」


 声をあげた先生は、職員室を飛び出して行った。みかたち三人も彼のあとを追う。


 四人は、みかたちの教室がある階のトイレを隅々まで探した。けれど、さきを見つけることはできなかった。


「私のせいだ。私が、こっくりさんをやろうなんて言い出したから……」


 と、みかは泣き出してしまった。


 みかのせいではないと優しく諭す先生に、みかは次は自分が狙われると告げる。こっくりさんに帰ってもらおうとした時に、『つれていく』と言われたことも。


「大丈夫だから、心配するな」


 先生がそう言った瞬間、大きな揺れが四人を襲った。みかたち女子生徒は、悲鳴をあげる。立っているのもままならないほどの大きな揺れに、四人はその場でしゃがみ込んでしまった。


 どのくらい続いたのだろう。ほんの一、二分だろう揺れは、だいぶ長いように感じられた。


 しばらくして揺れがおさまると、先生が女子生徒たちに大丈夫かと声をかけた。彼女たちは、そろそろと顔をあげて周囲を確認する。


「先生! みかがいない!」


 と、女子生徒のうちの一人が声をあげた。


 周囲を見回すと、たしかにみかの姿が消えていた。あの大きな揺れの中で、たった一人でどこかに行ったとは考えられない。もしかして、本当にこっくりさんに連れ去られてしまったのだろうか? そんな恐怖を抱いたまま、二人の女子生徒は教室に戻ると昼休みが終了した。


 午後の授業も自習になり、先生たちが校内をくまなく探し回る。けれど、さきもみかも見つからなかった。


 それがきっかけで、こっくりさんをやってはいけないという校則ができたのだ。あれ以降、こっくりさんをやる生徒や先生は誰一人としていないらしい。


 ただ、その伝統も近く途絶えるかもしれない。つい最近、私のクラスの女子数人が、こっくりさんをやろうとはしゃいでいるのを聞いてしまったのだ。一応、やめた方がいいことはやんわりと伝えた。でも、軽くあしらわれたような感じがする。何も起きなければいいけれど……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

こっくりさんと神隠し 倉谷みこと @mikoto794

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説