第33話 思わぬ遭遇と屋敷への帰宅と

辺りは少し薄暗くなってきた。

ソフィアさんを抱えながら屋敷に向かって歩いているが、身体能力はそれほど高くないので正直限界が近い。


息が苦しい。腕の感覚も徐々に無くなってきた。涼しい気候であるはずが、流れるように額から汗が滴る。


それでも一歩づつ歩みを進めていると、遠くからガシャガシャと金属特有の擦れる音が聞こえてくる。

どうも聞き覚えのある音だったので、距離もあり人相までは見えないが、何となく誰かわかった。


顔が確認できる距離になると彼女の方から声をかけてきた。


「あなた、何をしているの?」

少しキツイ口調。兜を被る顔は見えないが少し警戒されていそうだ。

それもそうだね、こんな状況で。


汗塗れで大人の女性を背負い、横には少女が控えている。

きっと前の世界の状況であれば一瞬で職務質問でも食らってアウトなんだろうね。


「大丈夫だよ」とエレンに言い、エヴィさんに向き合う。


「エヴィさん、こんばんは。実は・・・」

今に至るあらましを簡潔に伝えた。

エヴィさんとは例の食事のあとも同じギルドに所属しているので、時々顔を見合わせることもある。前と同じように食事を取ることもあった。

それなりに仲良くなっていると個人的には思う。


「そう、スラムで・・・」

相変わらずの超重量の鎧姿で考え込む。

ポンと手を打ったと思えば僕にこう告げた。


「交代。貴方の代わりに私が家まで運んであげる」


「えっ」


驚く僕なんてお構いなく、背負っていたソフィアさんをあっという間に自分の背中に乗せたエヴィさんはガシャガシャと相変わらずうるさい音を鳴らしながら僕の歩んでいた方向に向かって歩き出す。


「ちょっとエヴィさん!待って下さい!」

慌てて僕とエレンはエヴィさんを追いかけた。何とか追いつくとこができた僕は案内をして屋敷に向かって進んでいく。

エレンには同じギルドの先輩であることを告げると、ホッとしたようだ。

そんなわけで屋敷へと向かうスピードが格段に上がった。


§


思わぬ助っ人のエヴィさんのおかげで予定よりも随分と早く屋敷に辿り着くことができた。それでも普段よりも遅い時間であることに変わりはないし、二人が心配していたら申し訳ないな・・・

ごめんなさいって言わないと。


扉を開けると、いつものように二人が出迎えてくれた。


「ただいま。遅くなってしまってごめんなさい」

二人のただ心配そうな表情を見ると僕の心が痛む。予期せぬことだとはいえ罪悪感がすごい。

離れていても連絡手段があった前の世界のありがたみを今更ながら感じるよ。


「ええ、おかえりなさい。随分と心配しましたよ。」

「おかえりなさいませ、ぼっちゃま。」


さて、二人に断ってから屋敷に連れてきた三人を紹介する。


「どうぞ、入ってきて」


いつの間にか兜を外したエヴィさんが入ってくる。背にはソフィアさんが眠っていて、エレンは恥ずかしいのか、オドオドとエヴィさんの後ろに隠れるようにしている。


「まあ、お客様かしら」

こんな時間にと少し申し訳ない気持ちもあったが、客人に対し嬉しそうな表情をユリアナさんが見せた。

異色の組み合わせが姿を見せる。

フルメタルアーマーの冒険者と薄汚れた格好の親子らしき女性達。我ながら随分と異質な組み合わせを家に連れてきたものだ。


「実は街で色々あってね。背負われて眠っている女性が病を患っていてかなり衰弱しているんだ。何とかしてあげたいんだけど、どうかな。僕にはここに連れてくることが最善だと思ったんだ。」


「確かにこれほど衰弱しているのはまずいわね・・・。ではメアリー、すぐに部屋の一室にその女性を運びなさい。まずは身体を清潔にしておいてくれるかしら。その後私が病状を診ます。」


「かしこまりました、奥様」


まるで先日にギルドマスターと向き合っていた時と同じような覇気をユリアナさんから感じる。用意してくるわね。と一言告げて自室へと戻っていった。


メアリーさんの指示のもと、僕たちは屋敷に入りソフィアさんを部屋のベットまで運んだ。すいませんがぼっちゃまは出てくださいね。と苦しむソフィアさんの身体を清潔にする為に動き出した。

イレギュラーな訪問者に対して全く取り乱されることなく取り掛かる二人の有能さに驚きつつ、安心をした。

僕が強引に連れてきたことで、病状が悪化していたかも知れないから少し怖かったんだ。


エレンは母であるソフィアさんの近くにいるようで、今も鎧を纏うエヴィさんと僕の二人は自室で待つことにした。




「あなたは貴族なの?」

特に興味が無さそうな目で僕に質問をしてきた。これはエレンさんの素の部分だな。本人は無自覚らしいが、そのクールな目つきと無愛想とも取れる態度のせいで昔変に絡まれたことがあるそうな。


「そうですよ。といってもこの屋敷に住んでいるのは三人ですが。正直、貴族だと自覚するには難しいくらいですね。事情があって父と弟とは隔絶されていて、二人は他の従者達と本邸で政務にあたっています。」


「そう」

やはり興味がないのか、話を打ち切られた。

まあ、僕としても貴族としての実感も湧かないし責務というものも知らない。


必要以上に話をすることを良しとしないエヴィさんだ。沈黙の中、僕は黙々と紅茶を淹れる準備をし、初めての客人をもてなす。


「エヴィさんのおかげで何とか帰ってくることができました。本当にありがとうございました。」

残っていたクッキーを差し出す。


これは?と首をかしげながら食べ始めた。一口、口に入れると目を見開いて驚きながらサクサクと無我夢中でクッキーを頬張っている。

小さい口で食べる姿はさながら小動物であり、クールな外見とは想像がつかないギャップだ。

やはりどこの世界でも女の子は甘いものが好きなのかな。

といっても自分も甘い物に目がない。この世界の甘味事情には疎い為、これから探してみるのもありか。


屋敷に残っていたクッキーも差し出すが、勢いが止まらない。余程気に入ってくれたみたいだ。

おかわりに突入したクッキーがそろそろ底をつきそうである。まとめて作ってくれていたから助かったが、この勢いではあっという間になくなりそうだな。

まあ、なんにせよ喜んでくれていて何よりである。


さてと、ソフィアさん、無事だったらいいんだけど・・・

部屋の中までは入らないように言われているから、祈ることしかできない。

身体に優しいご飯でも作って待とうか。

そう思い、客人であるエヴィさんに声を掛けてキッチンへと向かう。

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