第32話 親子と提案と

僕は世間と感覚がズレているのだろうか。

家庭菜園のお世話から始まった今日という一日、紆余曲折あり辿り着いた先は言葉の通り廃墟である。随分と遠くまでやって来たものだな。

そんなことを考えながら前を歩く薄汚れた少女についていく。


クッキーを渡した後、ある提案をしエレンの家まで移動をしている。

娘であるエレンから、先ほどの事件の顛末を聞いた母であるソフィアさん。

話は聞いていたんだが、思ったよりも状態が悪そうで衰弱しているようだった。

それでもゆっくりと絞り出すように感謝の言葉を口に出す。


「娘の危機を救っていただき本当に感謝します・・・」


まだ30歳くらいだろう。掠れた声、血色の悪い顔、痩せ細り見たまんまの病人である。

衰弱した身体を必死に動かして僕にお礼をしようと立ち上がろうとするのを慌てて止めた。

ソフィアさんは横になりながら、自身の無力さを詫びるように語り始めた。


「私のせいで」「私が元気なら」そんな言葉が多く出てくる。

「ごめんなさい」赦しを乞うように、エレンに謝罪の言葉を告げる。

手を握りあう二人を前に、僕は先ほどエレンにも告げたように話しかける。


「あの、良ければ僕の住んでいる屋敷で働きませんか?

もちろん働くのはソフィアさんの体調が良くなってからですが・・・

僕の屋敷に仕える人が足りてなくて。ちょうどお二人に来ていただけるなら母や使用人が喜ぶはずなんです。」


「お屋敷?」

ソフィアさんが疑問を口にする。

ああ、僕の事情を話していないね。


「実はこの街から少し離れた場所に大きなお屋敷があって、そこに住んでいるんです。訳あって従者が離れていってしまって、人員が足りていないようなので」


「もしかして、お貴族様なのですか?」


「うーん、少し事情がありますが一応はそうなりますかね」


驚く二人に対し、簡潔に今の屋敷の状況を伝えた。と言っても実家であるローゼンダール家のことは伏せている。

まずは体調を元通りにしてもらった上で選べばいい。何よりこのままでは命に関わることは明白で、一刻の猶予もないかも知れない。

エレンにとって大事な母が危険な状態であるのも理解しているだろうし、最悪の自体は避けたい。


「心優しいお気持ち、本当に嬉しく思います。しかし私のことはいいのです。もう回復する見込みもないでしょうから。

ですがどうか娘のエレンをそちらで働かせていただくことはできませんか。」

子を思う気持ちとはやはり美しく、想いはダイレクトに僕に届いた。だけど・・・


「いえ、あなたもですよ。ソフィアさん。」

横になるソフィアさんの手を握る。


「親子が離れ離れになるのは、いつだって寂しいことですから。

貴女も僕の屋敷までご案内しますので、どうか一緒について来て下さい。」

そう言って少し強引に説き伏せた僕は、ソフィアさんの了承を無事に貰うことに成功した。


二人が家を引き払い僕の屋敷を目指して歩き始めた頃、辺りはもう少しで日が落ちそうになっていた。


弱るソフィアさんは僕が背負っており、横にはエレンが歩いている。

無計画な状況だよな。

ほとほと自分の浅はかな考えを恨みながら歩みを進めていく。

日を変えて来るべきだったか?いや、あの気絶させたモンスターのような男が逆恨みして親子に害を成したら最悪だ。


だから今日しかなかった。

様々な思いに駆られるが、屋敷に向かってただ歩いていく。


冒険者ギルドに隣接する馬小屋に立ち寄り、馬を引き取る。街に来るのはいつも屋敷の馬に乗って来ているからだ。

スタッフに少し怪訝な顔をされたが気にせずお礼を言い後にする。

エレンには馬を引いてもらい、そのまま街を出た。


帰ったら二人はどんな反応をするのかな。

それに今までで最も遅い帰宅になるのは確定している。それについてまず怒られるかも知れない。

まあ怒られるのは仕方がないか。

それでも最終的に僕の気持ちが二人に届けばいい。

最後まで僕のわがままを通すことを誓って一歩一歩進んでいく。

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